参 『エリンと酒盛り』 

女騎士や兵士達と別れ、街に戻った航達は奴隷商に近いところにある酒場で食事をとっていた。


航の知っているメニューが「セイシュ」と書かれた酒しかなかったので、それとあとは適当に料理を頼んだ。

しばらくして料理は一度に運び込まれ、航達の酒盛りが始まった。


「んくっんっんっ…ふぅ」


半月振りの酒は五臓六腑に染みるぜ。それにしても甘めの日本酒まんまなこれ。


日本の居酒屋で出されるとっくりより少し大きい入れ物で出て来たので、ウェイトレスに盃を二つ持ってきてもらってエリンにも付き合ってもらった。


まさか倒した野盗から金が直接入るとはなぁ。お前はこれ知ってたのか?


『………すみません、聞いていませんでした。なんですか?』


あん?敵を倒すと金が手に入るって知ってたのか?


『はい、知っていましたよ』


コイツっ‼




あの後、金がないからとおばちゃんに少し借りようと奴隷商に赴いたが、中は暗く、既に店は閉まっていた。

どうしようかと色々試してみたところ、ステータスの所持金が増えていることに気付いた航はそこから金を取り出すことが出来たのだ。


「ご主人様、お酒お注ぎしますね」

「あぁ、ありがとう。そういえば、エリンは酒大丈夫なの?」

「はい、私は成人していますし、魔人はもともとお酒に強い耐性がありますから。でも、その。私は奴隷ですのでこんな沢山のお料理、ましてやお酒なんてとてもいただけないです。私はご主人様のお給仕をしていますから、どうかお気になさらず!ご主人様はお食事を楽んでください!!」


意識の壁……か。寂しいねェ。


『一応伝えておきますが、この子は酒が嫌いというわけではないと思います。あくまでこれがこの世界の常識です』


困ったもんだねェ。奴隷根性ってやつにも。このままじゃ、あまりにかわいそうだよなァ。エリンはただですらこんなに痩せているのに。

当面のうちにもう少し太ってもらわないとな!


「エリン!盃を持て」

「えっ、は、はい‼ 」


持っていたとっくりをぱっ置いてテーブルの端に寄せられた盃を手に取らせ、セイシュを注ぐ。


「遠い昔とある国で、まだ旗揚げをする前の王様が荒れていた世界、その未来を憂いていたんだ」

「は、はい……」

「彼にはずっと長い間、一緒に過ごした仲間が二人いてな。ある日、桜の木の下でこうして酒を注ぎあって酌み交わしたんだ。それから―――」


これをわざわざ話すだなんて、俺、酔っぱらってんのか?きっと酔っぱらってんだろうな。


「―――そうして三人は義兄弟になったんだ」

「義兄弟……」

「別にお前と兄妹になろうと言っているんじゃないだぜ。だけどよ、俺たちはもう仲間になったんだ。そういう奴隷とか、主人とか、んな下らない常識はこの際ナシにしようぜ」


航は盃をエリンの両手で持った盃に軽くぶつける。


「お前は俺の、皇航唯一の仲間になってくれたんだからな」

「ご、しゅじんさま……」

「さあ、一緒に呑もう。呑んで語ろう。お前の事、もっと教えてくれよ」

「はいっ!んくっんっんっ」

「おっ!いい呑みっぷり!その調子だ」

「ぷはぁ‼ 」


勢いよくセイシュを流し込むエリンを、航は微笑ましく見つめていた。


『変なこと考えていないですか?』


もし考えてたらお前なら分かるだろ。ばーか。


「んくっぷはぁ。さ、食おうぜ。料理が冷めちまう前に」

「はい!!」






そうして酒盛りが始まって二時間。


まァそうな?確かに俺はエリンの事を知りたいと思ったし、だからこそそうやって話したさ。

てもさァ!!!!


「ご主人さまぁぁぁぁはぁぁぁ!!!!うえぇぇぇぇぇぇぇん!!!びぇぇぇぇぇん!!!!!」


こうなるのは予想外過ぎるわ‼

つか全っ然酒強くねぇじゃんかよ‼ 何が魔人だからお酒に耐性がありますだ!下っ戸下戸じゃねぇか‼ 泣きながら甘えて絡み酒って、どんだけ厄介なんだ‼


『貴方が呑ませたのでしょう。自業自得です』


こうなるって分かってりゃ呑まさんかったわ!


「おーよしよし今度はどうしたんだ」

「あのね?ご主人様。エリンね?」

「お、おう。なんだ」

「エリンご主人様に買われてすっごい嬉しかったんですよ?」

「そかそか。それはよか―――」

「なのに!!!!」


エリンの手に持っていた盃はいつのまにかジョッキに変わっており、ドンッとテーブルに叩き付けた。


「ご主人様さっきのさっきまでずぅぅっとずぅぅぅぅっっっとお名前を教えてくださらなかったんですよ?!!!」


たいそう大きな声で航に対して文句を言った。


「えあれ、そうだっけ」

「そうですよ!!!エリンいつまでたってもご主人様に名前も教えていただけないから、グズッ、あんな事言って旅に誘ってくれたのに、ヒグッ、本当はエリンのことなんてどうでもよかったのかと思って!グスっスッ、うぇぇぇへえぇぇぇんへぇぇん!!いいィィィィィィィィィん!!!」

「あー悪かった悪かった。今度はすぐに名乗るからなぁー」

「エぇぇぇぇぇぇん!!!イミわかんないですぅぅぅぅ!!!!適当に答えないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!へぐっひぐっ。ヒックっ!」


嗚咽としゃっくりが混ざってんじゃん……てかエリンって酔うとなんでも言えるようになるんだな。


「おーよしよし、今日はもうお開きにしようなー」

「やぁぁあだぁぁぁあ!!もっとご主人さまと呑むのォォォォ!!!!!ご主人さまはエリンとお酒呑みたくないのぉぉぉぉ?!!!!」


ヤダこの子すっごいうるさい!周りからもすっごいニヤニヤ見られてる!!


「おーよしよし、宿までおぶってやるから泣かないのー」

「抱っこじゃなきゃヤぁぁぁダァァァァァ!!!!」

「コイツっ!!!!」






彼らのほんのすぐ近く。奴隷商のクラリスは一人でカウンターに座っていた。


「あの子があんな風な態度をとるなんてねぇ……つい昨日までなら、誰に何を言われたって、お酒なんて口にしなかっただろうに」


ぐっとジョッキを傾け呑み干す。


「ワタルきゅんの特別な力、なんだろうねぇ。しっかり幸せになるのよ、エリン」


独り言を言うクラリスに老齢の小綺麗なバーテンダーが話しかける。


「お客さん、呑み過ぎですよ。今日はこれくらいにしておきましょう」

「あらやだわお客さんだなんて。未来のお嫁さんに向かってそんな口きいていいのか・し・ら?」

「これは失礼を。それではこれからはお嬢さんとお呼びいたしましょうか。クラリス」

「んふー!す・て・き!!!」


オカマとイケおじの物語が次回へ続かない。

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