第10話 命令
「近くで見るとこんなにデケぇのか」
小窓から覗く先には、収まりきらないほど大きなビルがある。魔獣駆除サービス本社ビル。窓の数が多すぎて何階建てか数えられないくらいだ。
俺が惚けている間に、藤堂が正面ゲートの入り口に備え付けられた液晶画面に端末をかざしていた。
『実働部一課所属・藤堂蛍、認証致しました。お疲れ様です』
(この人蛍って名前なのか、なんか意外)
「蛍って意外」
「言うのかよ!」
「るっせぇぞ!」
七瀬の心読める疑惑は更に深まった。
(藤堂さんは認証されたけど俺と七瀬はいいのか?)
合成音声が言い終えて間も無く、ゲートがゆっくりと開いた。ゴオンッという効果音がゲートの堅牢さ、重厚さを思い知らせる。
ゲートをくぐって一直線に向かったのは基地だった。少なくとも素人目にはそう見えた。何故なら──
「戦車⁈ 一般企業だよな……⁈ いいのかよ、法的に」
「記憶喪失の分際で意見してんじゃないわよ」
「辛辣ぅ!」
かったるそうな凛。ポニーテールの先を指に巻いて、こちらも見ずに言い放った。今のうちに調子に乗っておくがいい。そのうちここまで送り届けた礼をたっぷりさせてやろう。
「ふっふっふっ」
「恋ってば楽しんでるね」
話は戻って。そう、戦車があった。一般企業に。十数台。他にも戦闘機があったりヘリがあったり、完全に軍事基地ではないか。
(そういえばこの国の軍隊は何をしてんだろ?)
そして輸送車を降り、いざ本部に立ち入ろうとした瞬間だった。
「止まれッ!」
「動くな!」
「‼︎」
完全に気を抜いていたのでびっくりして心臓がキュッとなった。吉野恋の属性判明。びっくり系がダメ。
何かあったのかな、と辺りを見回すまでもなく、俺が囲まれていた。
「え……私ですか?」
一人称がおかしくなるくらい混乱した。だから反応するのに少し時間を弄して囲んだ側を変な空気にしてしまった。なんだこの能天気なやつは、といった様子だ。
囲んだ側、つまり魔獣駆除サービスの社員数名は拘束ではなく排除するために現れたらしい。警備担当と思われる者達に銃口を向けられていたのだ。サブマシンガンを手に、本気の警戒の目で俺を睨んでいる。
(誰かこの状況説明して?)
背後からどうしたー、と虫でもいた? くらいのテンションの牡丹が降車する。無意識に挙げていた両腕をそのままに、首だけ振り返って助けを求めた。しかし彼女も同じく状況が理解できていない様子だった。
牡丹が説明を求めると、警備員のうちの1人、リーダー格と思われる男が応える。
「この少年を壁外に捨ててこいと命令を受けました」
話しながらでも、一瞬たりとも目標、この場合は俺から照準を外さない。視線も、意識さえも。この間にも俺が妙な動きをしようものなら即座に引き金を引くつもりだからだ。
「なんだそりゃ。殺すでも拘束するでもなく摘み出す? 誰に命令された」
男は、申せません、とただ一言だけで突っぱねる。牡丹が課長で、恐らくその命令を与えたのはもっと上の人間であることは、社外の人間である俺でも察することができた。ただ、その理由が分からない。
「恋の入館申請は正規ルートで出したはずだ」
「申請は受けとりました。ただその少年は素性も目的も、何もかもが不明。当然の対応です」
「不明って、ちゃんと住所とか生年月日とか入力したろ?」
(住所⁈ 生年月日⁈)
「牡丹課長、あなたが入力した情報、全てがデタラメでした。住所を調べれば富士の樹海、年齢なんて生年月日を今日の日付にしたもんだから0歳だ」
「ぶふっ! 恋、赤ちゃん……くっ……」
「れ、恋はさっき樹海で生まれたんだよ〜?」
「牡丹さん、そりゃねぇよ。無理だよ」
「凛の時だって適当だったろ⁈ いつからそんなに厳しくなったよ」
(『凛の時』? 神倉も外から拾われてきたのか?)
凛を横顔をチラリと盗み見ると、それは言うなよとほのかな苛立ちを滲ませていた。あまり話したくないことらしい。少なくとも俺たちにはまだ。
「半年前の事件からです。あなたも忘れたわけではないでしょう」
あー……と思い当たる事象が浮かび、この状況を打開する策を練る京子。唸る、唸る、唸る。
1分経過、浮かばず。俺の腕が疲れただけだった。
「ま、まぁ今回は特別ってことでさ。こいつが真人間なのは間違いないぜ?」
「繰り返しますが命令です。覆ることはありません」
キッパリと言い切られる。立場的には上であろう京子も男の言葉にこれ以上の反論が出来ないでいる。組織の人間である以上上からの命令は守らなければならない。
入館もできないとは入社試験以前の問題だ。まさかこんな形で頓挫するとは。
「あーあ……」
これ以上京子を困らせるわけにはいかない。凛は送り届けられたのだから、当初の目的は達した(礼はまだだぞ)。まして命を奪われる訳でもないのだから言う通りにするのが最善かもしれない。
フリーランスで魔獣退治でもするかな、と漠然とこれからのことを考えていた矢先、牡丹と言葉を交わしていた警備員の端末に通信が入る。
「はい、こちら柳川。はっ、しゃ、社長⁈」
「このタイミングで通信。これはこれは」
「?」
ニヤリと楽しそうに笑う京子。この状況になにやら思うところがある模様。チラリと天井からぶら下がっている監視カメラを見やり、何かを確信した。
「お前は運がいいな」
「ちょっ、なんですか、もう」
頭をわしゃわしゃされた。雑ではあるが、美人に頭を撫でられるのは悪くない。口では抵抗したがニヤニヤしてしまった。
「ニヤけてるよ。凛ちゃん、あーゆー男どう思う?」
「はっ、駄犬が。一生やってなさいよ」
いいぞもっと言ってやれ、とはしゃいでいる七瀬と褒められて(?)ドヤ顔の凛。もう仲良しだ。俺にも同年代で同性の人がいればな、なんて羨ましく思ってしまう。
俺たちに背中を向けて(サブマシンガンも下ろして)通信越しでヘコヘコしていた警備員が戻ってきた。気まずそうに口を開く。
「えっと……牡丹課長、その少年を社長室に連れてくるように、とのことです」
「ハッハッ! 君も苦労するね〜柳川君!」
(かわいそうに)
「恋、どうやらお前は気に入られたらしい」
「社長に?」
「そうそう」
これから苦労するぞー、と悪戯な笑みを浮かべた。
この時俺は、なんとしてでも壁外に出るべきだった。
これから俺は、地獄を見ていく。
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