➤6話 終生の相棒


 身長が伸びた。

 多分、110以上はある。四歳児にしては高い方だと思う。十五歳くらいで170は超えてほしい。前世では169止まりでとても悔しかった。


 それはそうと、問題なのは怪力の方だ。

 異常な怪力のせいでエリーの腕を折っちゃったし、生活にも支障が出る。飯を食うときは手で軽く持って食べていたため、あまり気にしなかったが、ついカッとした時に人を殺してしまう。


 筋肉はあまり盛り上がっていなく、外見にあまり変化がない。畑作業のおかげかしっかりとした体つきになっているだけだ。普通に健全な体だ。

 

 魔力も関係しているんだろうか。魔力をうまく操ることができれば異常な身体能力を抑えられるかもしれない。やはり母さんに魔力について教えてもらうべきだろうか。魔力のコントロール次第で怪力が抑えられるならば、是非とも教えてもらおう。


「母さん、僕の怪力って魔力が関係しているの?」

「えっ?」


 知らなかったようだ。


「やっぱりあの人と同じ…」

「母さん?」

「あっ、ううん。なんでもない」


 あの人って言ったよな……誰のことだ?


「その怪力は魔力に関係していないもので、先天的に備わった能力よ」


 マジっすか。魔力関係なしでこの怪力か。

 俺は自分の手を見ながら、事情を語る。


「この力でエリーの腕を折ってしまったんだ。普段は力加減をしているけど……無意識に人を傷つけたり殺してしいそうで怖いんだ………」

「………そうね。ちょっと待ってて」


 母さんは、薄汚れた袋をごそごそと探っている。


「えーっと、これでいいかな」


 黒い石を一つ取り出した。葛んでいて綺麗だとは思わないが、趣のある色だ。よくよく見ると赤が脈動しているようにも見える。


我が願いを付与せよヒェーヴン


 切実に願うように、詠唱を唱えた。

 数秒の沈黙が続く。すると、赤い石は少し輝いた後に脈動していた赤が広がり、完全な紅色に変化した。


「よし、えーっと…」


 再び袋をごそごそと紐を取り出した。紐の真ん中には何かの付け根のようなものがぶら下がっている。

 元々、宝石か何か付いていた物のようだ。


「『錬金』」


 金属部と赤黒色の石が結合されていく。


「はいっ。できたよ!」


 と、俺の首にかけてくる。


「母さん、これは?」

「それはね、力を大幅に抑える効果を付与した魔石よ。これで力加減を気にしなくても大丈夫だと思う」

「えっ! 本当!?」

「試しに私の手を叩いてみて? もちろん、全力で」


 ちょっと心配だな。失敗していて母さんを吹き飛ばすなんてことはしたくない。

 うん、少し手加減をして……


「え、えい!」

「……ね?」


 ペチンと低い音だった。

 きょとんとする俺の顔を見て、母さんは微笑んだ。


「も、もう一回!」


 今度は全力で叩いてみるが、やはり低い音だった。

 大して手も吹き飛ばされていない。


「すごい! ありがとう母さん!」


 この怪力に気づいた時から常々気にしていた力加減をしなくても良くなったのだ。正直、子供の肉体に引っ張られて全力で遊べないことに燻っていたのだ。

 それが解放され、一気に衝動が湧き上がって来た。


「母さん、みんなと遊んでもいい!?」

「気をつけてね」


 と、俺は家を飛び出す。

 まずはエリーの家だ。走って息切れするのは久々で、力だけじゃなく、体の全体的な能力ステータスが弱体化しているのだ。

 その息切れさえも嬉しく思えた。


 はぁはぁ、と俺は息切れしながらドアを叩く。


「アリアおばさん、こんにちは!」

「こんにちは。エリーなら部屋にいるわよ」

「わかった!」


 と、エリーの部屋へ駆け、扉をバーンと開ける。


「エリー!」

「え……」


 着替え中だった。

 俺は息を荒くさせたまま、気にせず侵入した。


「今からあそぼぶっ!?」

「きゃぁああああああああああああっ!」


 エリーは悲鳴をあげながらビンタ……

 ではなく、グー。怒りの拳骨だ。


 俺は容易く吹き飛び、部屋の外に追い出された。

 そこには、クスクスと笑うおばさんの姿があった。


 なんてことだ。

 陰謀だ。ちくしょう。


◇◆


「ごめんって!」

「むー…」


 何度も謝っても一向に許してくれない。

 どうにか許してもらえないかなあ……


「どうしたら許してくれる?なんでもするよ!」

「なんでも?」

「うん」

「……じゃあ、責任をとって結婚して」

「………………」


 なぜ、そうなるのだろうか。

 そもそも六歳児にそんなセリフ……アリアおばさんの差し金か!

 完全に悪手だった。何でもすると言った手前で断れない雰囲気だ。


 ……いや、子供の「お父さんと結婚する!」的なあれだ。きっといつか忘れる。うん、今は約束して許してもらおう。

 他に許してもらえそうな手立てがない。


「………分かった。責任とります」

「ほんと?約束よ!」


 指切りげんまんをした。


「ふふ……」


 それからのエリーは、ご機嫌だ。

 流石にちょっと罪悪感を感じる……


 と、ダイアナのところへ向かう途中に、草むらで動く黒い物体を発見した。

 よろよろ、と小さな体躯が露わになった。


「アル、あれって……」


 動く物体は子犬だ。

 目もやや赤く、体躯も真っ黒。


「野良の子犬だろうな」

「……誰かに捨てられたのかな」


 かわいそうな目で子犬を見るエリー。

 そして、助けたいという顔を俺に向けた。


「どうしよっか?」

「そうだな……」


 と俺は子犬に視線を向ける。子犬も見返してきた。

 おぼつかない足取りで近づいてくる。


「………ん?」

「クゥン、グルグル……」


 子犬は俺の足に頬をスリスリとさすってくる。

 その行為は甘えのそれだ。子犬から感じられる、この衝動をそのまま形容すると───かわいいっ!だ。


「かわいいっ!」


 あっ、声出てた。


「…………」

「……ふふっ」


 意外だったのかエリーは硬直のあと、笑われた。

 俺は赤面して俯く。


「そうだね。かわいいね」

「……やめて」


 反芻するようにエリーはそう言った。

 エリーにも懐いたようで、腹を見せてゴロゴロしている。


 かなり人懐っこい犬なのかもしれない。とりあえず、この子犬に感情を寄せてしまったからには見殺しにはできない。


「なんか食べるものあげないとな」

「野菜食べるかな」

「とりあえず、うちの菜園に行こう」

「うん」


 俺は子犬を抱える。

 その体は痩せ細っていて軽かった。


◆◇


 菜園に向かう途中、見覚えのある二人が現れた。


「ちっす!アベルさん!」

「こんにちは!アベルさん!」


 コリーとダレルだ。

 元気よく挨拶してくる二人だが、俺の後ろに隠れるエリー。


 無理もないだろう。

 エリーにとって彼らはトラウマ気味なのだ。


 ダレルとコリーが俺の舎弟?になってからというもの、何度か会わせていたのだが、こればかりは時間がかかるだろう。


「なんですか? その犬は?」

「ああ、さっき拾ったんだ。見捨てることはできないからどうしようかと悩んでいたところだ」

「そうなんですか!なんてお優しい方なんだ!」

「ほら、触ってみるか?」

「いいのですか?」

「ああ」


 気持ち悪い賛美をスルーして子犬の話題に転じる。

 ダレルが子犬の頭を撫でると、グルグルと可愛らしい鳴き声を出した。キュン死しそう。


「ほんと、かわいいっすね」


 コリーも可愛さに心を射抜かれたのか、緩んだ顔で手を伸ばすが……


「うぎゃぁああああ!」

「おい、やめろ!」


 コリーの手を思いっきり噛んだ。

 もう一度触れようとするも、牙を向かれる。

 「なんでだーーー!」とコリーは絶叫した。


「…………」


 絶叫が気になったのかエリーは俺の後ろから顔を覗かせた。


「いつも一緒にいますよね………あっ、もしかして…そういうことですか? ヒュ〜ヒュ〜」

「………なんのことだ」

「またまた〜」


 口笛が鬱陶しい二人に、俺は面倒な顔を浮かべた。

 エリーに至っては「なんのこと?」とかしげた。


「ど、どういうこと?」


 警戒気味にダレルたちに問いかける。


「アベルさんとエリーゼさんが付き合っているんじゃないかという話っすよ」

「そうそう」


 気づいたのか赤面して再び隠れるエリー。

 子供の言葉とはいえ、恥ずかしいな。


「まぁ、それに近いな。それよりもだ」

「それよりも……か」

「ん?」

「な、なんでもないよ!」

「? そうか」


 やや落ち込み気味のエリーだ。


「この犬って何食べるかな」


 犬には何を食わせればいいんだろう。

 確か玉ねぎとかダメだっけ


「なんでも食うんじゃないっすか?」

「ふむ」


 彼らにはそういう知識はなさそうだし、とりあえず大丈夫そうな野菜食わしとこう。

 犬なんだし、野菜だけでは全て賄えないだろう。

 いずれは肉を食わしてやらないとな。


「ところで、名前はなんですか?」

「まだ決めてないんだ。なんかいい案ないか?」

「うむむ……レナッツはどうっすか?」

「却下」


 あまりにも安易すぎる。

 もっとこう、かっこいい名前がいい。

 クロ、か……いや安直すぎる。

 もっと、最強をイメージして……


「黒龍滅犬とかはどうだ?」

「やだ」


 エリーに拒絶された。

 えぇ…かっこいいのに。この世界でも中二病というのは疎まれる存在のようだ。

 いかんいかん、黒歴史が吹き出した。


 臨・兵・闘・者・皆……続きなんだっけ。

 まぁいいや。


「この犬の腹ハートみたいっすね」

「ん? ほんとだ」


 腹部は白く毛でハートの形になっている。


「そうだ。ハートって名前はどうだ?」

「雌なんすか?」


 俺は子犬をくるりと仰向けにする。

 ア、ソコだ。あれが存在する。


「……オスだ」

「じゃあ、やっぱり却下ですね」

「そうだな。うーん…」


 ハートは名案だと思ったんだがなあ。

 男なのにハートと呼ばれるのはかわいそうかもしれない。

 いい案がないものかと頭を抱えていると、後ろの裾を引かれた。


「じ、じゃあ、アルの「ア」を取って…「アート」はどう?」


 アート、芸術か。いいな!


「アートか、よしそれにするか」


 俺は子犬を持ち上げる。


「今日からお前はアートだ!わかったな?」

「グルゥ!」


 快い返信もあったことだし『アート』で決定だ。


◆◇


 二人とは別れ、アートを抱えた俺とエリーは一旦、菜園に戻った。しかし、何気にエリーをここに入れたのは初めてだ。エリーは感嘆するようにきょろきょろ野菜を見て回っている。


「ここがアルの菜園…」


 その間に俺は一通り野菜を並べてみる。

 確か、ピーナッツは食べさせたらダメなんだっけ。

 似た味のレナッツは危なそうだからやめとくか。

 レナッツを除き、アートの前に並べる。


「よし、どれがいい?」

「クゥ………」

「どれもいらないのか」

「やっぱり、肉を食べるんじゃないかな?」

「……そうだな」


 参ったな。やっぱり肉を食わすしかないのか。


「クゥウ……!」

「アート?」


 俺の目を見据えてキッと睨んでいるように見える。


「どうした?」

「クゥウ……」


 なんか威嚇音まで出している。

 噛み付いてくるようにも見えないし……

 もしかして何か伝えようとしているのか?


(レ…)


 ほんの僅か。小さな声が頭に響いた。


「ん、なんか聞こえる……」

「そう?何も聞こえないよ?」


 あれ?エリーには聞こえないのか。


(レ…ナッ…ツ…)

「えっ?」


 頭の中で声が明確に響いた。

 もしかして……念話ってやつなのか。


「……レナッツが食いたいのか?」

「クゥ!オゥン!」


 間違いなさそうだ。

 危ないと思っていたが、大丈夫なのか。


「クゥ…?」


 この世界では違うのかもしれない。

 どうもこうも、この世界では魔素が多く含む食べ物がうまいという認識らしいし、概念が違うのだろう。アートも物欲しげに目が輝いているし、一旦あげてみようか……


「アル、どうしたの?あげればいいじゃん」

「そうだな」


 と、俺はレナッツを収穫し、アートに与える。


「オゥン!」


 嬉しそうにレナッツにかぶりつく。

 レナッツと念話で言えるあたり、相当頭がいいのかもしれない。


「うまいか?」

「オン!」

「そっかそっか」


 ガッガッと食べるアートをみて、俺は微笑む。


「……むぅ」

「どうした?」

「なんでも」


 やや膨れるエリー。


「アルくん、いる?」

「あれ、ダイアナか?」

「お父さんが今日の手伝いはもういいから遊んで来いって!」


 と、ダイアナが菜園に入ってくる。


「ダイアナちゃん……?」

「ああ、ダンさんの手伝いでたまに来ているんだ」

「ふーーん」


 やや長い相槌だ。さらに不機嫌になった気がする。


「かわいいね」


 ダイアナはアートを撫でている。


◆◇


 三日ほど、俺とエリー達でアートを匿ったものの限界がある。やはり犬だから肉を食わさなければならない。そのためには、金が必要だ。金の管理者はもちろん、母さんである。

 どの道、話をしなければならないのだ。


「ええっと…」


 母さんと対面し、俺は視線をやや下に向けた。

 俺の腹に隠したアートがぞもぞと動く。


「アル? どうしたの、その腹?」

「えと……」


 余裕のない生活なのに、犬を飼いたいなんて言うと断られる可能性もある。最悪川に捨てて来なさいと怒られるかもしれない。

 ええい、ままよ。


「母さん、犬を飼いたいんだけど……」


 懐のアートを取り出し、母さんに見せる。


「拾ったんだ。かわいそうだと思って……」


 しかし、母さんはだんまりだ。

 心なしか、ふるふると震えているように見える。

 怒っている……?


「アートって言うんだ。僕の食事を減らして……」


 と、言いかけた途端、


「かわいいーーー!!」

「クゥウ、キュウン!?」


 手に持つアートをかっ攫い、抱きしめた。

 抱きしめられて、アートは苦しそうに鳴いている。

 俺は呆然とした。


「アートちゃんと言うのね!ここにいてもいいよ!」


 おっと、かわいいものに目がなかったのか。

 知らなかった。


「あ、えっと、金は大丈夫なの…?」


 恐る恐ると聞いてみる。


「大丈夫よ」


 曰く、ダンさんの店に野菜の出荷の金で、俺と母の食事や生活の金は十分、確保できているらしい。


 敷居店で稼いでいる分は、貯金にも少しは回せるほどになっていて、少し切り崩せば犬くらいは飼えるそうだ。


「そうだったんだ……」


 もっと金銭苦になっているかと思ってた。

 割と稼げているのか。


「ところで、なんで怯えていたの?」

「だって………『ダメよ!金に困っているくらい分かっているでしょ!』と怒るもんかと…」

「わたし、そんなに怒りっぽいかな……」


 しょぼんとなる母だ。

 いや、そんなことはないと思うけど……


「ううん、アートが捨てられると思って怖かっただけなんだ」

「……そっか、そうだよね。でも、大丈夫よ」


 母はアートを慈しむように撫でた。


「アルはこの子を守りたかったんでしょう。それを母の私が蔑ろにする訳がないじゃない」

「……うん! ありがとう!」


 我が家にアートが正式に加わった。


◆◇


 その日の夕方、エリーたちと遊んでやや疲れ気味になりながら帰宅した。アートもヘトヘトだ。


「おかえり、楽しかった?」

「うん!」


 ……前と比べて生活も楽になったと思う。

 食べ物も自給自足できるし、友達も増えた。

 それに我が家にアートが加わった。


 まだ少し家が貧相だが、生活自体は充実している。

 異世界に転生して、四年が過ぎ、俺もあと少しで五歳になる。この世界に生きている時間は短いが、前世よりも毎日が楽しい。


 俺は、思わず笑顔を作ってしまった。


「ど、どうしたの……?」


 少し引かれた。これじゃあ変な子供だな。

 エロいことに目覚めたガキに見えることだろう。


 いや、怖いのかもしれない。目つきが悪いってよく言われるしな。まあ、それはどうでもいいか。

 今は感謝でいっぱいだ。


「母さん」


 母もまだ二十二歳で、まだ子供っぽいところもあるが、ちゃんと母としての役割を果たしてくれている。

 これほどありがたいことはない。


「これからもよろしくね!」

「何言っているのよ。当たり前じゃない」


 もう前世のような未練をこの世界には残さない。

 後悔のないように生きるのだ。

 精一杯生きるのだ。


「じゃあ、お休みなさい!」

「お休み」


 色々壁はあるだろうが、不自由はしていない。

 この幸せな毎日が続られたらいいな。


「………」


 うとうとしてきた。

 ひんやりとした外の夜風が心地いい。


 俺は藁を体に巻き、目を瞑る。


 今日もぐっすり眠れそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る