歓迎4


「九十九君、君が吉野君に能力を貸しているそうだね」

「あ、はい!」


 暇すぎて心ここにあらずだった七瀬が唐突に自分に質問が来たものだから焦って敬礼した。幽霊の前世が俄然気になった。警察か、軍か。

 

(社長もよくノーリアクションでいられるな)


「君は幽霊だろう? 他人に力を貸して、なんの影響もないのか? そのエネルギー源は?」

「自分でも分かりません。ただ、恋に力を貸したくらいじゃなんともありません」


(貶されてるような……)


「随分パワフルな女の子だ。その若さで命を落としたのは間違いなく不幸だが、幽霊として第二の生を得られたのもまた事実。不幸中の幸いとも言えるかな?」


 不幸中の幸い。確かに普通の人間なら死んで、そこでお終いだ。でも俺は、幽霊でいることに悲しんでいる七瀬の顔を見てしまっている。


「ですね。幽霊になれたなら、私にもまだ出来ることがあると思います」

「そうか。君のような子供にそんな覚悟を迫らなければいけないこんな世界は、早くなんとかしなければいけないな」

「……はい」


 ふと、隣に立つ男は何者だろうと考える。社長の傍らにずっと立っている男が1人いるのだ。俺たちが入室してから一言も発さず、そして表情も変わらない。

 秘書なのだろうが、社長よりよっぽど掴めない。実はこの人がラスボスになるんだろうか、とか中二病的考えが暴走してしまうじゃないか。


「吉野君の能力が上手く発動しない理由に心当たりは? 譲渡の『儀式』は成功したのかね?」


(あれって儀式だったのか?)


 儀式、と呼べるほど大それたことはしていない。七瀬が手をかざして光が弾けて終わり。数秒の出来事だ。


「大成功っす」

「大成功なのかよ」

「ということは、あとは全て吉野君の問題だな」

「そうっす」

「ざけんな」


 社長め、『全て』を強調しやがった。

 実際にどうかはともかく、体の調子を戻さなければいけないのは間違いない。魔獣駆除サービスに入社するしないに関わらず、だ。


「さて、入社試験を明日に控えた吉野君や」

「え、明日⁈」

「善は急げと言うだろう?」

「はぁ……」


 使い方が合ってるのかもやや不明。指摘するほど国語に自信があるわけでもない。


「今日はもう休みたまえ。部屋と食事を用意してある。ここの社員食堂は金を注ぎ込んだから美味いぞ」


 真面目な話が終わった途端にガラリと態度を変えて気の良い親戚のおじさんみたいになった。若いんだけどね。金を注ぎ込んだ、というやらしい表現には苦笑いする他なかったし、そこに一言物申す者がいた。


「社長、無垢な少年少女の前でそのような表現は控えるべきかと」


 真面目そうでクールな長髪男は社長を窘めるという人によっては不義理ともとる行為で漸く口を開いた。


 社長秘書(仮)は下ろしたてのような綺麗なスーツを着ている。真面目だからそうなのか、お金があるからそうなのかは分からないが、問題はその上だ。


(前髪切ってやりてぇ。パッツンにしてやりてぇ)


「前髪うっとおし」

「お前の口の蛇口は開きっぱなしなのか! 閉じろ、そのアホの口を!」

「何よ! 円周の求め方もわかんないくせに!」

「はっはっはっ! 言われてるぞ、水島。紹介する、彼は私の秘書の水島潤みずしまじゅん。困ったことがあればこれに聞くと良い」


(秘書で合ってんのね)


 七瀬に前髪のことをいじられたにもかかわらず水島は平然とした顔で小さく会釈する。とんでもないメンタルだ。


「早速彼らを案内しろ」

「かしこまりました。こちらへ」

「これで終わりですか? てっきりもっと重要な質問をされるのかと」


 入社試験があるにせよ、社長の呼び出しを食らったのだから何かしら面接的なことをするとばかり思っていた。緊張はそのことも踏まえてもいたのだ。普通なら社長との対面は最終面接のはず。


「重要な質問はしたさ。それに私にとっては2人の顔を見るだけでも十分なくらいだ。どんな質問も蛇足になるくらいに、な」

「さすが」

「社長だからな」


 若干ウケ狙いなくらいのドヤ顔で場の空気を緩めた鞘師。思っていたより気さくで、この会社の社風に影響を与えているように思う。


 水島に連れられ社長室を後にしようとした瞬間、空気が一瞬ピリつくのを感じ咄嗟に振り返った。


「……ッ!」


 だが振り返った頃には違和感も消えていたので、俺の勘違いだったようだ。社長室の扉が閉まる直前も、さっきと変わらぬ笑顔で小さく手を振る鞘師の姿があった。



 1人社長室に残った彼の独り言は、誰1人知る者はいない。


「また、私のために働いてくれ。『吉野恋』」

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