肆 『お礼に奴隷くれるの?!』
野盗を退けた次の日の朝、
「……」
窓に差し込む木漏れ日が彼の顔を明るく照らす。鳥が空いている窓に止まって、彼を見ていた。
目を閉じて、全く微動だにしない彼を不思議に思ったのか、それともただの生態反応なのか、鳥は首を傾げた。
『起きなさい?』
「……」
『航、起きて』
「起きてるよ」
ババアに起こされたくなかったからな‼
『……起きてるなら返事してください。あと、ババアではありませんよ』
「夢じゃ、なかったんだな」
『えぇそうです。現実です。あなたは今別世界にいるのですよ』
「あぁなるほど。夢じゃなくて悪夢だったんだな」
『悪夢も貴方次第では良い夢に成りえます。さっ、今日は奴隷商に呼ばれているんでしょう?』
「結局ただの夢じゃん……つかお前、あの場に居なかったのになんで知ってんだよ」
あの後奴隷商のクラリスと話をしながら馬車を進めていたら街に着くのが遅くなってしまっていた。
ちゃんとした礼は明日にといって宿を紹介してくれた上、金まで出してくれた。面倒見がめちゃくちゃいいんだよなあのおっさん。
これからは親愛の証としておっさんじゃなくておばちゃんって呼ぼ。
まだちょっと抵抗あるけど…。
『私には貴方の行動や思考が全て筒抜けです。昨日も言ったでしょう?』
「返事無い時もかよ……俺のプライバシーがぁ」
『仕方ありません、この方が便利ですから』
こいつと長いこと会話していると腹が立つのは間違いないな。おばちゃんとこ行くか。
着ていた服の上にカバンに入っていた上着を羽織って外に出掛けた。
「あらぁ航きゅん!いらっしゃ~い!」
「おはよう、おばちゃん」
「やだもぉアテシのことはクラリスって呼んでって言ったじゃな~い!」
軽やかな足取りで近づいて来て背中をバシバシ叩かれる。
力強っよこのおばちゃん。
「とりあえず言われた通りに来たんだけど。どうすればいい?」
「そうそう!貴方にね、うちの店の奴隷をあげちゃおうと思って‼ 」
え、マジで?
「ちょ、そんな簡単に奴隷なんてあげていいのか」
「いーいーのーよー!命助けてもらったんだからぁ。アテシの出来る最大のお礼をさせてちょ~だい!」
「高価なものじゃないのか、奴隷って」
「ピンキリよ~!高い子もいれば安い子もいるわ。アテシの店はいい子揃ってて評判いいのよ?ホラホラそんなとこ突っ立ってないで奥に入って入って~!ワタルきゅんの好きな子選り取り見取りよ~!」
そういって背中を押されて店の奥に連れていかれてしまった。
まあ、奴隷と聞いて興味がないわけじゃない。俺も男だし。ぶっちゃけちょっと楽しみ。
『エロですね』
「や、やめろよ」
「あらどしたの?」
「い、いやなんでもない。あとは自分で歩けるから」
そうか。おばちゃんにはババアの声が聞こえてないんだったな。これからはそこら辺気を付けないといけないか。
『ババアではありませんよ』
うるせぇ!!!!
カウンターの奥の天幕に入っていくと、そこには多くの奴隷がそれぞれ別々のガラス張りの部屋に入れられていた。
人間、エルフ、獣人、人魚、魔物、魔族。性別問わずその他多くの様々な種族が手前から順に安価なものが売られている。
「うっわぁ。引くほどすげぇな」
「でっしょ~う?」
内装は奴隷が住んでいるとは思えないほど煌びやかで、調度品で飾り付けられていたりしている。
奴隷たちも反応は様々で、媚を売るようにアピールしてくる個体もあれば、こちらが視線を向けるだけでそっぽを向いて震え出す個体もいる。
皆身なりがある程度整えられていて、商品として申し分ないといえば申し分ないくらいには丁寧に扱われているらしい。
奴隷商といえば、うす暗くて臭い部屋の中に小さな檻で奴隷を飼ってるイメージがあったんだけど、こりゃちょっと勘違いしてたな。思ったよりも完成されたシステムが出来上がってるらしい。
「これ、全部どこで手に入れたんだよ」
「それは秘密よぉ、商売だもの~。でも一例をあげるならっ、犯罪を犯した子だったり捨てられちゃった子を拾ったりが多いわねぇ~。魔人やエルフを入荷するのには随分骨が折れたわ~」
「魔人…」
「あら!ワタルきゅんは魔人が気になるの?こっちよこっち、奥の方来てちょ~だい!」
ボソっと無意識に呟いてしまったのが聞こえたのか嬉々として奥へと促される。
奥かぁ……値段高そう。
そうしてクラリスに見せられた奴隷は、桜の髪色をした少女だった。
「はいこちら~魔人は首都に2人連れて行ったからこの子しか残ってないけど、この子もこの子でとってもかわいい子よ?」
あんまり俺と歳は離れてなさそうだな。
ズルしようとこっそりマップを開いて少女のステータスから年齢を覗き見た。
17歳か。もう少しだけ幼い気がしたんだけどなぁ。
「確かに。今は少しヤツれてるけど将来有望だな」
「……」
あ、今ちょっと睨まれた。考えてることバレたんか?スマンて……
よく見ると頭上に生えている角が片方折れてしまっている。
「あれ、角折れてるけど」
「そうなのよぉ~!捕まえるときにね?業者がヘマしちゃって~。お陰で魔人の割には安く仕入れられたんだけど」
「ふーん…一応聞くけど幾らくらい?」
「その子は2000万ジェールドね」
「ぇえ‼ に、2000万⁈ 」
おい!2000万ってどのくらいだ?!
『あなたの世界の通貨は知りませんが、こちらなら田舎に家が建ちますね』
ひぇぇぇっっ!!!!
「魔人は角一本で半額になるから、仕入れる側としてもリスキーで管理が大変なのよぉ」
「た、高過ぎる。流石にこの子は貰えねぇわ‼ 」
「あらぁそう?引き取ってくれてもよかったんだけど…」
少女に対して名残惜しつつも他を見渡す。
おばちゃんいくら何でも太っ腹過ぎるぜ……ん?
「なぁおばちゃん、あの奥なんだ?」
天幕をくぐり抜けてこの部屋に入ったが、また隅の方に少し汚れている天幕があった。
「あらやだごめんなさい。あっちには
……おっと?故障品って随分言い方悪いな。
「覗いてみてもいいか?」
「う~ん、ほんとは命の恩人にはこっちの子達を譲ってあげたかったんだけど……ワタルきゅんがそうしたいならとりあえず見てみましょっか!」
中に入ると先ほどの部屋とは一変して薄暗く、変な匂いのする部屋だった。
航の腰程の高さしかない檻が乱雑に置かれ、積まれている。部屋に入った航を見て檻を掴んで揺らす奴隷もいた。
一様に彼らは痩せ細っていた。元気な奴隷は檻で暴れていたが中には咳こんでグッタリしたヤツや、寝転んで動かないヤツもいた。血痕だって視界に入る。
航は察した。
あぁ、こっちだったのね。俺が今まで想像してたのは。
「ごめんねぇ、こっちまで中々手入れが行き届かなくって。言うこと聞かない子も多いから…」
「謝ることはないけど、コイツらはなんでここにいるんだ?」
「本当に色々よ?病気だったり、欠損が激しかったり、奴隷紋章に耐性が高くて言うこと聞かなかったりー…そうね、あっちの部屋で長い間売れ残ってるとこっちに移したりするわ」
「他の奴隷商もこんな感じなのか?」
「そ、そうね。丸っきり同じわけじゃないと思うわよ?うちはこれでも優良店で、商品の扱いはいい方なんだから」
「そっか……」
さっきのあいつもいずれ、もしかしたらこっちに来るかもしれないのか……
この部屋の檻に入れられて衰弱した少女を想像してしまった航は、少し顔を強ばらせた。
『……』
それは同情か、はたまた気まぐれか。航自身ハッキリと答えを出すことはできなかったが―――
「悪ィおばちゃん!」
欲張って申し訳ないんだけど。
あの子がこっちの部屋に入れられちまうのは、俺なんかどっか嫌なんだわ。俺はやりたいようにやらせてもらうよ。
走って元来た天幕をくぐって桜髪の少女の元まで行く。ガラスのドアを開けて入ると、少女は目の前で止まった航を少し驚いたように見上げていた。
「俺、やっぱコイツにする」
「え……」
あ、何気に初めて声聞いた気がする。
ゆっくりと戻ってきたおばちゃんは、
「優しいのねぇ、ワタルきゅん……分かったわ!それじゃ、手続きしましょ!」
刹那の満足したような優しい表情から、またすぐにいつものうるさいおばちゃんに戻ってしまった。
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