怠惰転生〜故郷を奪われた俺は復讐を果たすために、剣聖の弟子になりました〜
杉滝マサヨ
➤とある少女
『不成の英雄譚』
物語の名は前述の通りとする。
では、早速ですが、
英雄に成れたのか、それとも、成れなかったのか
──あなたはどちらの物語だとお考えでしょうか。
彼は英雄たらんとした刹那はあったが、決して英雄になりたかった訳ではない。そして、数奇なる出会いと世界を巻き込む戦いを乗り越え、果てには英雄たり得る偉業を成し遂げながらも認められなかった。
私はそれが許せない。それが妄執であっても人道に則ったものでなかったとしても、人の歴史として語り継ぐべきもの。彼の生きた証は世界にとっても財産となるべきものだと私は考えた。ひいては筆を取ることにした。
さてまずは、一人の少女のお話をしたいと思う。
『S級冒険者 及び 元・モメント町長
アテネ・シンメトリー』
◆◇
私はどこでもありふれた大学生。毎日研究に打ち込み、外国や人との交流。それだけではなく、サークル、旅行、ドライブ、講義、飲み会…etc,etc.
どれも新鮮な体験で、新しい世界だった。しかし、私自身が目立ったことは特に無く、一介の普通の大学生だ。
「おはよう!」
「うん、おはよう。今日の講義はどこ?」
「10時25分からA室だよ」
「あ、私もだ。その前に少し時間があるね…」
中学生までは親の言うことをしっかり守り、物覚えの悪い私は毎日欠かさずに勉強を積み重ねた。いわゆるガリ勉の印象だったと思う。冴えない私がなぜ頑張れたかというと、とある彼を追ってのことだ。
彼は勉強も運動もでき、率先としてみんなを引っ張っていた。優秀だった彼は受験をいくつも合格していた。
実のところ、私と彼は幼馴染だ。普通に一緒にいると安らぎを感じる、それだけだったから自覚することもなかったが、彼と一緒に過ごしている内に芽生えた。彼と一緒にいると安らぐと共に、カーッと燃え上がる情緒。これは 恋 だ。
自覚してから積極的にあれこれと世話を焼いたりした。彼からは鬱陶しかったかもしれない。
彼には、私のこの気持ちに気づいて欲しかった。しかし、私の積極的なアプローチにも気付かれず、大学まで来てしまった。彼は私と違って天才肌で、高校では学年一位の座を何度か獲得した。私はそんな彼の隣に居たくて勉強も頑張ったのに。
私は彼と同じ大学に通いたくて、嫌いな勉強も続けた。そして、彼と同じ大学に合格できた。一緒に大学への進学ができることがとても嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、彼と一緒に居られる!と歓喜し、彼と喜び合った。
「ほぉーーー 彼とは幼馴染なんだ?」
「うん、どうやったら会えるかな……」
しかし、大学入学後一年ほどは同じ時を過ごせたものの、二年ほどから彼は見かけなくなった。何があったのか、分からなかった。私は拒絶されたと思った。会うこともできず、寂しかった。モヤモヤが晴れず、勇気を出して友達の雪奈に打ち明けることにしたのだ。
「あ、このコーヒー美味しい!」
「ここの店長の特別ブレンドらしいよ」
ここは私の行きつけで、週一は必ず行っているほどだ。タイミングを見て、彼が好きだということを初めて告白した。
「そっかぁ……って、えっ⁉︎ あの人のことが好きだったの⁉︎」
「うん…彼と一緒の大学に行きたくて………」
「……告白はしたの?」
と、雪奈に顔を傾げられ、「してない…」と消え入りそうな声を漏らしながら項垂れる。
「あ、あの人じゃない?」
「えっ⁉︎」
指の先へと勢いよく振り向くが、見知らぬおっさんがきょとんとしていた。
「あっ……いえ、ごめんなさい……」とまた声が消え入りながら縮こまった。
「ひひひ……」
「……もう!」
雪奈は度々私をからかってくるのだ。少し意地悪なところがあるけど、私が心を許している数少ない友人の一人だ。
「あの人ってさ。今引きこもってるらしいね」
「えっ? なんで?」
「んー、何かに目覚めたんじゃないかな?」
オブラートを包むようにそう言われた。
「……何かって?」
「ほら、二次元とかね。まーいわゆるオタクだよ」
「ふーん……」
そんなことで私が寄せる彼に対する好意は揺らがなかった。私はオタクの偏見は無いつもりだ。むしろ、彼がオタクだとしても一緒に楽しめばいいんじゃないか。
「それでそれで? どこを好きになったの?」
「………う…か、かっこいいとことろか………」
「あ〜……オタクの割にはルックスは良いんだよねぇ。思いの外、面食いだねぇ?」
「ち、違うよ!」
次々と問い詰められ、つらつらと一つずつ好きなところを漏らしてしまった。その度にからかわれたりした。
そして、恋バナの熱が落ち着いてきた頃に、雪奈は顎に手を擦りつけて唸った。
「う〜〜〜む」
数秒唸った後、ニヤリと悪巧みをするような顔に変貌した。そのまま「後でね!」と、金を払いもせずに珈琲店から出た。
「あ、ちょっと⁉︎」
私は雪奈の分も払い、「彼女をなんで友達にしたんだろう…」と頭を抱えながら大学の講義に向かった。
食い逃げの雪奈は息を切らせながら机を突っ伏していた。私はその隣へと座り、即座にお金を請求した。
すると、直ぐに金を出して「メンゴメンゴ」と軽い感じで謝られた。
本気で食い逃げしたわけではなかったらしい。そのことに一安心しつつ、講義を淡々と要点をノートに書き込んだ。そして、講義が終わった直後、雪奈は私の肩に、ぽんぽんと軽く叩かれる。振り向くと目の前に親指を立てて、何かを企むように笑っていた。
「今、彼って〇〇のアパートにいるらしいよ」
「えっ! なんで知ってるの⁉︎」
「ほら、位置情報も送っといたから」
「えっ……ど、どうやって……?」
「うっふっふっ……大学の個人情報をサクッとね、ふふ…」
ニヤリとさらに歪む笑顔。こういう雪奈は怖い。
大学の個人情報を盗み出すとか、恐ろしい子です。
「さ、彼に会いたいんでしょ? 行ってきな」
「……! ありがとう!」
私は大学から駆け出る。そのまま駅へと向かい、改札口を突っ切った。
息を切らせながら乗り込み口へと、スマートフォンの地図を「うーん…」と凝視しながら歩いた。
それが不注意だった。
「……やっと会える。今度こそ…」
また彼に会えることがただただ楽しみで仕方なかった。想いをしっかりと伝えて、好きなだけではなく、ちゃんと好きでいたかった。
「……あっ?」
目の前のことに夢中になるあまり、いつの間にか路線から踏み外してしまい、転げ落ちてしまった。
「いったぁ…!」
路線に脇をぶつけてしまい、鈍痛が全身を襲った。私は歯をくいしばって痛みを堪えながら登ろうとするが、鈍痛のせいで力が入らなく、何度も滑り落ちた。
「だ、誰か!」
すると、奥から二つの眩しい
───その時だった。
「おい! 手を掴め!」
手を差し出され、私は一目散に掴み取り、引っ張られた。
間一髪、電車に撥ねられることはなかった。
「……はぁはぁ…ありがとう…」
「ぜぇぜぇ……何やってんだかな、俺……まぁ、アンタ大丈夫だったか?」
「う、うん…」
「そうか、よかった」
「…ッ!」
「どうした? 痛いところでもあったか?」
彼だった。好きな彼だった。
私はとっさにピンと背筋を伸ばして緊張面になった。
「だ、大丈夫!」
「そうか。次は気をつけろよ」
「あ…」
とあっけなく彼は去っていく。私は手を差し伸べるが、声をかけることが出来なかった。
足に枷がついたように重くなり、一定の距離以上は近づけなかった。私は「何をしているんだ…」と項垂れながら、ふらりふらり、と彼にバレないように追った。
我ながら気持ちが悪い行為だったと思う。
「ヘタレ女だね……」
と呟く。何年彼と一緒にいたからこそ、拒絶されるのが怖かったのかもしれない。彼の隣にいる時間を、彼に拒絶されるのが怖い。
それ以上に……
「あーーーっ、もう! なんで気づかないのかな!」
私は星空に向けて愚痴を漏らす。
「よっし! ぐちぐちしていても仕方ない」
ぐっと拳を作って決意する。私は鈍重な足を振り切って走った。
「し───」
その瞬間、視界が横にブレた。
「あ…っ…?」
気づいたら地面を見ていた。
それだけではなく、ガンガンと頭痛が止まらない。
「いた……い……?」
地面は鮮血に染まっていた。体も、おかしな方向に向いている。
口から、耳から、血が流れる。流れ出る大量の鮮血を見てようやく気づく。
「あ……あぁあああ…………」
私は死ぬんだ、と。
さっき救ってばっかりだった命を捨ててしまった。
なんで私はこんなドジばっかり…情けない……なんで……
「……せ…めて…」
この瞬間から、私の意識は消失した。
「……? ここは…?」
気付いたら私は空を見上げていた。
赤と黒が混じり、灰色の雲が渦巻いている。
「あれ……? なんともない……?」
おかしな方向に向いていた体はなぜか正常に動いた。
鈍痛ももなければ、朦朧としていた意識もはっきりしていた。
そして、私は辺りを見る。
「なにも…ない…?」
そこは荒野だった。太陽によって赤く染まった荒野。地上の生物が全て死滅し、ありとあらゆる文化が消滅したような光景だった。
それだけではなく、自分の体に違和感があった。
体躯もやや小さく、胸……も……
「…えっ? えっ……?」
スースーする体を見ると素っ裸だった。
「きゃあ!」と初々しい反応するものの、辺りには誰もいない。
「誰も見られていないからといって堂々するのも…ちょっとね…」
と体を隠しながらモヤモヤする。
「って、ここはどこなの…?」
広がる荒野の前にどこへ向かえばいいのか分からないでいた。
立ち尽くす私だったが、彼のことを思い出し、歩きを進める。
「………瞬(しゅん)」
ここがどこなのか、私が住んでいた日本なのか、分からない。
とにかく彼に会いたい。運命が彼に告白をするのを妨げているようにしか思えない。
故に私は色々考えてしまった。考えても考えても歩いても歩いても荒野が続く。
「あぁ、瞬……瞬………」
歩いても歩いても、彼は出てこない。
ボロボロと涙がいくら出てこようと、彼には会えない。
それが辛くて苦しくて堪らなかった。
彼に会いたい。一緒に居たいから告白を決めたのに………
「瞬……瞬……また……私を助けてよ……!」
その声は虚しく、荒野は風吹く。
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