第6話 判明

 街の中は有り体に言うと賑わっていた。外の世界の殺風景なものとは違い、活気がある。壁一枚隔てた向こう側では魔獣の脅威がひしめいているというのに、それを全く感じさせない。


「これは……一体」

「なんで驚いてんだ? カルカッソンヌだよ、有名だろ?」

「吉野は記憶喪失ってやつでさ、常識通じないのよね」

「言い方。まぁでも、この世界の常識は俺にはさっぱりで。魔獣や能力者のこととか特に」


 単に記憶喪失というだけでも大問題なのに世界の方が変質していれば一般人との知識の乖離はかなりデカい。異世界に迷い込んだようなものだ。


「だったらこの街のことも話してやらないとな。研修ではその辺、知ってる前提で進めるだろうから」

「はぁ……」

「カルカッソンヌって名前は製作者の趣味さ。城郭都市と云えば、ってな」


 人類滅亡に立ち向かう組織のくせに適当な、と内心ツッコむ。カルカッソンヌって何語だろう、とか外国に本物があるんだろうな、とか色々浮かんできたが今は置いておいて。


「2人とも、あれ見えるか?」


 そう言って京子が指を差す先にはこの街で1番高いビルが建っていた。2番目に高いビルの倍は高いようだが、ここからかなりの距離があるらしく、若干霞んで見える。


「あれが魔獣駆除サービスの本社ビルなんだが、あれを中心に半径約30キロの地点をぐるっと一周この壁が覆ってる」

「ぐるっと一周⁉︎ えーっと、半径が30キロだから……円周は……」

「円周はだいたい200キロってことだね。ふっ」


 小学生でも分かる計算にてこずっているとすかさず七瀬がドヤ顔と共にフォローを入れてくれる。ありがたいがドヤ顔が本当に腹の立つ顔で危うく女性に手をあげるところだった。

 それにしてもあの技術力と堅牢さ、なにより高さを兼ね備えた物をそれだけ揃えるのは手間、時間、資金どれを取っても莫大な筈だ。一企業が用意出来るとは思えない。


「なんちゅう大企業だよ……」

「いやいや大赤字だよ。だから一枚しか壁を作れなかった。ホントなら魔獣の特性上、壁は何枚も設置すべきなんだ」

「魔獣の特性?」

「ま、その話は置いといてな、今はこの街だ」


 アタシが話すと脱線するな、と頬を掻く京子。お預けを食らってしまった。魔獣のことも気になるが京子が言う通り今は街の話だ。自分から聞いたのだから言われるがままにしよう。


「凛、やっぱりお前が説明しろ。アタシは迎えを呼ぶから」

「えー……痛い! わ、分かった分かった!」


 一瞬ごねたものの、ほっぺたを両サイドから引っ張られて嫌々説明を始める凛。京子は俺たちに背を向けて端末に向かって何やら話し始めた。恐らくあれで迎えを呼んでいるのだろう。端末の便利さに驚くと同時にそれを紛失した凛のアホさ加減に恐れ入る。


「そもそもの話、魔獣駆除サービスは登録者の会員費で利益を得てるの。そして登録者にはランク付けがされてる」

「ランク付け?」

「A.B.Cみたいな?」


 七瀬の例えに首肯する凛。人間をランク付けするのかと若干の不快感を覚えながらも黙って話の続きを待つ。


「SからEのランクがあって、D以下の登録者は壁の外に、C以上はカルカッソンヌに住むことが出来る」

「人間を選別……。そのランク付けも、会員費を多く払ってる奴が高ランクなんだろ」

「その通りよ」


 極端なことを言えば金持ちは生き残り、貧乏人は魔獣の餌になるというわけだ。俺が今から入ろうとしている会社は社員どころか民間人に対してもブラック企業らしい。


「わたしは言ったわね。魔獣駆除サービスは登録者の命を守るための会社だ、って」

「……あぁ」

「登録者には予め緊急通信用の端末を支給してるの。魔獣の出現に遭遇した登録者が救難要請を発信、それを受けたわたしたちが派遣されて魔獣を駆除する」


 脳内で一連の流れをイメージしてみる。自分が登録者だったら、という仮定だ。魔獣はミノタウロスにしよう。家で読書でもしている時にミノタウロスが現れたなら──


「……間に合わなくね?」

「私も同じこと思った」


 部外者2人の問いに当然の回答だな、と戻ってきた京子が言う。迎えが来るまでまだ時間があるらしく、話の続きを促す。

 凛はこれも登録者全員に支給してるものなんだけれど、と前置きをしてから、


「魔獣駆除サービスの技術の粋を結集して製造したカプセル、これに一時的に避難する。わたしたちが救援に向かうまでね」

「カプセル? そんなもんで魔獣から身を守れるってか?」

「ミノタウロスくらいの攻撃なら傷1つ付かない逸品よ」


 ミノタウロス。家屋を優に薙ぎ倒し地形を変えていたミノタウロスの攻撃がその程度の扱いか、と魔獣駆除サービスの技術力に舌を巻く。


「そのカプセルがあるおかげ弊社は会員を獲得できてるってわけ。会員になって救援要請をしても、間に合わないんじゃ金の無駄だもん」

「一体いくら会費取ってるんだか。壁の中のランク付けの意味は?」

「普通に考えると本部に近いと高くなる、だよね?」


 九十九の言う通り、と平坦な口調で返す凛。


「Sランクになると本部内のマンションに住むことが出来る。そりゃ本部内なら1番守ってもらいやすいからね」

「金が全てって感じだな。神倉は納得してんのかよ」

「納得も何も無いわ。こうでもしなきゃ組織が成り立たないの。この状況を変えたいなら社長に直談判するか──」


 冷ややかな声音で凛は直談判に次ぐアイデアを提案する。


「あんたが魔獣を滅ぼしなさい」

「……」


 4人の沈黙が、そのアイデアの難しさを物語っていた。その直後、突如正面のコンビニの屋上で空間が捻れるのを視界に捉える。金属を曲げるような不快な効果音もセットだ。


「神倉、ありゃなんだ⁈」

「! なんてこと。見てなさい、魔獣が出てくるわ」

「魔獣がここに⁈」


 壁内に登場とは久々ね、と鬱陶しそうに舌打ちをする凛。

 その間にも捻れとそれに伴う不快な音がどんどん激しくなり、遂には小さなブラックホールのようにうつろな穴が穿たれた。凛の言う通り、間も無くその穴から魔獣が顔を覗かせる。レンガを人型に組み立てたような魔獣だ。


「あの魔獣、瞬間移動ができるのか?」


 俺の素人考えを真っ向から否定し、答え合わせと解説を加える一課課長。


「あれは『ゴーレム』固有の能力じゃなく、全ての魔獣がああして出現するのさ。アタシが言いかけた特性、それは──」


 そもそも魔獣はどこから来たのか。どうやって来たのか。何故現実の世界にファンタジー世界のような魔獣がいるのか。

 遂にゴーレムは穴から全身を露わにしコンビニの屋上で虚無の雄叫びをあげる。それをBGMに京子は魔獣最大の謎を語った。


「全ての魔獣は空間に穴を開けてから侵攻してくる。そしてその出現予測地点は、だ」

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