第7話 襲来


「訳わかんねぇ。異世界って……」

「講義はここまでだ、アタシは仕事をする。凛は待機してろ」


 賑やかだった商店街は魔獣の出現にどよめき、壁外同様の殺伐とした空気となる。魔獣の来訪に言葉を失う者、泣き叫ぶ子供を抱えて必死の形相で走る母親。俺はそこで初めて民間人と魔獣の接触を見た。


「……知ってる」


 無意識のうちに戦わなきゃ、と呟いていた。刀を抜きながら一歩前へ踏み出した俺を、柄を押し戻して行手を阻む京子。


「恋、ここは魔獣駆除サービスに任せとけ。大丈夫だ」

「…………」


 まるで俺の心情も素性も全てを察したような穏やかな笑みで制す。安心感か、強張った顔から緊張がほぐれていく。

 悠長なやりとりをしている間に虚空の穴から数匹の魔獣がゆっくりと顔を出していた。課長さんが大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。お手並み拝見、と俺は凛を守る形で一応の臨戦態勢で遠巻きに眺める。


「いらっしゃいませー」


 4名様ですかー? とふざけた演技で魔獣を迎える和服美人。彼女の言う通り4匹の魔獣がこの世界にした。ツカツカとブーツの踵を鳴らして『お客様』の正面に歩いて行く。この非常事態に歩いて、だ。どこに来店した客を待たせてダラダラ歩くウェイトレスがいるんだ、とつっこんでやりたい。

 そうこうしているうちに魔獣駆除サービスの社員と思われる者たちが現れ、魔獣には目もくれずにバリケードの設置作業を始めた。慣れた様子で避難指示を行い、瞬く間に現場は魔獣と社員のみ。俺たちもバリケードの外に追いやられる。


「仕事が早いな、八坂!」

「あんたが遅いんだ! さっさと駆除してくれ!」


 作業の指揮を執っていた中年男性に京子が呼びかけるが男はバリケードを背に一切動かず、ただ登録者が侵入してこないかだけに気を配っていた。他の作業員も同じだ。まるでライブの警備員みたいに。


「ゴーレム2体とホブゴブリン、あとは初見のゴツい犬か。初見殺しじゃなきゃいいが、相変わらず訳のわからん編成だな」


 ゴーレムは体長8メートル程度でミノタウロスよりは小ぶりだが人間を大きく上回る。ホブゴブリンも似たような体格をしており、手には棍棒を持ち、悪臭漂う涎を垂らしている。京子が無名と言い捨てたゴツい犬は言われてみれば犬かな、というくらい異形化した四足歩行の化物で、妙に発達した爪が目立っていた。

 見るからにスピード自慢の狂犬がコンビニの屋根を強く蹴って真正面の『獲物』に飛びついた。


「てめぇは捕獲する」


 そう言った京子は言葉とは裏腹に、驚異の早撃ちで狂犬の胸に風穴を開けた。いきなりのトップスピードにも関わらず、寸分の狂いもなく胸の中心を撃ち抜く。銃声と同時に聞こえた断末魔が犬のそれだったので京子の見立てもあながち間違いではないらしい。

 仲間の死を悼む間も無くゴーレムがアンバランスにデカい剛腕を大和撫子へと伸ばす。見えている筈なのに避ける素振りを見せない。


「遅いぞ、藤堂とうどう


 岩石の塊が京子の顔に届くすんでのところでピタリと動きを止めた。


「俺が少しでも遅れてたらどうするつもりだったんだ」

「ハッ、愚問だね」

「いや愚問じゃねぇよ」


 ゴーレムの右腕は飛んできた特大の手裏剣で切断されていたようだ。ズンッと重さを物語る効果音とともに石腕がゴーレムの体から滑り落ちる。

 地面に突き刺さった凶器の対角線上に藤堂と呼ばれた男が立っていた。京子とはまた違った好戦的な笑みを浮かべた銀髪の偉丈夫。服装からして魔獣駆除サービスの社員で間違いない。


 不意打ちを食らってあからさまに狼狽する魔獣たち。状況の不利を認識したらしく、こうなれば1人でも多く地獄へ道連れだ、と言わんばかりだ。策もなく、バラバラで人間たちを襲おうとバリケードを越えようとする。


「させないよ」


 1番近くにいた俺たちに向かって走り出したホブゴブリンの右足を打ち抜き這いつくばらせる。いちいち発砲音がデカくてビクッとしてしまうが、重機関銃の掃射に比べればまだマシだ。彼女の右手に握られた真っ黒い拳銃。小型ながら見事魔獣の強靭な筋肉を貫き、膝をつかせる威力を持ち合わせているらしい。


「アタシはゴブリンをやる。後はお前がやんな」

「……わかったよ。『打撃シリーズ・血涙ちなみだ』」


 悪態を吐いたもののすぐに端末を顔に近づけ、ボソッと『コード』を呟き行動に移る。送信されたコードを受け取ったとある機器が藤堂に向けて注文された品を届ける。詳細に言うと投擲する。


「ここ数日戦闘以外の仕事ばっかでな、ストレス溜まってたんだ。良いサンドバッグが来てくれてありがてぇよ」


 アスファルトに突き刺ささった品を引っこ抜き、強く地面を蹴ってゴーレムに飛び込む。彼が注文したのはメイス。なるほど、ゴーレムのような強固な外殻を持つ魔獣には刀剣より打撃武器が有効というわけだ。


 右腕を失い、仲間より一歩遅れた隻腕のゴーレムを初めに狙うらしい。まだ事態を飲み込めていない丸腰のゴーレムとの間合いを一気に詰め、頭を下から薙ぎ払い吹き飛ばした。戦車砲の一撃を思わせる威力と音圧で、一撃で沈黙するゴーレム。ズンっと、後ろに倒れ込み動かなくなった。


「次ィ!」


 間髪入れずに二体目のゴーレムへ。仲間が倒される所を間近で見たおかげか二体目のゴーレムはしっかりと臨戦態勢だ。飛び込んできた藤堂の着地に合わせて一歩身を引いてメイスを躱し、瞬時に攻勢に出る。ガタイの割には小回りのきく動きができるらしい。

 藤堂の攻撃で地面が捲れ上がり土煙が上がる。期せずして視界を奪われた藤堂の死角からゴーレムの横薙ぎが迫る。小回りもきくが腕の振るスピードはプロ野球選手のスイングより遥か上か。


「甘ぇ」


 藤堂の狙いは武器破壊、この場合はゴーレムの腕だ。横薙ぎしたつもりがそれを上回るスピードで逆に腕を砕かれ、衝撃で仰け反った。完全な無防備なところに渾身の一撃を叩き込もうと振りかぶると、命の危険を察知したゴーレムが残った腕で防御の姿勢をとる。しかし──


「ゴーレムってのは柔らかいな」


 防御虚しく、腕はもちろん頭部どころか胴の半分まで砕かれてしまった。一撃一撃が必殺だ。戦車砲という例えはぴったりかもしれない。


「危ない!」


 倒したと思っていた一体目のゴーレムが再生し、リベンジとばかりに藤堂の頭を鷲掴みにしようとしたのだ。


「呪符のタイプか」


 だがそのゴーレムも満身創痍。伸ばした手も力無い。凶刃ならぬ凶腕を紙一重で躱し、手刀でゴーレムの胸を貫いた。


「……武器いらねぇだろ」

「戦いが好きなだけよ、あいつは」


 岩から引っこ抜いた手にはふだが握られていた。おさつではない。


「神倉、あれはなんだ」

「タイプにもよるけどゴーレムには心臓部とも呼べるふだが内蔵されてるの。札がある限り再生し続けるけど、札が破られれば一瞬で崩壊する」


 神倉の解説通り、藤堂が札を破いた途端、あれほど頑強だったゴーレムが人の形を失ってただの岩となった。


「でも二体目は?」

「よく見なさいよ。メイスの一撃で札が破れてる」

「ホントだ」


 確かに二体目は頭蓋どころか胸まで砕かれ、その心臓部である札を露出、破られていた。たちまち一体目同様ただの岩になった。

 ゴーレムを圧倒した張本人は消化不良と言わんばかりに気怠げなため息を吐き、課長の戦果に目を向ける。


 ゴーレムとの戦いの最中でも届いていた銃声のせいか、ホブゴブリンは五体をバラバラにされ、全く限界を留めていなかった。そのダメージのデカさからただの拳銃によるものとは思えない。恐らくは京子の能力だろう。

 彼女が生け捕りにすると言っていた犬はというと──


「寝てる」

「寝てるね」


 胴体には通常の弾痕があり、血を流しながら穏やかな顔で眠りについていた。寝息まで通常通り。


「駆除完了。未確認の魔獣を一体捕獲した。トレーラーの用意と技術部に連絡を」

『承りました。すぐにご用意致します』


 京子はスッと仕事人の顔に戻り、端末を介して事務報告を完了させる。

 魔獣出現から駆除完了まで5分足らず。これが魔獣駆除サービスの仕事で、もうすぐ俺の仕事になる。


「試験受かったらだけどね」

「……七瀬って俺の心読めるの?」

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