表明2

 そして本部までの道中。廃墟同然の街を歩く。戦闘終了後に判明したが、辺りの家には人の気配は無く、俺が破壊した家屋も既に空き家になっていたということだった。この辺の区画は特に損傷が酷く、神倉曰く、ほとんどの住人は既にシェルターに向かい、そこを第二の家としている、と。


「ミノタウロスを1人で倒すなんて、あんたなかなかやるわね。わたしの次に強いんじゃない?」


 背負ってもらっておいて相変わらずの上から目線である。やっぱり捨てて行こうかと思ったのは何回目だろう。その度捨て猫の丸い背中を思い出し、頑張って踏み止まっている。

 あの魔獣はミノタウロスという名前があるようだ。当然その名前にもピンと来ない。


「良かったね、凛ちゃんの次に強いって〜」

「この人、その親玉にやられてましたけど?」

「うっさい!」

「痛い痛い、耳引っ張るな」


 七瀬は歩いている俺にスピードを合わせてゆっくり隣を飛行(?)している。起き抜けで体がガッチガチだったのが七瀬に力を借りてから嘘のように軽い。

 とはいえケガ人を連れての行軍だ、足取りは決して速いとはいえなかった。魔獣の出現を考えると速やかに移動すべきだろうが、予想より神倉のケガが深かったのだ。


「さっきも言ったけどあれは七瀬の力を借りたんだ」

「雷電、顔に似合わず凶暴な力ね」

「私が可愛いってこと?」

「そうね、ゴリラ女ね」

「ゴリラ可愛いよね」

「ダメだ! 通じない!」


 2人の立場は決まったも同然だった。とはいえ押され気味の神倉もなんとなく楽しそうだ。こんなお茶目な七瀬があれだけ強力な雷電を操り、戦っていたことを想像すると人っていうのは分からないもんだ、と一人考えるのだった。

 雷電は七瀬の力として、問題はこの刀だ。おんぶするのに邪魔で、今は神倉に持ってもらっている。


「この刀、呼んだら飛んできたんだよ。ていうかなんで俺も呼んだんだろ」

「呼んだら飛んでくるなら置いてけばいいじゃない。若干重いのよ」


 またもやおんぶをしてもらっている分際では不遜な発言。このじゃじゃ馬娘が餌になるのも遠くない。話は戻って──


「たぶん大事なもんなんだ。置いてくわけにいくか。重いなら持つよ、俺には軽いくらいだから」

「筋肉自慢でもしてるわけ?」

「ちげーよ」


 そんな悪態を吐きながらも荷物持ちを続け、改めてじっくりと刀を見る、というより分析しているようだ。記憶に繋がるヒントがあればいいが。


「随分な業物みたいだけど、一体誰の作かしら。なんか妙な刀」

「妙?」


 片手しか使えないので鯉口を切り、僅かだけ顔を出す刀身に思いを巡らせる。扱っている身としてはしっくりきて実に良い品だ。そもそも刀というものの知識も記憶から欠落しているので、その感想は素人同然である。


「言葉にし辛いんだけど、変な力を感じる」

「ただの刀じゃないってことか?」

「う〜ん、たぶん」


 取り敢えず特別なものらしいが、どう特別なのか、なぜそんなものを俺が持っているのかは謎のままだった。魔剣や妖刀の類だろうか。刀1つとっても疑問だらけだ。


(呼んだら飛んでくるんだもんな、そりゃふつうじゃねぇや)


「そんな物持ってるってことは記憶を失う前のあんたは魔獣と戦ってたんでしょうね」

「わっかんないよ〜、その刀で殺人鬼をやってたのかも!」

「冗談キツいぞ」


 七瀬の言葉を否定する材料はない。刀はもちろんのこと、自分が何者なのかも。殺人鬼という線も、あり得ないとは言い切れないのだ。


「ミノタウロスを倒すことが出来たんだから、魔獣と戦ってたんじゃないの? こいつが人殺しなんて出来るようには見えないわ」

「!」


 予想外に俺をフォローしてくれたので反応できなかった。(フォローと言えるかはさておき)それと同時にちょっと嬉しかった。普段ツンツンしている人間がちょっと優しくしただけでポイントが高いのはズルイと思う。


「そういえば、力を使ったときにちょっとだけ記憶が蘇ったんだよ。学校と魔獣……」

「……他には?」

「顔が隠れてて見えないけど、人……とか?」

「全然手掛かりにならないじゃない」


 ため息をついてしまった俺に神倉はしっかりしなさいよ、と持っていた刀で腹をつついた。


「力を使うことが恋の記憶が復活するトリガーなのかもね。雷電が脳に刺激を与えてるのかも」

「あんたたちって知り合いじゃないの?」

「「さっき初めて会った」」


 七瀬が俺のことを知っているなら何か手掛かりが掴めるかも、とも思ったがどうやらそうではない。自分自身もさることながら、この幽霊少女も謎が多い。


「じゃあ九十九は何者なのよ。他人に力を与える能力なんて聞いたことないわ」

「内緒だよ〜、ミステリアスだから!」

「ミステリアスって流行ってんのか?」

「あからさまにはぐらかすのね」

「なぁ、流行ってんのか?」

「「……」」

「なぁってば」


 あからさまにはぐらかす、つまり答える気はない、という遠回しな主張だ。これ以上聞いても答えを得られないと察して神倉は話題を変えた。


 俺は知らない。その時の彼女の表情を。興味が無くて聞くのをやめた顔ではなく、人には触れられると痛い事があると『知っている』者の顔だったことを。


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