歓迎2
入室してみた感想は、普通だな、だった。
革のソファもデスクも拘りを感じない。ネットで調べた社長室をそのまま再現しているような、そんな個性の無さ。
設立から間もないとはいえ、京子の言う魔獣より厄介な人間の仕事部屋とは思えなかった。人柄が見えないのだ。そういうものを見せない、という人柄なのかもしれないが。
良いところを挙げるなら、社長が座っている椅子の背面が全面ガラス張りで、外の景色が一望できることくらいか。聞くところによると今は春らしい。暖かな春の陽が差し込み、室内を明るくしている。
(って、ニュースキャスターか、俺は)
あれだけ期待していた七瀬も、その表情からガッカリ感を滲ませていた。滲ませんなよと言いたいが、これだけ長々と描写したということは、俺も七瀬に負けず劣らず、社長室というものに期待していたようだ。子供だなー。
「早速だが、吉野君。今年の採用は既に締め切った」
「あらま」
「……詰んでね?」
(詰んでね?)
詰んでね?
詰みすぎて思わず3つの手法で本音が漏れてしまった。
早速過ぎるだろ。お手本のように出鼻を挫いてきやがって、社風なのか、と凛にも同じような仕打ちをされたことを思い出す。
入社を促した矢先に試験があると言ったり。
(ていうか神倉も京子さんも今年の採用終わってるなんて一言も言ってなかったな……なんなんだあの人たち)
「今年のってことは、来年まで待てってことですか⁈」
「察しが悪いな。わざわざ社長室まで呼びつけたんだぞ?」
「「?」」
「結論から言おう。私は君が欲しい」
(恋人的な⁈)
「んな訳あるか」
「冗談だって」
たまに出る七瀬の粗暴な言葉遣いが俺は結構好きだ。どんどん来い。
「社長という強権を使って研修生に1人捻じ込むことくらい訳ない」
「じゃあ──」
「ただし、君が本当に使えるか試したい」
そりゃ簡単には入れてくれない。正規ルートでないなら、特別にというなら尚更だ。
能力は発動しないし記憶喪失という訳ありだ。吉野恋が使える人間かというと答え辛い。
「大企業と言っても無駄にできる金など一銭たりともない。使えない社員に給料を払う気はないんだ」
「……っ」
俺が社長でも同じ意見だ。命懸けの仕事でそんなことをしていれば他の社員に示しがつかない。自分は死ぬ気で働いているのに使えない奴にまで給料を払われていたらやってられないだろう。
で、そういう感情から軋轢が生まれ、仕事のパフォーマンスも悪くなる。そして新たな給料泥棒が生まれ、負のスパイラルとなる。
「いくつか質問させてくれ。力を見るより前に、君には確認すべきことが多い」
「はい、俺にわかることであれば」
「よろしい。一つ目だ。記憶喪失の理由は?」
「…………わかりません」
「…………」
1番キツイのを1発目にぶち込まれてかなり言い澱んでしまった。なんでも聞いてこい、くらいのテンションで言っていたのに。
クールな社長でさえ、えー、という顔をしている。俺だってえー、だよ。
「ま、まぁ記憶喪失ってそういうもんだよね?」
「そうだな。九十九君の言う通りだ。私の質問が悪かった」
(気を使われた)
「記憶喪失でも、家族がいれば素性が分かるものだが、君の場合は廃屋に1人で寝ていたらしいからね。九十九君はたまたまそれを見つけた、と」
「みんな逃げちゃって人なんて全然居ない街なのに呑気に寝てる恋を見つけちゃって。魔獣に襲われないか見守ってました」
何も教えてくれないので知らなかった。そういう経緯だったらしい。
「七瀬、お前ってやつは! なんて良いやつなんだ!」
「えへへ、もっと褒めて良いよ」
「あれ、そういえば。なんで俺が1人で寝ていたのを知ってるんです?」
「オイ、もっと褒めろや」
七瀬の小言は無視して。
「牡丹課長から報告書が上がっている」
(あの人ってちゃんと仕事するんだ)
「京子さんってちゃんと仕事するんだね」
(口に出すな! とはつっこまない。そのままでいろ。そんでそのうち痛い目見ろ)
「やはり君の素性は謎が多いな。私は気にしないが他の社員が気にする。君は間違いなく正体不明だ。この現代社会では異質なくらいにね」
自分の身分を証明するものも無ければ、証明してくれる知人もいない。何か手掛かりは、と考えを巡らせた時だった。
唐突に蘇る最初の記憶。七瀬と出会った直後の場面だ。
『……あれ、君の荷物なんじゃない? あの中に学生証くらいあるかもよ?』
(あの黒いリュック! ミノタウロスに吹き飛ばされて忘れてた!)
俺の素性を証明出来るものが割とあからさまに、それも冒頭から登場していたのだった。
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