第2話 雷鳴

 仲間が倒されたことで魔獣たちに狼狽の色が見えた。先鋒が倒され、一時的に距離をとる。魔獣たちのリーダーは何やら指示を出しているが撤退の指示であれば万々歳だ。


(人並みの知能があるのか?)


 奴らは武装している。そう、防具なんて物を装着している時点で察するべきだったが、知能が高いらしい。道理で人類が絶滅の危機に陥るわけだ、と納得する。


 結局のところ万々歳とはならず、魔獣たちが一斉に襲い掛かってきた。作戦なんてものはなく、リーダーの指示は攻撃するか逃げるかの二択程度のようだ。

 家屋を優に超える体長の生物が束になって襲ってきているのだが、力を得たことによる高揚感で敗北なんてものは頭から消えていた。これを何ハイと言うだろうか?


 方法も知らないはずなのに、全身に力を漲らせると周囲にいかずちが瞬き、どんどんその勢いを増していく。雷鳴の間隔もどんどん短くなり、大太鼓の演奏を思わせる。

 雷に怯む様子はあるものの、リーダーの命令を優先した魔獣たち、正確には10頭の牛頭の魔獣たちが、狭い住宅街の道路を並んで駆けてくる。最初より数が減っているところを見ると、赤髪は1人でも何匹かの討伐には成功したらしい。


「人並みの知能ってのは撤回だな。数の利を無駄にしてそんな風に並んでくるっていうなら──」


 右手に握った刀を逆手に持ち直し、魔獣たちに向ける。まるで照準を合わせるように。


「感情迷惑だ。まとめて消え失せろ」


 左手を添えて呼吸を整え、全身にいきわたっていた力を右腕に収束させ叫んだ。


雷神鉄槌らいじんてっつい!!!」


 雷鳴を響かせ、雷の砲が放たれた。一瞬のホワイトアウトの後、こちらに向かって駆けていた魔獣たちは消し炭に成り果て、一陣の風に運ばれていく。魔獣たちが駆けていた地面どころか周りの家屋も若干巻き込み、まるで空間ごと抉り取ったかのように一直線の円柱型の空間が生み出されていた。


「……やり過ぎた! 近所迷惑は俺じゃん! 七瀬なんだこれ、どうなってる⁈」


 一仕事、もしくは迷惑行為を終え、七瀬の方を振り返ると、俯いて何か呟いている。


「□□□□□□□□」

「?」


 爆音のせいなのか七瀬の言葉が聞こえてこない。七瀬に話しかけようとした瞬間。


「!」


 最後の一匹、さすがは群れの頭目というだけはある。砲が放たれる前に危機を察知し、群れを囮にうまく回避したようだ。このまま戦っても敗北は必至。そんなことはわかっているはずだが、叫び声をあげて正面から突っ込んできた。


(こいつに特殊な能力はない。この土壇場で正面からくるのがその証拠だ)


 そこで俺は、自分自身の考えに驚く。なぜそんな考えが浮かんだのか。明らかに戦い慣れている、と。


 人間を殺すことがあいつらの目的だ。言葉は分からなくとも、意思は伝わる。それがどんな暗い感情でも。

 生物なら勝てない戦いには挑まない。群れが滅ぼされた時点で力の差は理解した。生物が戦いを挑むのは生きるため、食料を確保するため。そのための戦いで死んでは元も子もない。

 そこから導きだせる答えは、魔獣たちには自分の命より、人間に一撃でも食らわせる方が重要だということ。


 あと10メートルの距離。七瀬の雷は武器に乗せることもできるらしい。黄色の輝きが蛇のように刀に巻きつき、バチッバチッと準備はできたとばかりに合図した。腰を低くした脇構えで間合いに魔獣が入ってくるのを待ち、そして──


昇雷一閃しょうらいいっせん


 刀を振り上げるとともに稲光が魔獣を真っ二つにし、勢いそのまま空で激しい閃光を放つ。そして一瞬の無音の後、天地が割れるのを錯覚するほどの衝撃と爆音が炸裂した。超高電圧で焼き切られた魔獣は断面が完全に炭化し、ドス黒い血をぼたぼたと地面に垂らして間もなく、左右に分かれて倒れた。



「勝ったね。れん


 笑顔で現れる七瀬。彼女の百面相には今後もずっと驚かされることになる。


「……れん?」

「どうせ自分の名前忘れちゃったんでしょ? 名前がないと不便だから私が名付けてあげたの。こりゃ親だね。ってことで吉野恋よしのれんに決定!」

「なんだそりゃ⁈ 恋は良いとして吉野はどっから来たんだよ⁈」

「顔が吉野さんっぽいなって」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて下から顔を覗き込んでくる。


「そんな適当な理由で……まぁいっか。確かに不便は不便だもんな」

「ほかの候補として本居宣長とうっかり八兵衛があるけど」

「選ばせる気ねぇだろ」


 完全に七瀬の思うままにされたが、響きは悪くない。本当の名前なんて一文字も浮かばない。


「雷電の扱い方が頭に流れこんできた」

「うん、力を貸しても使い方がわからないんじゃ意味ないからね」

「凄い力だった。七瀬って何者?」


 びくっと七瀬の肩が跳ねた。冷静になって七瀬の存在の不思議さに頭が回ってきたのだが、その様子を見るにどうやら都合が悪いらしい。


「え、えぇ〜? そんなこと気にする〜?」


(めちゃくちゃ目泳いでるな、なんか隠してるな。あっ、目が泳ぎすぎて回ってる)


 そんな様子を見せられては命の恩人に対して立つ瀬がない。ここは気を遣うべきだ。


「わかったわかった、秘密なんだな?」

「そ、そうなの、秘密なの! ミステリアスな女の子はモテるらしいから秘密を持ちたいの!」

「……」

(もっといい誤魔化し方、あると思うけど……)



 最初とは本当に別人のようにテンションの違う七瀬。なにか吹っ切れたのかもしれない。


「これからどうするの? シェルターに行くの?」


 七瀬の意見は尤もだ。これからどうしようか。


「ってシェルターと言えば!」


 シェルターの存在を教えてくれた赤髪の存在がすっかり頭から抜けていた。『慣れた手つき』で刀を納め、倒れている少女に駆け寄り、片膝をつく。派手な出血をしている割に呼吸は安定してきており、顔色も悪くない。あれだけ超人的な動きができるくらいだ、生命力も桁違いなのだろう。


「恋ってば、眠ってる女の子にえっちなことしないでよー?」

「とんでもねえこと言うな」


 俺は着ていた服の袖を雑に引きちぎり出血を止めるために傷口に当てる。これが正しい方法なのかもわからないが、闇雲にそれっぽいことをしてみる。

中々目を覚さないので心配していたのだが、ものの20分ほどで目を覚ました。


「うっ……あれ、生きてる?」

「大丈夫か?」

「あんたさっきの……って、ミノタウロスは⁈」


 ミノタウロスとは、あの魔獣の名称だろう。


「えっと……倒しちゃった」

「はぁ⁈ あんた能力者だったの⁈ って痛っっ!」


  右腕を押さえて痛みに苦悶する。右腕は力なく垂れ下がり、使い物にならなさそうだ。頭より腕の方が重傷だったのか、と自分の素人加減に辟易する。


「折れてんじゃねぇか?」

「大丈夫よ、これくらい本部に戻ればすぐ治る。それよりあんたよあんた! どうやってあいつら倒したのよ! 一般人だったんじゃないの⁈」


 びしいっと人差し指で顔面を指される。礼儀というものを教えてやらねばなるまいて。こいつに力を借りたんだ、と幽霊少女を顎で紹介する。


「あ? こいつ?」

「す、すみません! 九十九さん! 九十九姉さん!」


 凄まれた。礼儀知らずは俺の方だった。そして命知らずだった。


「能力は九十九、さんに借りたけど、戦い方は知ってたみたいだ」

「知ってた? 変な言い回しね」

「俺には記憶がないんだ。気付いたらあの家にいた」


 3人ともあの家、残骸となってしまった家だったものを見てあーあ、とこぼす。周りの民家もそれぞれ程度はあるものの似たような状況だった。これだけの騒ぎがあったにも関わらず、人の声も聞こえず、気配もないところを見るに、もうこの街には人1人いないのだろう。


「記憶喪失ね、訳ありなわけだ」

「あんたの名前を教えてくれ。俺は吉野恋……ってさっき名付けられた」

「私は九十九七瀬」


 俺に続いて自己紹介する七瀬の足元を見て、瞬時に察したらしい。


「あんたは幽霊なのね。このご時世じゃそれくらいで驚かないわ。訳ありなのは2人とも、と」


 少女の言葉から察するに、幽霊が居てもなんら不思議ではないのが今の世界のようだ。魔獣などと呼ばれる超生物が跋扈し、超人めいた力を持つ人間がいるのだから、当然といえば当然か。

 少女は俺たちに身に纏っている服の腕部を見せる。そこには「DES」と恐らく何かしらの略語が印刷されていた。


「わたしは神倉凛かみくらりん魔獣駆除まじゅうくじょサービス実働部一課じつどうぶいっか所属のよ」

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