➤5話 正しきこととは
───魔術。それは空間に漂う魔力の源たる魔素を操り、ありとあらゆる神秘を実現する術だ。ファンダジーの知識そのままだが間違いではないだろう。
そして、前世に夢みた奇跡だ。それを母さんが行使した。人間の夢の一つの、魔法!ファンダジー!
「母さん、昨日のあの緑の光って何?」
「き、昨日って?」
「エリーを治したい不思議な光だよ!」
「それは……えっと、神様が治してくれたのよ」
なるほど、神様が治してくれたのか。
うーん、ちょっと意地悪たけど………
「神様?神様って何する人なの?」
「私たちを守ってくれるすごい人よ。なんでもできる人。その人がやってきて治してくれたのよ」
「じゃあ、なんで母さんは死にたいと思ったの? 神様に困ったことを解決してもらわなかったの?」
「うっ…その…」
少しずつ追いつめている。
吐くまでひと押しだ。
「やっぱり母さんって魔女なの?」
「……そうよ。私は魔術を使えるのよ。怖がられると思って…隠してごめんね」
「えっ、なんで母さんを怖がるの?」
「アル……そうだね。本当にごめんね」
と、母さんは俺の頭を撫でた。そういえば、2歳の時に治してくれたのもやっぱり母さんかな。
「僕の怪我を治してくれたのも母さんだったの?」
「えっ、怪我?」
あれ?とぼける気なのか?
いや、あの目は本気で知らない目だ。
「ええと……母さんが怒ったときの……」
「ああ、あの時ね。あれはアルが家の前で倒れていて、三日間も寝込んでいたのよ」
あれ?あれれ?どういうことだ。
気絶する直前に見たあの黒いマント、母さんの仕事服のローブかと思ったけど違うのか。よく思い出してみると確かにマントが違う気がする。
別の誰かなのか。ダンさんも違うし、エリーやアリアおばさんも違うだろう。他に知り合いはいないしな。
「それよりもアル!」
「は、はい」
「怪我ってどういうことよ⁉︎」
「あっ…」
まずい。自分で墓穴掘ってしまった。
ぐぬぬ、ごまかすか。
「実はね、家の前で滑って頭打ってしまったんだ。それで、頭から血がドクドクって出てた気がしたけど、傷跡がなくて母さんが治してくれたのかなーって」
あれ、頭から血って…相当だよね。
心なしか母さんの顔が青く染まっている。
「頭から血⁉︎ なんでそれを言わなかったの⁉︎」
「母さんが治してくれたのかなぁと…」
「それもそうね…でも、アルが無事でよかったよ」
安心したようだ。なんとか狼男に刺されて死にかけたことはごまかせた。あれ、怪我が治っていることに対してあまり聞かれてこない。
よくない気もすけど、それよりも聞きたいことがある。魔術についてだ。何から聞こうかな。
「ねぇ、母さんってなんの魔術が得意なの?やっぱり治癒?」
「そうね、治癒魔術と付与が一番得意よ」
「僕も魔術使ってみたいなあ…」
「ダメよ。魔術は危ないの。失敗すると周りに迷惑がかかるし、自分が死んでしまうかもしれないのよ。魔術はもっと大っきくなってからね」
欲を漏らしたけど、やっぱり教えてくれないか。仕方ない、母さんの言う通り大きくなってからだ。
強引とはいえ、母の秘密を教えてもらった。ならば、俺も秘密を明かすべきだろう。
「母さん、隠していたことがあるんだ」
俺は真面目な顔を作る。俺の放つ雰囲気を読み取り、母さんも神妙な顔になった。母さんは人の感情や人格を読み取ることが得意なようだ。口をきゅっと締め俺の目を見据えている。
明かすと決意した。もう決意を先延ばしにしない。
モヤモヤしているより、今きっぱりと明かしたほうがいい。
前世ではそれで毎日イライラしていたしな。
「母さん…僕は母さんに黙っていたことがある」
「な、何を…? まさか…!」
「気づいていたかもしれないけど………」
「嘘でしょ…?嘘って言ってよ!アル!」
「実は僕………二歳の時から農業をしていたんだ」
「………?」
あれ?ポカーンとしている。
おかしなことを言ったかな。
「川の近くの建物の中で菜園を作ったんだ。どれも自慢の野菜なんだよ!」
「え、っと…それは…本当?」
突然すぎて何を言っているのか理解できないようだ。
「毎日、家の前にレナッツとか置いてたでしょ?」
「あれが? ダンさんの差し入れでしょ?」
「ううん、僕が作った野菜だよ! 2歳くらいから野菜の種を植えて育てたんだ!」
完全にダンさんの差し入れと思っていたようだ。
でも、まだ信じられないという顔だ。ダンさんの差し入れにしては無理があるような気がするのだが。
もしかして、母さん…天然?
「畑を見せてあげるよ!付いてきて!」
「う、うん」
母の手を引っ張り、秘密の菜園へ案内する。人気がない場所でもあり、汚い川の土を利用しているから臭いも相当きつい。
「臭(くさ)い…。本当にここにあるの…?」
「うん!」
「えぇ〜…」
怪訝な顔になる。臭いは臭いけど、肥料なんだから仕方ないのだ。俺は問答無用に母さんを連れ出す。
そして、鼻をつまみながら唖然としていた。
「ここが僕の作った秘密の菜園だよ!」
「うわぁ〜……色々あるね……」
「ええと、これがレナッツ、こっちがバナナス。んで…」
俺は6種類の野菜の説明をした。
盗みをしていたことについては伏せといた。
母は驚いた顔のまま聞いてくれた。
「じゃあ、これは?」
「それはね、きゅくりで一週間ですぐに実がなるんだ。でも、その分、美味しい期間が短くて、早めに収穫をしないといけないんだ」
「すごいね…。でも、なんで?」
「実はね2歳の時、腐った野菜から種をここに埋めてみたらレナッツが生えてきたんだ。それからダンさんのところの廃棄処分の野菜を二個くらい頂いて種類を増やしたんだ」
「へぇ…」
当時は手で耕していたから結構苦労した。手がめちゃくちゃ痛かった時もあった。
「一個食べてみる?」
「…う、うん頂戴」
「はい!」
きゅくりを一つもぎ取り、母に渡す。
まじまじときゅくりを見て、かじった。
「美味しい…!いつもの野菜だ。本当にアルが?」
「うん!」
自分の想像を上回る質に驚いているようだな。
ふふふ…苦労した甲斐があるってものだ。この臭いさえなければ最高なんたけどな。
「これはトマトンね。ダンさんのところでよく頂くわ……ってダンさん⁉︎許可もらってるの⁉︎」
痛いところ突いてきた。ダンさんのところって言ったことは失言だった。いや、もう隠す気はないけど…
今日母さんに打ち明けてからダンさんにも明けようと思ったんだ。なら、ここで変に誤魔化すのはダメだ。素直に言おう。
「まだ許可を貰っていないです…」
「もう!ダンさんに謝らないと」
「は、はい…」
もっと怒られると思った。すんなりと許してくれた…のかな。
「今からでもダンさんのところに行ってきなさい」
「……うん、行ってくる!ダンさんに謝ってくる!」
「気をつけてね。帰ったらこれからのことを話し合おう」
「うん!」
うん、そうだな。ダンさんの所に行こう。
俺は踵を返し、菜園から出る。
◆◇
今日も元気よく店を張っているダンさんだった。
何人にも話しかけられ、話が止まらない様子。俺は強引に割り込んでダンさんの元へ駆け寄った。
「ダンさん!こんにちは!」
「おう!アルか!今日もおつかいか?」
「今日はダンさんに謝りに来ました」
「お、おう?どうした?」
「いつも廃棄処分の野菜を盗ってすみませんでした!」
「む?どういうことだ?」
変に言い訳をせずに今まで廃棄処分の野菜を盗っていたことと、代わりに作物を置いていたことについて話した。話しているうちになんか罪悪感が膨らみ上がってくる。今更ながら悪いことをしたのだ、と自覚したのだ。
「───ということなんです。本当にすみません。詫びにもならないと思いますが、これがうちで作った野菜です」
ダンさんは「ふむ」と顎をこすりながら差し出した野菜を眺めている。お、怒っている…?
「……まず、お前の行いは許そう」
許してくれるのか。やった。
ちょっと考え込んでいたから許してくれないんじゃないかと思ったが、急に安堵感が湧いて来た。
「ただし、二つ条件がある」
「条件?」
「なに、そんな厳しい条件じゃない。お前の腕を買ってのことだ」
ニヤリとダンさんは笑みを見せた。
どんな条件を出してくるのだとちょっとビクつく。
「一つ、お前の作った野菜を正式に取り扱わせてくれ。もちろん、お前の野菜を販売してその利益の何割かをお前に渡そう」
俺は目を見開き、驚きを隠せなかった。
うちの野菜を販売し、利益をこっちにくれるというのだ。前にそんなことを考えていたものの、ダンさんの方から持ちかけてくるとは思わなんだ。
「いいのですか?僕はダンさんの野菜を……」
「ああ、それについてはお前がくれたもので十分だ。むしろ十分すぎるくらいだ」
マジかよ。やはりダンさんは懐が大きな人だ。
「それでな。二つめなんだが……儂の娘、ダイアナと友達になってやって欲しいのだ」
子供がいるのは知っていたけど、娘…か。ダンさんの強面だと娘も強面の可能性がある。想像すると怖いな。こういう定番の想像をしていると可愛い娘だったりするのだ。
ちょっと期待をしてしまう俺だった。
「その、なんだ……」
しどろもどろするダンさんだった。娘に何かあったのは確かだ。
「実はな。ダイアナに欲しいものがあるかと聞いたらな、「友達が欲しい!」と言われたのだ…よく考えたらな、この辺にアルやダイアナと同い歳の子供もいない。お前しかいなんだ、頼む」
確かにたまに見かける子供といえば、10歳くらいの子供たちばかりだ。年が離れていると身長差とかもあって友達になりづらいかもしれない。
現に俺の友達はエリーしかいないのだ。
それにしてもダンさん、割と子煩悩なんだな。
とにかく、俺は断る理由が全く思い当たらないため、条件を受けることにしたのだった。
「いいですよ!」
「本当か⁉︎」
「僕も友達が少なくて、寂しかったんだ。それが条件なら全て受けてもいいです」
「そうか、そうか!」
あらかさまに明るくなるダンさんだった。
でも、ダンさんの娘かあ。どんな子なんだろう。
友達になってやろう…なってやるっていうのはおかしいな。そうだな、どんな子だろうと恩義や条件とか関係なく友達になりたい。
なんたって、あのダンさんの娘だ。
「それはそうと、今日の野菜は俺が買い取ろう」
「えっ?いいんですか?」
「ああ。今までくれた野菜もあるからちょっと色つけさせてもらうぞ」
とダンさんは俺に金を袋に入れて渡した。
開けると銅貨がたくさん入っていた。
「こんな…」
「おっと、侘びの気持ちとかならいらないぞ。もう十分にもらったんだからよ」
ダンさん本当に器が大きいというか人が良すぎる。
そんな人柄を認められているからこんなに客が来るんだな。
「…ダンさん。本当にありがとうございます」
「お前の野菜は本当に良質なものだ。タダでもらうのは勿体ないくらいだ。余ったらでいいから次も持ってきてくれよ」
「…はい!」
「明日、ダイアナをここに連れて来るから頼むよ!」
「はい!」
◆◇
俺は袋に入った銅貨を抱えて家に帰った。
銅貨の袋を見た母はものすごく驚いて、どういうことかと説明を求められた。懇切丁寧に説明をしてあげると、母は「そっか、本当に感謝しかないわね」と納得してくれた。
母もダンさんの人証に信用を置いているようだ。
「ところで、明日も菜園に行くんだったら私も手伝ってもいい?」
「臭い場所たけど、大丈夫?」
「大丈夫よ。それよりも、内緒で野菜を作っていたんでしょ?」
「う、うん」
「驚いたけど、アルの身に何があったらどうする気だったの?」
真剣で、怒ったような顔だった。
「何もしなかった私も悪いけれど……アルの身に何があったら、私、許さないよ」
「うっ…ごめんなさい」
しょぼんとうなだれる。確かに母さんの言い分はもっともだ。
母さんを蔑ろにしてしまっていたのも真実だ。
「───でも、ありがとうね」
「…!」
俺を理解した言葉だった。
その言葉は暖かく───俺の心に染みた。
「………あれっ」
涙がポロポロと出てくる。
単純に嬉しかった。
「おかしいな……涙が止まんないや……」
泣く俺を包み込むように抱きしめられた。そして、俺は溜め込んでいたものを吐き出した。ぽつりぽつりと溢れた言葉を受け入れるように一つずつ、一つずつ聞いてくれた。
「ぼ、僕…母さんが…死んでしまうんじゃないかって……!どうしたら助けられるかって…考えて…頑張って耕して…なんども種を植えて…試して…」
「うん」
「母さんが食べてくれたのが嬉しかった」
「……うん」
「僕は、俺は……母さんがいなくなることだけが怖かった……!」
「ごめんね。私が不甲斐ないばかりに……」
「ちが……母さんは悪く……」
「ううん、私の方が悪かったの」
後悔していたのは俺だけじゃなかった。母さんも後悔していたんだ。母さんは俺の頭をそっと撫でて、今度こそは、と決意するように。
「一緒に頑張って生きて行こう」
◇◆
翌日の昼。母さんは今、菜園に向かっている。俺を待機させて。一応、野菜の手入れ方法は一通り教えたから、何かやらかしてしまうことはないはず。多分。
「ん〜!いい天気だなぁ」
今日はエリーところに行って遊ぶとしよう。
突き放さずに大切にしようと誓ったばかりだしな。
「そういや、ダンの娘と会う約束してたっけな」
約束といえば、ダンさんが娘を連れてくるんだった。
「まずはエリーのところだな」
と俺はエリーの家に向かう。道には廃墟ばかりが並んでいる。建物から昔は栄えていた時代があったということが伺える。何か、ここの場所を知ることができる書物とかないかな。
「ん…?これは…」
俺は踏んだ紙を拾う。それは…
「なんだ、手配書か。って、金貨1万枚!?」
人物の顔が描かれており、懸賞金が書かれている。
ただ、その人物像があまりにも不鮮明で黒塗りだ。
「顔、全然わからないじゃん」
この町の銀貨は1枚に1000円程度の価格がある。トマトンを2、3玉ほど買えるから確かだと思う。銅貨は10円程度で50枚くらいでトマトンが買える。トマトンはこの町ではちょっとレアであることを考慮に入れて考えてもそのくらいだろう。
銀貨はあまり流通していないため、この基準は定かではない。
それを考えると金貨はおそらく10万円程度の価値があるのではないか。10万円だとすると10億円ということだ。どこぞの海賊の懸賞金の倍はあるぞ。どんだけヤバい奴なんだ…
「うーん、手配書があるってことはやっぱり昔は栄えていたということなのかなあ」
手配書ということは手配する対象になるだけの町だったということでもある。提供者が金貨1万枚支払える上、情報提供ができる町だったということだ。
「何を見てるの?」
「うっお!」
なんだ、エリーか。
背後から話しかけられてビビった。
「ふふ……それで、その紙は何?」
「ああ、拾った紙なんだが、手配書だったみたいだ」
「ふーん……怖い顔だね」
「うん、分からないけど、とっても悪いことをしたらしいんだ。それよりもなんでエリーがここに?」
「わ、わたしは…」
しどろもどろになるエリーだ。
ははーん、なるほど。
「僕に会いに?」
「ち、ちが……あっ、あうぅ…」
ボンッと頭が爆発する。どうもエリーには色々耐性がないようだ。
もう少しからかってやりたくなってきた。
「そっかー…違うのか…」
「えっとえと…あぅ…」
慌てるもどうすればいいのか分からず、涙目になる。
そっちが泣くんだ、と少しツッコミを入れる俺だった。俺はしょぼくれた顔をパッと明るく一転させてエリーと向かい合う。
「ごめん、冗談だよ。じゃあ何して遊ぶ?」
「う、うん!」
しかし、遊びかあ。精神年齢26歳の童貞引きこもりだ。子供の遊びなんて記憶の彼方だ。何をして遊べばいいのやら…
あ、そうだ。ダンさんの娘と引きあわせるのも悪くないか。友達も多いほうがいいはずだしな。
「ちょっとダンさんのところに行こう。友達になりたいって子がいるみたいだって」
「ふーん…」
ちょっと拗ねた顔を見せるエリー。
友達になって数日で拗ねられるのか…友達って難しい…
「なんかね、中々その子も友達が出来なくて、ダンさんが困ってたみたいなんだ」
エリーはそこでハッと何か気づいた様子。何かしら過去に経験があるようだ。確か、アリアおばさんも言ってたな。いじめられていて友達が一人もいなくて寂しい思いをした自分を重ねたんだろう。
「……その子、女の子?」
「ん? ああ、女の子って聞いたな。確か名前はダイアナっていうらしい」
頬を膨らませて拗ねるエリー。さらに不機嫌になった。
「ダンさんのところに行こう」
「むぅ……」
エリーは我慢しながらも服の袖をつまんだまま付いてくる。話しかけてもプィッと無視される。早速、友達決壊の危機だ。どうしたらいいの……
◇◆
俺とエリーはダンさんの家へ向かっている途中だ。
その途中の廃墟に子供達の姿が見えた。
「誰かいるね」
「そうだな。僕たちよりも年上っぽいな」
「……あっ!」
エリーはなぜか震えながら、俺の後ろに体を隠す。
「どうしたの?」
「嫌……あの人たちに……」
あいつらにいじめられていたのか。なるほど、まさに悪ガキの顔ぶれだ。四人組だな。
「……ん?」
四人は誰かを囲んで蹴りを加えては凄んでいる。
間違いなくいじめの現場だ。
「あ、あの子、いじめられている?」
「そうだな」
水っぽい髪の男の子だ。手で頭を抑え、うずまくっている。チラチラと助けを求める目を向けられるが、目の奥は期待はしていないようだった。
助けたいのは山々だが、巻き込まれるのはごめんだ。淡い期待を抱かせずに「我関せず」を通すのが最適だ。薄情かもしれないが、こういうのは関わらない方が自分の身も安全なのだ。
俺はエリーの手を引っ張り、去ろうとする。
「アル? 助けないの?」
「………」
「アル!」
「……はぁ、またいじめられたいの?」
「ッ!」
「こういうのは関わらない方がいい」
善意が痛むところはあるが、いじめられる側になるよりはマシだ。
と、エリーの手を引くが、俺の手を払われる。
「あの子を助ける!」
「エリー、関わらない方が……」
「わたしの時は誰も助けてくれなかった。助けを求めても、助けてくれる人は誰もいないかった!」
「エリー」
「知らない振りなんてできない!もういい!アルが助けないんだったら、わたしが助ける!」
激情に駆られるがままに、向かっていった。
勇敢で純粋で……愚かな行動だ。
だが───
◆◇
「はははは、コイツうずまくって何やってんだよ」
「亀なんだろ。こいつの服ひっぺがさねぇ?」
「お、いいねいいね」
「暴れるなって」
いじめっ子、四人は服に手をかけ、引っ張る。
水色髪の男の子は抵抗している。
何かBL臭のする現場だ。
「い…やだぁ…!やめてよぉ!」
「やめなさい!」
エリーは足をガクガク震わせながら叫んだ。
「なんだこいつは?」
「待てよ。どこかで見たことあるぞ、コイツ」
「その髪…あの白髪お化けだ!」
「あっ、あいつか!」
「ははっ!お前、またいじめられに来たのか?」
坊主の男の子が拳を振り上げ、エリーは体をピクリと震わせて涙堪えた。
「はははっ!「ひっ!」だってよ」
「ビビリ虫治ってないのかぁ〜」
笑う子供達をよそに少年に駆け寄り、庇うように両腕を広げた。青髪の少年は、助けてくれる人がいるとは思っておらず、驚きを隠せなかった。
「わ、わたしが相手よ!」
健気にファイティングポーズを取り威嚇する。
「はぁ?「わたしが相手よ!」だってよ」
「弱いくせにヒーローの真似事か」
と坊主の子がスッと手が迫る。
エリーは抵抗するように、バシッと殴り払った。
「て、手を出さないで!」
「あ〜? 今、手を出したのはそっちだろうが!」
坊主の子が殴りかかり、エリーはキュッと目を瞑った。そこで俺は、エリーを守るべく足を前へと踏み出す。この世界では大切にすると誓った。その決意を嘘にはしたくない。
「やめなさい」
一瞬で接近し、俺は坊主の拳を掴み取る。
間一髪だったようだ。全く、俺も怠惰(スロウス)だな。
「あ?誰だお前は?」
「通すがかりのガキです」
「……この手はなんだ?」
「僕の友達に手を出そうとしたと思ったからです」
坊主の子はビシッと俺の手を払われる。しかし、俺はニコニコと笑顔を絶やさない。
「なんだ?お前も正義ヅラか?…なんだその笑み気持ち悪い」
「うぐっ。…正義そうだなぁ。僕は正義の味方…をやっているということですね?」
「…は?」
「僕がヒーロー、君らが悪役。そういうお遊びの話ですよね?」
「「「「あぁ!?」」」」
四人が全員で青筋を立てて怒り出す。
こいつら、見た目は小学生の上級生程度なのに反抗期の高校生のような反応をしてやがる。育った環境の問題だな。
「さて、かかってくるなら叩きのめしますよ?」
───エリーが大切だ。
この世界で数少ない繋がりだ。切らせてたまるか。
俺が、エリーの弱さを支える。
「バカにしてんのか? ぶっ殺すぞ!」
と坊主の男は拳を振り上げ、殴りかかる。俺はその手を取り、一本背負い投げ。坊主の男を地面に叩きつけた。
「げぁっ!?」
「コリー!?」
続いて、体軀の大きな子が両腕を広げ、どしどしと突進してきた。俺はその両手を握りしめる。
体躯の大きな子は俺の力に圧倒され、膝を付く。
「このっ…はなっ離せぇええっ!」
「黒髪野郎!」
トサカ頭の子が棒を振るう。俺は太った子の手を離し、頭を下げ、棒が太った子の顔面を捉えた。
「あっ!」
俺は内心「おぉ、当たった」と漫画のような展開に少しワクワクしていた。どうもこの体の反射神経と動体視力も優れているようだ。
そして、トサカ頭の腹部に拳が突き刺さる。もちろん手加減はした。
「ゴェッ!?」
中にあるものを吐き出した。最後に残ったのは他と比べ特徴がなく、目つきが悪いだけの子だ。
「最後、ですね」
「くっ!覚えとけ!」
と男の子は走り去る。普通なら見逃す場面だが、俺は逃さない。
男の子の足を引っ掛け、地面に転ばせる。
そして、するりと腕を極める。
「覚えとけ、じゃないよ。俺も悪ガキだった覚えはあるが、お前は自分がやったことを理解しているのか?」
「何が言いたい!? いだだ!」
「……いじめって分かっていて、なぜやった?」
と、俺は冷めた目で見下す。
「……ッ!」
「理解しているんなら二度とやるな。分かったな?」
「だ、誰がてめえの……痛い痛い!!」
俺は腕をキリキリと動かす。
「分かりましたか?」
「このっ、痛い、痛いぃい!」
「分かったかな?」
「痛い痛い!やめてやめて!」
「わ・か・っ・た・か?」
殺意を込めた赤い目で見下す。
怯えた男の子は鼻水垂らしながら泣きじゃくる。
「ご、ごめんなさい。も、もうやりません」
「よし、二度とやるなよ?」
「はい……」
ふう、つい大人目線で叱咤をしてしまった。少しやりすぎたかも知れないが、次は二度とやらないだろう。
「他の子もそう言え。次やったら、分かっているな?」
「はぃい……」
震える声で返事する。
そして、一本投げをした坊主の男の子が目を覚まして早々に「テメェッ!」と飛びかかったが、即座にラリアート気味に首を引っ掛け、極めた。そして、同じように恫喝する。
すると、すぐに怯えながら泣きじゃくった。こいつらもまだ子供だ。まだ心が弱いのだろう。それ故に、他人を卑下することで心の補完することで安心を得ていただろう。
「おーい!本当に次はやるなよー!」
「ぴゃっ!しません!ごめんなさい、ごめんなさい!」
二人は気絶したままの子を連れて帰っていった。太った子に関しては引きずっていった。雑な扱いだ。
とはいえ正直、この怯えようは異常だ。俺の見た目ってそんなに怖いかね。さて、エリーの反応はどうだろうか。きっと怯えているだろうな……
「エリー、ごめん。さっきは…」
「ううん、アルも心配してくれているのは分かっているの」
エリーは俺の顔を見つめ、笑顔で。
「だから、ありがとう……!」
また俺の胸に何かが満たされる。感謝されるってのはくるものがある。謝られるよりも感謝された方が嬉しいってのは本当だった。
「あ、えっと……大丈夫だった?」
エリーは水色髪の少年に話しかける。しかし、少年の瞳はエリーではなく、俺の方をずっと見ている。俺の顔に何かついているのだろうか。
「……すげぇ」
「あのー……?」
「えっ!はいっ!?」
呼びかけにようやく気づいたのか、ビクッと反応する。
「わたしはエリーゼっていうんだ。それで…」
「僕の名前はアベル。アルと呼んでくれ。よろしく」
「アルっていうんだ!ボクの友達になってくれませんか!?」
水色髪の男の子はガバッと俺の手を握ってくる。俺は若干たじろぐ。光マークをつけた目で俺の手をにぎにぎしてくる。さっきまで脅えていたのが嘘みたいだ。
「えっと、いいよ」
「本当!?やった!」
と、ぴょこぴょこ跳ねる。友達ができたのが嬉しいようだ。エリーに関してはちょっとこの子のテンションについていけてないようだ。
ポカンとしている。
「え、えーっと、名前を教えてくれるかな?」
「あ!そうだった!ボクの名前はね、ダイアナっていうんだ!」
えっ、ちょっと待って…ダイアナって男の名前だったかな。
……そんなわけない。ダンの娘、ダイアナだ。間違いなく。
ダイアナの外見は男と間違われてもおかしくはない。美少年というかボーイッシュな感じだ。女だとわかった今、水色の髪の感じが相まって可愛くも見える気もした。
「えっと……ダンさんの娘かな?」
「あれ、なんで知っているの?」
「ダンさんから君を紹介してくれるって言われてて、ちょうど向かうところだったんだ」
「君がアルなんだ!おとーさんから色々聞いているよ!ボク、アルと友達になれて嬉しいよ!」
「そ、そうか……」
再び俺の手をにぎにぎしてくる。女だとわかった途端少し照れ臭くなってしまった。いや、ロリではないですよ。
「アル……」
とエリーのジト目が突き刺さる。
俺ァ、何もしてないっすよ。友達になっただけだよ。
ねぇ、その目やめて!
◆◇
「新鮮なきゅくりはどうだい!今なら安くしとくぜ!?」
客引きの声をあげているダンさんの姿が見えた。
たまに頭に手をかけて悩んでいた。多分、きっと俺の左手をにぎにぎしているダイアナのことだろうな。「なぜ来ない?」と悩んでいるのだろう。
「……ん、ダイアナ!?」
「おとーさん!アルと友達になったよ!」
「そっかそっか。それで、アル……」
細目になるダンさん。ちょっと嫌な予感。
「両手に花だな」
ここにくる途中、手を握ってくるダイアナに対抗したのか、右手は若干照れながら握ったのだ。まさに両手に花と言えるが、俺によこしまな気持ちなんてない。
「いや、友達です」
「ほう……」
と、さらに目を細められた。なんでやねん。
「っと、傷だらけだな。何があった?」
「実はねーさっき…」
ダイアナはさっきまでのあらましを細かく興奮気味で父(ダンさん)に語った。エリーがまず助けに入って、後から俺が割って入り、無双したという感じだ。
ダンさんはそうかそうかと微笑ましげに聞いていた。
「アルってすっごい強くてね!それでねそれでね!」
「そっか。よかったな」
とダイアナの頭をポンと置く。
「アル。ありがとうな」
「いえ、エリーが割って入っていなければどうなっていたか……」
「謙虚だな。お前はいつか大物になるかもな!はっはっはっ………だが、娘はやらん」
「いや、だからそういうんじゃないって」
ダイアナのことのなるとダンさんは冷静でいられないようだ。
と、俺の手をにぎにぎしてくるダイアナ。それを見たダンさんとエリーは、ぐぅと喉を鳴らす。エリーに至ってはジト目になりつつ右手を握ってきた。
何この修羅場。タスケテ、カアサン。
「アル? 何してるの?」
母さん、キター!!
「エリーに…そっちは?」
「はいっ! 僕はダイアナと言います!」
「儂の娘なんだ」
「あらあら、ダンさんと娘とは思えないくらい可愛い子ね」
「だろ? 自慢の娘なんだ」
「……ところで、アル、本当に何しているの?」
俺を見る。右手にエリー、左手はダイアナ。確かに母さんに助けを求めたけど逆に追い込まれたような。
「えっとですね……」
「アル、分かってるから大丈夫」
嫌味ではない微笑ましいニッコリだった。心の底からほっこりしてらっしゃる。いや、やめて、そういうんじゃないんです!
ダンさんの目見てよ!殺意が篭り始めてるよ!
「いや、分かっていないよ母さん」
「それはそうと、ダンさん」
置いとかれた。母さんが冷たいよ。
いや、もういいや……
「アルに野菜の取引をしたってね?」
「おう。アルの作る野菜は一級品だ。こっちで売りさばいて利益をそっちに分けるつもりだが、どうだ?」
「それについては私もいいと思うわ。けど、アルはまだ子供よ」
「母さん!」
俺は積み上げたものを取られるのか、と一瞬思ってしまい、声を少し荒げてしまった。しかし、母さんは顔を小さく振って、続けた。
「ダンさん、何もアルに野菜を作るのをやめさせようって訳じゃないのよ。今後からは私の方から野菜を仕入れるわ。それから、ダンさんの仕事を少し手伝わせてくれない?」
「……構わないが、給与はほとんどないぞ?」
「ううん、息子が今まで頑張っていたのに私が頑張らない訳にはいかないのよ。私も息子のために少しでも何かをしてあげたいのよ」
そう言われてしまっては何も言えない。母さんも母さんでなにか考えがあってのことだ。子たる俺の出番はないのだろう。
「それに、アルの野菜を売り出す敷居を開きたいのよ。だから、この街での経営の立ち上げ方から色々と教えて欲しいからよ。もちろん、独立後も野菜の仕入れは続けることを約束するわ」
「ああ、なるほどな。それなら歓迎するぜ!」
「ありがとう」
こうして、あっさり俺の作った野菜を出荷と店を開くことになった。俺が主に野菜の手入れや管理をして、母が店を経営し、ダンさんに野菜を届け出て金銭管理をすることになった。
恐らくだが、母が鬱だった時に何もできなかった分、俺に何かをしてあげたいと思ったのだろう。しかし、俺だって親孝行がしたくて始めたことだ。なので、畑の作業は俺に任せてもらうように説得する。
結果、渋々許可をもらえたのだ。
と、ここらで待たせていたダイアナとエリーと一緒に退散して遊んだ。前世でのよくやった「鬼ごっこ」を提示し、延々と走りまわった。
俺は、大人気なく完勝してやったのだった。
◇◆
日が暮れる前にダンさんところに戻った。アリアおばさんも迎えにきたらしく、ダイアナとエリーは帰っていった。
そして、俺は母さんと帰路につき、小さな木の我が家が見えてきたところで足を止めた。
「あの子達って知っている子?」
「うーん、見覚えがあるような……」
家の前に二人誰かが立っているようだ。二人はこっちに走ってきて俺たちの前に立った。
しかし、顔は真剣そのものだ。
「えっと」「あの…」
坊主の少年に、目つきの悪い少年……
昼頃にダイアナを囲っていた4人組の内の二人だ。
「「俺たち、貴方のおかげで目を覚ましました!」」
「へっ?」
目の奥がキラキラしている。
どうしたんだこいつら。
「「俺たちはなんて馬鹿なことをしていました。これからは真面目に生きて生きたいと思います。その証として貴方の舎弟となりたいです!」」
待て待て、舎弟ってどういうことだ。
それに声を揃えている。練習してきたなコイツら。
とゆーか、どうやってうちが分かったんだ?
「「お願いします!」」
舎弟はあれだろ。番長に「押忍!」って言う奴だろ。そんな柄じゃないんだよな……
ほら!母さんもポカーンとしてるよ!
とにかく、丁重に断りをいれなければ。
「えっと……舎弟とかはいいんで、友達なら!」
「ダチっすか!?」「こんな俺たちでいいんですか!?」
「うん」
「マジっすか!」「なんて器の大きい方なんだ!」
器って俺器結構小さいと思うよ。
「これからもよろしくです!」
「しゃっす!」
「そういうのいいんで……名前は?」
「俺の名前はダレルです!」
「コリーっす!」
坊主の子がコリーというらしい。
なんの特徴のない目つきが悪いだけの奴はダレル。
ダレルは腕を極めて叱咤した方の子だ。
「あ、後の二人は?」
「縁を切りました」
「左に同様っす」
うわー、そんなあっさり……
「あの二人は改心せずじまいでした。説得したけど…」
「喧嘩になってしまいやした」
なるほどな。意見が割れて喧嘩したってことか。
道理で少し顔が腫れているわけだ。
「あ!こんな時間っすか」
「親に怒られてしまいますので、明日お会いましょう!」
「あ、待て!なんでうちがわかったんだーー!?」
夕焼けを見ては、ダッシュで戻るダレルたちだった。俺の質問を無視して去って行く。彼らには門限とかあるようだ。俺もそうだ。
やっぱどの世界でもそういうのはあるようだな。
「……うん、母さん、帰ろう」
「後で説明してもらうよ?」
「えっと、はい……」
ある程度理解が追いついたようで、少し怖い顔をする母さんだった。今日は帰ってダイアナのことやダレルたちがいじめててエリーが割って止めたことなど、説明した。今回は俺に非があるところが少なかったため納得してくれた。
「もう……怪我だけは気をつけてよ」
「気をつけます…」
「いい子ね。今日は一緒に寝よう」
「……うん」
精神年齢がアレだったため、普段は照れ臭くて一緒に寝ることができなかったが、今日はなんとなく一緒に寝たい気持ちだった。
やっぱり母さんというのは不思議だ。こんなに暖かな気持ちのまま眠れたのは久しぶりだった。
◇◆
俺は朝早く起きた。母さんはもっと早く起きて、ダンさんから色々教わりに出かけたようだ。朝食もすでに置かれている。
俺も負けてられない。朝食を済ませ、今日の手入れをするために菜園へ向かおう。俺は袋を持ち上げ、家のドアを開けた。
「ボス!おはようございます!」
「しゃーーーす!」
ダレルとコリーが体をピシッと正し、九〇度に曲げ礼をする。
「今日もいい天気っすね!」
「ええと、おはよう。朝からどうしたんだ?」
「ボスのお姿を拝謁をしたく馳せ参じました!」
「お、おう……」
要するに俺に会いたくて来たってことかな。
でも、この反応は劇的すぎて怖いっていうか。
一応こいつら年上なんだよな…
「ボス!その袋お持ちしましょうか!?」
「いや、自分で持つよ」
前と比べ、顔つきも真面目そうに変わっている。
いい変化だと信じたいが……
「親から差し入れですが、いかがですか!?」
「さ、差し入れ?」
「はい! 干し青芋です!」
青芋。青。ブルー。虫のような響きだ。
干していて形は干し芋なんだけど…体に悪そうだ。
「い、頂きます…」
「はい!」
うん、干し芋ですね……
見た目に反してうまいのが何気にショックだった。
「うまい……です」
「ありがとうございます!」
というわけで、何故か俺に(※強制的に)舎弟ができた。前世でも経験のない、番長的存在になった。叱ったというか間違いを正したつもりだったが、これは方向を間違えた。
……正しきことって何だろう
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