滝行体験にて

17話 委員会活動

「水緒ちゃん」

 登校前のことである。

 昨夜の雨で汚れた狛龍を、きれいに拭き取っていた水緒のもとに、出仕の高原康平が駆けてきた。

 片手には紙の束が握られている。

「康平さんッ、おはようございます!」

「おはよ。学校間に合う?」

「走れば十分ですから。あ、それ」

「ああ、そうそう」

 と康平が見せてきたのは、片手に握った紙の束。それは来週末に開催される大龍神社名物、滝行体験のお知らせパンフレットだった。

「あァ、パンフレットできたんだ!」

「うん。これ、今年もお友だちに配ってくれると助かるんだけど──いいかな」

「もちろん!」

 大きくうなずいて束を受けとる。

 ありがとう、と康平はにっこりわらって頭を掻いた。

「町内の人はけっこう参加表明してくれているんだけど、町外の人にはあんまり浸透してないからさ」

「んーとね、こころは強制的に連れてくるとして……あとふたりくらい、来てくれそうなヤツがいる!」

「あはは。よろしくたのむよ」

「はーいッ」

 狛龍を拭いていた布を康平に託し、水緒は行ってきます、と元気よく石段を駆けおりた。

 今日は委員会の仕事がある。

 そのときにでも渡そう、と水緒はパンフレットをカバンにしまった。


 ※

 環境委員会の仕事とは──。

 当番の昼休みに中庭の花に水をやり、構内のゴミを拾うことである。


 本日は一年B組が当番ということで、水緒と英二は昼飯を食べて早々、図書室に面した花壇へ水をやりに中庭へとやってきた。

「そういやこの間は、ちょっとおもしろかったよな」

「奥多摩のこと? ちっともおもしろくなんかないよッ。あのあとも、バスのなかで散々怒られてさ!」

「まあそうだけど──でも、あのコウツキとかいう人。あの人いなきゃもっと怒られてたべ? 九死に一生を得たって感じで、わりと記憶に残る日だったよ」

「う、…………ん。忘れられない日になったのはたしかだな」

 なにせ水緒にとっては、あのときに入手した欠片をきっかけに、重大な任務を背負ってしまったのだから。

 ぼうっと思いを馳せる水緒の手が、同じ場所に三度じょうろをかたむけた。

 もういらないよぉ。

 という声に我に返る。花壇のポピーが悲鳴をあげたらしい。

「あっ、ゴメン。あげすぎてたね」

「は?」

「え? あ、ちょっとポピーに……」

「アンタってわりと変なやつって言われない?」

「うるさいなっ」

 とじょうろを振りかざす。

 それと同じくして、近場の窓がカラカラと開いた。


「やっぱお前らか」


 図書室の窓である。

 そこからひょこりと顔を覗かせたのは、片倉大地であった。片手には読みかけらしく栞がはさまった本がある。水緒はエーッ、と目を丸くした。

「いちばん図書室に馴染みのない顔がいる」

「うるせえな。図書委員の当番なんだよ」

「図書委員──ってことは」

 水緒が大地のうしろに目を向けると、案の定貸出カウンターには新田こころの姿もある。

 いつものごとく大きく手を振った。

「こころ!」

「だからぁ」

 バシ、と水緒の頭を本で叩く。

「お前の声がすげえ響くんだって。図書室は静かにって小学校で習わなかったのか」

「…………ゴメンナサイ」

「つってもとくに人いねえじゃん」

 英二は窓からなかを覗いた。

 図書室にはこころと大地のほか、居眠りをする生徒が数名いるのみである。本を読む場として利用している生徒はとくに見受けられない。

「まあね。高校の図書室ほど使われねえ施設ってねえと思うよ、おれ」

「あっ。じゃあちょうどよかった、こころも呼んできてよ。ちょっとアンタたちに話があるの」

「え? ああ、…………新田ァ」

 大地が声をかける。

 真剣に本を読みふけっていたこころが、パッと顔をあげてこちらを見た。どうやら水緒や英二の存在にようやく気が付いたようで、すこしおどろいた顔をしている。

「あれ、水緒」

「へへへ。環境委員のお仕事中なのだ」

「ああ……そっちも?」

「まあね。ていうか──俺らちゃんと話したことなかったよな。石橋英二、いつも大地がお世話になってます」

「新田こころ。こちらこそいつも水緒がお世話になってるみたいで」

 とほくそ笑むふたり。

 水緒と大地は顔を見合わせて、

「どーゆーことよ」

「釈然としない」

 と愚痴をこぼした。

 

「それで、話っていうのは──」

 気を取り直した水緒が、カバンからパンフレットの束を出す。

 滝行体験、と書かれたそれを見て、長年の付き合いであるこころは察したらしい。なにも言わずに図書室の奥へと引っ込もうとする。

 かくいう水緒も、その行動はお見通しだ。ふふんと笑って窓越しにパンフレットを突きつける。

「こころはもう参加決定してるから」

「え、やだよ寒いし。なんで私が」

「あたしの友だちだからだよ」

「…………」

 うんざりした顔で押し黙るこころを見て、逆に興味が沸いたようだ。大地はじっくりとパンフレットを覗きこんだ。

「へえ、大龍神社ってお前んちだっけ。滝行ってあれだろ? 滝に打たれるやつだろ。おもしろそうじゃん」

「じゃあ片倉くんは参加してくれるんだね! ねえだったら石橋くんもいいでしょ、すっごく気持ちいいんだよ。白い襦袢で打たれるから私服の心配もしなくていいし!」

「えー」

 英二はちらりとこころに視線を移し、ふたたび水緒を見た。

「それって男女いっしょに打たれんの?」

「ウン。滝行に性別なんか関係ないからね!」

「それで、白襦袢なの」

「うん? そうだけど」

「しかたねえ」英二は大儀そうに空を仰ぐ。「新田さんが行くんなら、行くかぁ」

「…………」

 この男──。

 意外と片倉大地よりもしょうもないかもしれんぞ、と水緒は内心でつぶやいた。

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