第一章
壱 『集団ストーカーに襲われています!』
拝啓、お母様。
俺は父の意に反して、家を出ました。
つい、昨日まではバイトをしながら音大に通っていました。
いつかお母様に親孝行ができるように程度には思っていたんです。本当ですよ?
さて、俺は今、日本にはいません。というか、そちらの世界にすらいません。
頭のおかしいババアに異世界に攫われてしまったのです。
実は今まで、毎日バイトと学校とゲーセンを行き来する日常に、少し飽きていました。
だから、実は攫われたこと自体はそんなに嫌じゃないです。
飛ばされてすぐ水の中に叩き落されたのは今でもババアを根に持っていますが
盗賊を退治したり、人を助けたり、お礼をしてもらったり。
元の日常ではありえなかったことが沢山起きています。
そんな俺にも、つい先ほど仲間が出来ました。これからコイツと、色々な場所を冒険して、助け合って、困難を乗り越えて。
そんな風に楽しくも新鮮で毎日が輝いているような生活が送れると思っていました。
ぁあ、何故過去形なのか、ですか?
だって
「あいつだぁぁぁぁあ逃がすなぁぁぁぁぁあ殺せぇぇぇええええ!!!!!」
「子分を可愛がってくれたお返しだああぁぁぁぁ!!!!」
「ひぇぇぇぇぁぁぁああああああ!!!!!!」
数百人の野盗に追われてるんですからぁぁぁああ!!!!!!!!
「ご、ご主人様!もう追いつかれます」
「だーめーだいいから走れ!!捕まったら俺は殺されるだけで済むけど、お前絶対にめちゃくちゃにされるぞ‼ 」
「ヒィッ⁈ 」
「うォォォォォォ絶ってぇ許さねぇぇぇからなぁぁ!!!!!ババアァァぁぁぁああああ!!!!!」
俺は今日も元気です。
「おい、どこいった」
「そっち探してみろ」
体力が尽きる直前になんとか見つけた草むらの窪みに隠れて、二人は縮こまって肩で息をしていた。
「ハァ、はァ、ぜぇ、ゼェ」
「ハ、フゥ、ハア、ハァ」
「ゼェ、ハァ、大丈夫かァ、コホ、オホッオ゛エ゛ッ」
「もう、ハァ、ハァ走れ、ァァ、ません、ハァ」
「そうかァ、ハァ、奇遇だな、はァ、俺もだァ。はァ」
全盛期の持久力なんてものはもうどこにもないんすね、爺さん。俺、今ほど鍛錬をやめなければと思った日はないぜ……
『どうするんですか?』
どうにかしてくれ。
『無理です。私は貴方の監視は出来ても干渉は出来ません』
本当になんなんだよお前‼
「すうぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁあ......大丈夫だ、大丈夫」
深呼吸をして息を整えて、草むらから顔を出し、回りを見渡す。
数人の盗賊が近くの草むらを漁っていた。
「ここも長くはもたないな」
どうするべきかと考えているとエリンが航の服を、肘あたりを引っ張った。
「ん、どうした。なんかあったのか?」
「あの、あっちに、兵隊さんが……」
エリンの指差した方向、少し先には森が無くなっていて丘のようになっていた。そして盗賊と同じくらいの兵隊が行軍していた。兜を左脇に挟み、右手に槍を持った者が多く、最前には金髪の女が歩いていた。
前方の野盗に気を取られ過ぎていて、背後の兵隊に気が付かなかったのか。でも、これならいける‼
「いくぞっエリン‼ 」
「えっ、えぇ!あっ!」
いきなり腕を引かれてわけもわからず走り出されて戸惑ったが、エリンに不安は無かった。
航が心底楽しそうに笑っていたから。
しかしやはり二人が走り出すと、足音に気付いた盗賊に即座に発見された。
「おいっ!いたぞ‼ こっちだ‼ 」
「追ぇぇぇぇぇええ!!殺せぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「もう少しだけがんばって走れよ~エリン‼ あいつらに擦り付けるぞ!」
「え⁈ はっ、はい‼ 」
「いい返事だ!それじゃあ‼ 」
航は息を深く吸って吐き出した!!
「たぁぁぁぁすけてくださぁぁぁぁあいい!!!!!集団ストォーカぁーーにィィ、おそわれてまぁぁぁぁぁす!!!!!」
大手を振り回し、全力疾走しながら嬉々として叫ぶ。
「ぷっ、アハハハハハハ‼ ハハハハハ!!!」
「お前も叫べエリン!!!たぁぁぁぁあすけてくださぁぁあい!!!!」
「はい!!!たすけてーー!!!!!!アハハハハハハッ!!」
「楽しいか?!!」
「はい‼ 楽しいです!!!」
「ハハッ‼ クッハハハハハハハハハ!!!!」
「な、なんだあいつらっこっちくるぞ!」
「笑いながら叫んでる…」
「お、おい!後ろから盗賊が着いて来てるぞ!」
「隊長!どうしますか⁈ 」
金髪の女騎士に部下らしき男が膝をつく。
「あれは……‼ なるほど、あの子たち……。総員、戦闘態!!私たちの目的の盗賊団だ!」
「あ、あれが‼ 」
「私は先にいく!兵士達は陣形を変え次第応戦しなさい!」
「ハッ」
女騎士が前へ飛び出していくとすぐに航達とすれ違う。
「お、おい!!一人で行くと危ねぇぞ!!」
「問題ない!私は強い!任せて!!」
顔だけ振り返って答えたその表情は余裕に満ちていた。
「そういう問題じゃ―――」
「はァーーー!!!!」
クソっ。猪か!!幸い走ってきた距離がそこそこ長かったから盗賊も若干バラついてるが、人数差は見た目以上の戦力差になる。おとなしく兵隊を待てばよかったのに‼
航はそれまで引っ張っていたエリンの手を放して引き返した。
「エリン!そのまま兵隊の方に走れ‼ きっと助けてくれる‼ 」
「ご主人様は⁈ 」
「あのイノシシ女の加勢に行ってくる‼ 一人じゃいくら強くても万が一がある!お前は走れ‼ 」
あの女足はっえぇなあ!!!!!
「せい!はッ‼ 」
航がすぐ近くまで来ると、女騎士は既に何人かを斬り倒していた。
実力は間違いなさそうだけど―――
「そらっ」
「オ゛ぇ゛っ!」
死角から近付こうとするハゲデブに忍び寄って膝を腹部に刺した。
「何をしている!大人しく私たちに任せておけ!」
「お前が一人で出てくからだ!!手伝ってやるから好きに暴れろ‼ 背中はなんとかしてやる!」
「......ふっ、分かったわ!」
二人は数百人の盗賊にぶつかっていった。
「ハァァァァ!!!!」
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