第11話 歓迎


「なんだったんだよ。結局入館できるんじゃねぇか。方針を固めてから迎え入れてもらいたいね!」


 エレベーターに向かう道すがら、わざとらしく悪態を吐いてみせる。七瀬がクスクスと笑っているのがなんだか嬉しい。心が落ち着く。


「この会社も大企業になったからな、一枚岩じゃないんだ。誰があんたを摘み出そうとしてたかなんて、考えるだけ無駄だよ」


 キリがない、そんな風に京子は嫌味を言う。


「大企業になったって、そうなる前から知ってるみたいな言い方」

「確かに。京子さんってここ長いのか?」

「アタシは設立メンバーだから最古参だよ」

「「えぇー⁈」」


 ということはあの見た目で60代? 美魔女? とか、いやいや、もっといってるんじゃない? とか2人してヒソヒソ話していると、


「アタシはまだ20代だ。撃ち殺すぞ」

「「すんませんでした」」


 発砲された。俺たちの顔の間を抜けていった。言うまでもないが実弾。殺されてないだけで撃たれはした。

 ゆーっくりと振り返るとエレベーターの13階のボタンに直撃し、エレベーターがお釈迦になっているのを視認する。よりにもよって13とは。


(ガチだっ……!)


「魔獣駆除サービスは出来てまだ2年ほどよ。20代の課長が最古参でもおかしくない」

「「あぁ、なるほど……」」


 自然と震える声。

 古今東西、女性の年齢というのは触れてはならない話題なのだ。登録上は『樹海生まれの赤ん坊』なのに明らかな青年が銃殺されていた、とニュースになるところだった。




「これから社長さんと会うんだよね? なんで恋のこと気に入ったのかな?」

「大方、吉野とグールの戦いを見てたんでしょ。壁にも近かったし」

「あの時って大したことしてないし、むしろ落第だったような……」


 グールとの戦いは京子のヘルプが無ければ全滅の可能性が高かった。能力も発現せず、まともな戦いになっていない。


「社長には人を見る目があるからな。何かしら引っかかったんだろうよ」


 アタシも引っかかった1人、とニカっと並びの良い歯を見せる。

 京子は殺し屋としての腕を買われて社長にスカウトされた、というのは後々聞く話だ。




(それにしても1発目から社長か。まさかとは思うが──)


 ぐんぐんエレベーターが上がっていくにつれて鼓動も速くなる。目指す階に到着したことを知らせる電子音が、俺の思案を遮る。


(ヤバイ、考える間がない)


「そこの角を曲がって正面にある部屋だ。ちゃんとノックしろよ」

「俺たちだけ⁈」

「今からコイツをボロ雑巾になるまで絞るから。社長室なんか行ってる場合じゃないんだわ」

「……嘘……まだあるの」


(社長室って)


「大丈夫大丈夫、ちょっと変わってるけど人間だから」

「その適当さで酷い目に遭ったばっかりだから不安なんですけど」

「……」

「無視か」




 既にボロ雑巾のようだった凛が説教いつまで続くの? と小鳥のような弱々しい口調で尋ねていたが顔面が劇画タッチになった京子は黙って前だけを見て、果てしない絶望が続くのを痛感させていた。


(京子さんも多才だな〜)


 世界の終焉に立ち会ったかのような凛の絶望した顔は一生忘れない気がする。



「ねぇねぇ、早く行こ! 社長室!」

「お前、社長室って響きが気に入っただけだろ」

「……」

「オイ、こっち見ろ。俺の目を見て否定してみろ」


 都合が悪くなると無視する奴らばっかりだった。


 不慣れなノックを3回すると社長室から男の声で返事があった。目をキラキラさせている七瀬に急かされたので同じく不慣れな手つきで扉を開けた。


「し、失礼します……」

「たのもー!」

「アホかお前は!」


 俺たちのおふざけにはノータッチで、やあ、と声をかける男。さっきの七瀬じゃないが、社長と言うからにはそれなりの年齢で、しかも七三分けというイメージだった。しかし、いざ対面した社長は──


「めっちゃハンサムやんけ!!!」

「七瀬⁈ 口調がおかしくなってるぞ⁈」


 そう、七瀬の言う通り二枚目の役者みたいな男だった。何より若い。30代半ばくらいで七三分けではなかった。


(ていうか……なんで俺は残念がってるんだろ……)


「はじめまして。株式会社魔獣駆除サービス・代表取締役社長、鞘師誠さやしまことだ」

「はじめまして、吉野恋です」

「九十九七瀬でしゅ」


(社長が男前って分かった途端に緊張してんじゃねぇよ!)

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