第3話 表明

「魔獣駆除サービス?」


 サービスなんて軽い言葉の前が気になって仕方がなかった。『魔獣駆除』。牛頭を両断した俺が言える立場じゃないが、駆除は些か物騒ではないだろうか。

神倉を起き上がらせ、残っていた民家の塀にもたれかかせる。流石にいきなりの戦闘で時間差で足腰に来ていたので同じように俺も隣にしゃがみ込んでいた。


「魔獣駆除サービスよ、登録者の命を魔獣から守るための会社」

「全然知らない。登録者がなに?」

「はあ⁈ あんたなんで知らないの⁈ この辺りの街はわたしたち無しじゃ生きられないくらい魔獣に侵攻されてるのよ⁈」

「記憶喪失って言っただろ⁈ ていうかこの辺廃墟じゃん! 何がわたしたち無しじゃ、だよ!」

「うっさいわね! 今はみんな避難してるだけよ!」


 お分かりの通り案外打ち解けた2人なのであった。

 そうなると1つの疑問が生まれてくる。


「ってことは俺って登録者なのか? 守ってくれたもんな、ここは任せて先に行け! ってカッコつけて」

「カッコつけてないわよ! それにあんたが登録者かどうかなんてっ……」


 登録者かどうかなんて知らない、確実にそう言いかけた。自分の発しようとした言葉が矛盾していることに気付いたらしい。

 魔獣駆除サービスは登録者の命を守る会社。言い換えると、そうでない者は守らない、ということだ。


「……見過ごせないじゃない」

「「へ〜〜」」

「くっ……」

「良い子だね」

「ね〜?」

「っ……」


ニヤニヤしながら茶化してくる俺と七瀬に返す言葉が見つからず赤くなる神倉。超可愛い。


「神倉は能力者? なんだよな」

「そうだけど……え、能力者も知らないわけ⁈」

「……はい」

「はぁ……」


 そんなあからさまな溜息をつかないで、と内心涙目になるが、今は情報が欲しい。面倒臭がった神倉は必要最低限の情報だけを提示し、端的に話す。


「数年前の事件をきっかけに、超人的な身体機能と特殊な能力を持った人間が現れた。それが能力者」

「ざっくりだな。七瀬も能力者なのか?」

「そうだよ。死んでるけどね!」

「軽いな」


 そして俺は七瀬の能力を借りて、擬似的に能力者になっている、と。まるでファンタジーの世界だ。本当に現代日本か、と疑いたくなる。


「とんでもない世界だな」

「えぇ、もうめちゃくちゃよ」

「……」

「とりあえずこれからどうするかだけど……」


 神倉は体中ボロボロ。魔獣は討伐したものの、このままさよならするのは躊躇われる。


「ジロジロ見ないでくれる⁈」

「じーーー」

「コラ見るなっ!」

「ねぇねぇ〜、デッカい壁の向こうに綺麗でデッカい建物があるよ〜?」


 その辺を漂っていると思っていた七瀬は電柱より高く浮上し、周りを警戒してくれていたようだった。語彙力が乏しいのはご愛嬌。


「あの遠くに見えてるやつか? このボロボロの街の中でなんであそこだけ……」

「それがわたしたちの本部よ。わたしはそこに戻らなきゃ。このままじゃ任務続行は無理だし……うわ、端末無い。迎え呼べないじゃん」


無事だった腕で着ている服の随所さする神倉。端末とやらが無いことに気付く。はぁ、とまた大きくため息をつく。精神的にも参っているのは誰が見ても明らかだった。せっかく起こしてあげたのにお腹を空かせた野良猫みたいにまた横になって細いからだを丸めてしまう神倉。そしてちょっと涙目。


「なんで1人で戦ってたんだ? 会社って言うくらいだから他にも社員がいるんだろ?」

「…………」


 俺の指摘にバツが悪そうな神倉はくるんと転がって背中をこっちに向けた。間の長さから、あまり話したくないらしいがもう俺たちに取り繕う必要も、気力もないらしい。


「1人でやれるって、飛び出したのよ……」

「あー、そう。あー…………バカなんだ?」

「もうあんた殺してやる」

「七瀬ってどっか行くとこあんのか?」

「無視⁈」


 ここからあの本部まで傷だらけの少女が徒歩で行くには中々難しい距離だ。ルートは一本道で迷うことはなさそうだが、この世界では魔獣のせいで散歩すら命の危険が伴うだろう。


「私は恋についていくよ」

「そりゃ助かる。ということでお前背負って魔獣駆除サービスまで行く。はい、おんぶ」


 俺は凛の目前にしゃがんで背を向ける。即行動が最善。


「なによ、1人で歩けるわ」

「俺が魔獣ならボロボロの女の子が1人で歩いてたら、餌にしか見えねぇよ」

「……」


(図星だからって睨むなよ)


「…………し、仕方ないわね、わたしはごめんだけど? あんたがどうしてもって言うならさせてあげてもいいわ」

「魔獣さーん! ここにエサがありますよーー!!ー

「ごめんなさい、おんぶしてください」

「ふっ」

「……くたばれ」

「2人ともなにやってんのさ」


 そんなこんなでおんぶするしないだけで凛のキャラがなんとなく把握出来たのであった。で、いざおんぶしてみたところ。


「おぉっ……」


(しまった!)


「はぁ? なにがおぉっ、よ。まさかわたしが重いとか言うんじゃないでしょうね」

「……」


 解説しよう。不意に背中に押し付けられた感触に男の子としての性が芽生えてしまったため、変な声が出てしまったのである。


「違う違う。軽い軽い。さっきの魔獣より軽い」

「あんたバカにしてんの⁈ あいつら10トンは下らないわよ⁈」


 頭が回らなくなってしまったので余計な発言をしてしまった。実際に凛はとても軽かったので悪しからず。


「冗談。羽だ、こんなもん。羽より軽い」

「あんた凄い汗よ、大丈夫?」


 背中の感触だけではない。耳元で囁かれる声、吐息。記憶を失い、記憶喪失によら経験値ゼロとなった少年には少々刺激が強かった。記憶を失わずとも経験値ゼロであった可能性は否めないが。


「今俺は……戦ってるんだ」

「はぁ? 記憶も失って更にバカになったの?」

「む〜、私もおんぶして欲しい〜!」


 俺の内心の闘争を他所にいつのまにか隣まで降りてきた七瀬が頬を膨らませて怒っている。可愛らしい。七瀬を見ると心が平静を取り戻せる。


「七瀬は自分で動けるだろ? それに幽霊って人に触れられるのか?」


 言いながら七瀬に向かって手を伸ばす。出会ってから1度も物理的な接触をしていなかった。結果はというと、


「うん、そうなんだ……」


 なんの感触もなかった。ただ七瀬の体を通過していくだけだ。変化があるとすれば七瀬の表情が暗くなったことくらいだろう。


「悪い」

「ううん、いいの。わかってるから……」

「……」


 さっきまでお手本のようなツンデレを披露して空元気を放っていた凛もかける言葉が見つからないようだ。3人の間にとんでもなく重い空気が流れる。漫画であれば縦線が入っているやつ。


「ほら早く行こっ! また魔獣たちが来る前にさ!」


 七瀬はその場の空気を変えようと笑顔で言う。作り笑いなのは誰の目にも明らかで、寧ろ痛々しいほどだったが。それなのに、無力な俺には気の利いた一言も浮かばなかった。



 

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