第9話 説明

 京子の端末に通信が入った。その小さい画面にメガネを掛けた男の顔が映る。真面目そう。


「こちら牡丹。どうした夜月よづき、仕事はいいのか?」

『正にこれからってところ。こっちにも神倉が見つかったって連絡が来たから』

「あぁ、今さっき拾ったところだ。お前だけに仕事を押しつけて悪かったな」


 そういえば、と藤堂のセリフを思い出す。仕事を碌にしてないとか言っていた。察するに一課に回る仕事を、電話口の男は全て1人でこなしていたのだ。


『くたくただよ、帰ったら少し休ませて欲しい』

「特別休暇の申請をしておくよ」

『それはありがたい』


 溜まってたドラマの録画があるんだ、と嬉々とした声で話す夜月。彼も凛の無事に安堵しているようだった。


『あ、それと。人事部からの通知はもう見た?』

「通知? ……待て、って言ったか⁈」

「?」


 内情に疎い俺と七瀬が揃って首を傾げていると、慌てて端末を操作し始める京子。端末がない凛も横から顔を覗かせ、文章を読むにつれて揃って青ざめていく。


『監督不行届で課長は夏のボーナス全カット、神倉は研修に逆戻り。ご愁傷様。じゃ、これからラミアの駆除に向かうから』


 そう言い残して一方的に通信が切られた。ダラダラと冷や汗をかきながらフリーズしている2人。古いパソコンのように情報の読み込みに時間が掛かっているらしい。


「「えぇーー!!」」


 突然の絶叫でビクンッと覚醒する藤堂。隣にしゃがみ込んで触れもしないのに彼をツンツンしていた七瀬は慌てて俺の隣に戻ってきた。怖いもの知らずめ。

 漸く事態が飲み込めた、いや読み込めた2人は会社からのペナルティに打ちひしがれている。その辺にいたらゾンビと間違えられてヘッドショットを喰らいそうだ。


「まだ車のローンが残ってるのに……」

「あの地獄の研修が……」

「地獄って言った? 俺今から地獄に向かうの?」


 声の主は一課副課長・日傘夜月ひがさ よづき。誰が言ってんだと思われることを重々承知で凄い名前だと思う。日傘なのに夜って、月って、めちゃくちゃな、と。後で会った時に紹介する、とめちゃくちゃ小さい声で京子に言われた。三回聞き返した。


 ラミアというのは下半身が蛇になっている美しい女性の魔獣だ。若い男性を狙い、血と精を吸い尽くす。戦闘力はさほど高くないものの、その美しさから被害が後を絶たない。


 これから俺たちは、藤堂が京子を助けるために大慌てで乗り捨てたであろう大型の輸送車に乗り込み、本部を目指す。

 人を迎えに行くだけで輸送車がいるのかと思ったが、いついかなる時も魔獣に備えられるように、とのこと。


「1つでも武器を持ってれば戦えそうだけど」

「1種類じゃ対処出来ない場合があるでしょ。実際その輸送車で来たおかげで、アイツはゴーレムに合わせた武器を持って戦えた」


『打撃シリーズ・血涙』。その出所がこの輸送車、厳密にはその荷台に積まれた魔獣駆除サービスの技術力の結晶だった。

 輸送車の荷台を開けると、真正面に漆黒の箱が鎮座していた。藤堂の背丈(185センチ)と同じくらい大きい。

 

「なんだ、このゴツいの」

「MONOLITH《モノリス》。魔獣駆除サービスの三大発明の1つよ」

「三大発明って……お前今考えたろ。そんなもん初めて聞いたぞ」

「…………」


 京子の鋭いツッコミを無言という力技でやりすごすも、3つどころじゃない、技術部が怒ってくるぞ、と三大に付け足された。

 技術の粋を結集してとかなんとか言っていたので1つ目は恐らく城壁だと思われる。ただこの漆黒の箱、モノリスという名前が如何にもな外観の四角柱がどのようにメイスを排出しているのか、点で見当がつかない。 


「これには武器を製造する機能がある。この中に格納してるんじゃなく、注文の度に作り上げ、アタシたちに届ける」

「届けるって言葉の割には雑な配達法だったような……」

「対能力者なんて雑なくらいが丁度いい。どうせ超人的な身体能力でなんとでもなるんだからな」


 その解説すら雑な気がしたが、実際射出されたメイスをノールックで受け取っていた藤堂を思い出すと、問題の無さは否定出来なかった。

 今も微かなモーター音を唸らせてスタンバイ状態のようだ。


「その場で作り出すって、一体どうやって?」

「特殊な形状記憶金属に電気刺激を与えて、登録してある武器の形に固定するとかなんとか。技術部長が解説してたが難し過ぎて忘れた」

「技術部の部長さんってどんな人なの? モノリスとか壁とか作ったり、凄い人だよね。部長さんだから丸々太ったおじさん?」


(丸々太ったは余計だろ。……俺も同意見だけど)


「いや? 女だし、お前らより年下」

「えぇ⁈ って自分の歳知らねぇけど」

「じゃあ10代前半くらいってことだね」


(七瀬って10代なんだ)


 世の中には凄い人間がいるもんだと感心していると、輸送車のエンジンが鳴いた。


「行くぞ。さっさと乗れよ」

「恋と七瀬も一緒に来い。入社試験を受けるにも手続きがいる」

「「はーい」」



 両サイドの椅子に分かれて座る。モノリスがある以外物が少なく、意外とスッキリしている。火薬の臭いも血の匂いせず、仕事内容とは反対に清潔だ。

 凛が輸送車内の壁に生えた液晶画面を操作し、救急キッドを取り出した。片付いている理由はこれだ。全て収納されているのだ。

 慣れた手つきで謎の刺繍が入った包帯を負傷した右腕に巻いていく。応急処置が手慣れているということはそれだけケガをする頻度が多いことを意味していた。自分でせざるを得ない状況が多いことも。


 輸送車が市街地の四車線もある大通りを抜けていく。全ての車がこの輸送車に道を譲るために横に避けていき、まるで緊急車両のようだった。


「急いでんのか?」

「この街は弊社があるからこそ成り立ってる。ただの移動1つとってもわたしたちが優先。当たり前よね」

「ただの移動なら別に避けなくても良い気がするけど」


 壁に近かったところは下町の雰囲気があったが、本部に近づくにつれて大きなビルが立ち並ぶ正に市街地と呼べる街並みになっていた。このご時世でも娯楽施設やジュエリーショップ、アパレルショップがある。


「人類滅亡とかとんでもないワードが出てたから、もっと終末感があるのかと思ってたけど……」


 オフィス街では取引先にでも行くのか大荷物を持ったサラリーマンや、昼食に出かけるOLの集団が見られる。下町同様、終末世界を感じさせない『普通』の光景だ。


「この辺りも1年前は焼け野原だった。軍が魔獣諸共、絨毯爆撃を仕掛けたからな」


 確かにどの建物も真新しく、ここ最近建てられた物だということがわかる。まるで戦時中みたいだったよ、と彼女は回想した。それを聞いた俺は、諸共とは建物だけだろうな、と想像の軍に睨みを利かせる。


「弊社が設立されてから被害が抑えられるようになったが、そのせいで普段の生活に戻らなきゃいけなくなった。まだ早いってのに」

「……どういうこと?」

「早いとこ全人類が総力を挙げて魔獣に対処し、『解決』まで持ち込まない限り人類は終わりなんだ。生活と魔獣のどっち付かずの状態では共倒れする。今でも人口と世界経済はじわじわと悪化の一途を辿ってるからな」


 自然と言葉に気持ちが乗ってくる京子。能天気な七瀬も真剣に耳を傾け、牡丹先生の講義の続きを待っている。


「魔獣はわかるけど、経済が悪化したらどうなるの? 世界史だったからわかんない」


(お、また七瀬の情報ゲット。でも世界史ってのがいつ習うもんなのか……中学? 高校?)


「失業者が街に溢れて犯罪率、自殺率の増加、人口減少による税収減で自治体、ひいては国家の破綻。それが世界規模で起きる」

「魔獣の弊害、か……」

「経済の方は元々最悪だった。そこに魔獣なんていうイレギュラーが発生して拍車をかけた」


 つまり魔獣という問題を解決しても経済もなんとかしなければ人類は衰退、ひいては滅亡する。


「こっちから攻めることができればいいんだが……」

「相手は異世界から来てるんだもんな」

「技術部長さんがどこでも行けるドア的な物を発明してくれたらいいのに!」

「なんだろ、記憶にはないのに具体的な何かが浮かんでる気がする……」


 車内での15分ほどの会話で、彼女らが金儲け度外視で世界のために働いていることが知れた。一緒に働きたいと思うのには十分だった。


「まぁ頑張ってくれよ、大型新人」

「俺が頑張るのかよ。それに大型新人なんて大層なもんじゃ──」

「全員が自分がやってやるっていう気合いでいくんだよ」

「意外と良いこと言うな」

「意外〜? うりうり」

「あ〜、早速俺まで技の餌食に……」



 半時前──

 城壁屋上──


「遠くで雷撃が見えたからもしやと思ったら」


 恋と同い年くらいの謎の少年が1人。世界最高峰の技術力のセンサーを能力無しで掻い潜り、七瀬と恋を見ていた。


「……まさか、僕が拾った名も無き少年にと名付けるとはね。それに雷電の力を……。その力を使えばどうなるか、分からない君じゃないだろうに。バカは死んでも治らないとはよく言ったもんだ、幽霊になっても変わらないな」


 辛辣な言葉とは反対に優しい声音。しかし古い友人との再会に嬉々としたものだった表情が真剣味を帯びた厳しいものに変わる。


「『吉野恋』。それは──」


 少年は語る。名の真実、その一端を。


だ」

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