序章 コリオリの悲劇

➤プロローグ



「はぁ……もうこんな時間か」


 と、荒れ気味の頭を掻く俺は 黒神くらかみ しゅん。変わった姓名のせいで中学時代は隠れ厨二だった。自分の部屋で「ククク、我こそは真祖なり。さあ、大人しく我に肉体を預けよ……!」「黙れ!お前になんか……」と自分の中のナニカと格闘していたところを親に覗かれて恥ずかしい思いをした。終いには「うん、そういう時期もあるよな」となぜか父に深く納得された。


「めんどくせーけど、今からレポート書くか」


 今、22歳で大学生四年だ。彼女も入学時からの付き合いで、今では結婚を誓い合った関係だ。そして、よく友達とボウリングしたり、旅行に行ったり、呑んだりと自由を謳歌している。


 ………というのは嘘だ。22歳で大学生四年は本当だが、彼女もいないし、童貞でアパート暮らし。食ってゲームして寝て、起きて食っては漫画読んで、寝て……と怠惰(スロウス)な暮らしを送っているのがリアルだ。


「うーん……なんで文系の大学を選んだんだろうな。どっちかっていうと理系だってのに」


 手当たり次第に受験して合格した大学を適当に選んだだけで、入学理由は特に無かった。もちろん面接では建前とポーカーフェイスで誤魔化したが。

 まあでも、充実した毎日が送れるんだろうかと僅かながらも期待はあった。


 そして、充実していた時期は一応ある。入学当初は調子に乗って馬鹿なことをよくしたものだ。

 パイ投げ、呑み、ピンポンダッシュ…って小学生じみたことやってたのか。……とにかく当初はかなり充実していたとも言えるだろう。


 しかし、年々と飽きてきたのか、みんなも俺も馬鹿なこともやらなくなってきた。


「はぁーやる気でねぇ」


 そして、いつの間にか、俺は孤立していた。

 俺の性格もあるのだろう。

 うん、そうだ。思いやりがない。


「気分転換に最近買った本でも読み返すか」


 孤立した俺の目の前にあったものがゲームと漫画だった。それがきっかけで俺は部屋に籠る様になった。


 二次元は最高だ。俺を裏切らない。

 主人公に従順な子とか、ツンデレとかヤンデレとか魅力盛りだくさんだ。


「とりあえずこれで出すか」


 今日も大学に赴く。本日は卒業論文の報告会がある。なんと、週に二回報告会があるのだ。


「ふぁ……ねむ……」


 俺は気怠いながらも立ち上がり、服を着替える。そして、文字の少ない報告書を印刷が完了し、ゆっくりと重い足を動かしながら教授の元へ足を運ぶ。


 そこで継ぎ接ぎのPowerPointerとWorkを見せて簡単に解説する。当然、寒い頭に青筋を立てた教授に叱咤され、「やり直しだ!」と部屋を追い出された。


「はぁ…」


 そりゃそうだ。ネットで調べたことをパクって「こういう説がありました」と説明して、ユーアールエルを乗せただけじゃ当たり前だろうな。

 まぁ明日やるか……と言いつつも毎日ゲームと漫画だ。


「はは、怠惰(スロウス)だな」

「ん? 何が?」


 こいつは 二階堂にかいどう ごう 。いつも俺の漫画を読んではさっさと帰っている不埒な野郎だ。

 今日もタバコを吸いながら漫画を読んでいる。受動喫煙してしまうじゃねえか。


「なんだよ?」

「なんでもない。俺、今からセゾンにいく」

「あ? 俺も行く」


 何も買わないくせに、コンビニに行くと言えばいつも付いてくる。可哀想に思ってのことだろうが、そんな哀れみいらない。

 と、俺は水と弁当一個手に持ちながら、雑誌コーナーに向かう。


「お、新巻置いてるじゃん」

「またかよ。さすが漫画館の管理者」

「俺以上のオタクもいるんだから大したことねえよ」

「ふーん」


 俺の部屋は壁一面に漫画が並んでいるせいか、「漫画館」と言われている。

 漫画が好きだ、二次元が好きだ、それは認める。しかし、俺も健全な男性だ。リアルに彼女を作ってイチャイチャしてみたいとたまに思う。

 まぁ…今更手遅れかもしれないが。


「さて、次は何を読もう」


 早速買った本を読破し、次の漫画を探す。


「転生系読むか」


 漫画をいくつか取り出し、足を組んで座る。

 転生したら異世界だったり魔物だったりと面白い。自分ではない自分になり、チート能力を使いこなして無双するテンプレものだ。魔法とか伝説の武器とか、夢もある。

 と、引きずり込まれるように読む。


「転生したら可愛い彼女を作っていちゃつきたいな」

「うわっキモ…」

「まだいたのかお前」


 まだいたのかこいつ。帰れよ。

 あとタバコ吸うな、ベビースモーカーめ。

 …まぁいいや、テレビ見よ。


《本日のニュースはこちらです》

《──にはかつて奴隷制度があった。その名残で被害を受けている子供達がまだまだいます》


「俺たちがのんびり暮らしている間にもこういう子供もいるんだよな」


 セゾンで買ったこのポテチ。この欠片すら食えない子供達もいる。


 世界の仕組みはおかしいと思う。俺たちの国は一定の仕事をして、社会に貢献さえしていればテレビとか車とか頑張れば様々なモノが手に入る。しかし、自分のことで精一杯で社会に貢献できない者もいるし、働いても働いても金が手に入らない者もいる。


「一人で出来る事はたかが知れてるし……うん、明日セゾンの募金箱に十円入れとこうか」


 ……って、あいついないのか。漫画を読ませてやったのに礼一つも無いのか。


《速報です!A地域に地震が起きたようです!》

「A地域? 揺れてないし……誤報かな」


 と思ったら少しだけ揺れた。

 この程度なら大丈…


「うおっ⁉︎」


 まともに立てないほどの振動に叩きつけられる。

 俺は大人しく、地に手をつけて収まるのを待つ。むやみに動くよりは安全のはずだ。


「長いな………痛っ⁉︎」


 硬い角のようなものが頭に直撃した。


「なんだ、漫画が落ちたのか……」


 上へと目を向けると本棚が迫って来ていた。

 叫び声を上げる間も無く、「あ」と一言を最後に俺は下敷きになった。




 しばらくして俺は目をゆっくりと開ける。本棚に叩きつけられた瞬間、意識が刈り取られたようだ。それに、何だか体が硬直してとても寒い。


「あっっつ⁉︎」


 俺は自分に倒れこんだ本棚を背中で押し上げながら起き上がろうとするも、胸あたりに何かが引っかかって動けなかった。


「…あ? 赤い……血? あれ…?」


 俺は鈍くなった首を動かして、その方へと目を向けると胸から鉄の棒が生えていた。


「あ……っ?」


 ぬるりと手が滑ってしまい、地に頬を擦りつける。

 掠れる視界には、なみなみと鈍く輝く液状が広がっていた。


 真っ赤に。


 なんかもう痛みを感じなくなってきた。

 それに肺に液体が溜まり、声も出せなくなっている。


「コヒュッ…は、はは…」


 俺は小さく吐血し、悟った。

 もうすぐ死ぬ、助かるまいと。


「…………」


 ああ、どうせなら彼女作って死にたかったなあ。


 いや、二次元も捨てがたい。リアルには無い魅力がある。巨乳、幼女、ツンデレ、幼馴染み……とかな。


 そういえば、俺にも幼馴染みはいるんだよな。確か名前は 秋桜あきざくら 叶夢とわ だったっけ。高校の時はよく隣席に座っていた。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。当時は「こいつと付き合う?ないわー」とか思ってたんだった。今、考えると特に問題あるわけでもなかったし、普通にかわいいやつだった。なんで距離を置いたんだろう。

 ちょっと前に路線に落ちたのを見て助けたっけな。大人っぽくなっていた。


 死ぬってのにこんなこと考えるとは余裕だな。

 まだやりたいことがあったのになぁ…


 ………本当、怠惰スロウスだな。


 …………………

 

 …………………………


 ……………………


 …………いやだ………


 ………死にたくないッ!


 彼女も作ってないし、親にも「ありがとう」って言えてないんだ!やりたいことはまだまだたくさんあるんだ!

 ああ!死にたくない!死にたくない!

 こんなの……認められるかぁ!


「は…ぁっ!ああ!ぐ、ぁああ…あぁ……ぁ……」


 憤慨虚しく全身から力も抜け、ばたりと倒れる。

 そこで、視界の端に最後に読んだ漫画が目に映った。


「……あぁ………」



 人生……やり直せたらなあ…………

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