第5話 反省
「あの人が上司?」
「そうよ。……めちゃくちゃ怒ってるだろうな……」
「笑ってるよ?」
魔獣を阻むための壁らしいのでかなり高いが、その上に立つ人間の表情まで見えるなんて一体どんな視力をしているのだろう。幽霊特有のものか七瀬固有のものか。
「笑ってるですって?」
一層やばいじゃない、と肩を落とす神倉。そんなこの世の終わりみたいな顔をするなら1人で飛び出すなよ、と一考していると一課課長が壁から飛び降りた。
「「えぇっ⁈」」
突然の出来事に俺と七瀬は声を出して驚く。が、神倉はそちらには反応せず口を開けて遠くを見つめている。名画『叫び』を思わせる表情だ。
神倉の無反応から予想できたが投身自殺を決行したわけではない。懐から取り出した掌くらいの黒い装置が一瞬で組み上がり、小さなヘリの様相を顕にした。プロペラに直接掴まっている形になる。
「あー、そういうこと」
「びっくりした」
降りてくるにつれ、遠くて豆粒のようだった女性の輪郭がはっきりしてきて、その人が派手な着物を着た美女だと判明した。
現れる女性が悉く美人で内心歓喜の涙を流したほどだが、俺の精神力は常人を遥かに超えているので決して顔には出さないのだ。
「恋、何ニヤけてんの。気持ち悪……」
「に、ニヤけてねぇよ!!!!」
「うわ、その必死な感じ……」
七瀬が辛辣な面を垣間見せる事があるが、俺は寧ろ好意的に見ていた。面白くて一緒にいて飽きないな、と。
課長とやらがある程度の高さまで降下し、プロペラを納めて華麗に着地した。着物を着ていると前述したが、その上に神倉と揃いの制服を着ている。厳密にいうと肩に掛けている。艶の良いショートカットの黒髪で2人とは違った綺麗系だ。
「無事かい、少年」
「はい、おかげさまで」
「そっちの子も……いや、幽霊に無事もないな」
「ですね。でも、助かりました」
一瞬で七瀬の正体を見破る洞察力、課長というだけはある。そして神倉同様、幽霊であることに驚く素振りはない。
「で? そこで息を殺してるクソガキは〜?」
「ひっ……ぶ、無事でっ、ぐえっ」
上司に睨めつけられ怯える神倉は、言い切る前に顔面を鷲掴みにされた。俗に言うアイアン・クローだ。
「あだっ、痛い痛い痛い痛い!!」
「てめぇ何勝手なことしてんだ、あん? 言ったよな、1人で行動すんなって」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! 割れる!」
悪魔的な笑みを浮かべてジリジリと神倉を責める京子さん。カッコ良かった神倉がどんどんキャラ崩壊していって憐憫の情が湧いたものの、そこから続いた京子さんのプロレス技が見事で見入ってしまう。
傍目には2人が戯れあっているように見えるが、神倉が白目を剥き泡を吹いていたので少し肝を冷やした。
「おっと、自己紹介を忘れてたよ。アタシは牡丹京子、実働部一課の課長を任されてるもんだ。よろしくな」
「吉野恋です」
「九十九七瀬です」
突き出された手を握り返すとニカっと快活な笑顔を返す課長殿。俺より若干背が高い。モデルみたいだ。
「君ら登録者じゃないみたいだけど、家に送るくらいはさせてくれよ。本来なら料金を頂くところだがサービスだ」
このバカを送り届けてくれた礼な、とバカの首根っこをガッチリホールドしたままの牡丹が言う。装着している腕時計を見ながらだったので例の『端末』なのかもしれない。
やっぱり登録者じゃなかった、と予想が的中したことを確認する。登録者であれば何かしら自分の情報が得られるのではと期待していたのだ。
「この2人、入社希望よ。ミノタウロスの群れを倒した実績がある」
「へぇ〜、やるじゃないか。その割にはグールに手こずってたが?」
褒めた後に痛いところを突いてくる課長さん。しかし実際のところグール戦の俺の調子の悪さは異常だった。ミノタウロス戦で飛ばしすぎたきらいもあるが、それにしてもだ。入社を希望したものの不安がある。
「強かったのは最初だけだったみたいで……」
「なるほどな。まぁいいさ、研修でなんとでもなる。その前に入社試験だが」
とりあえず中に入ろう、と壁のモニタに向けて腕時計をかざす。
「あれが言ってた端末ね。壊したり無くしたりすると総務部と技術部に怒鳴り散らかされるのよ」
「……無くしてなかった?」
「……今から怒鳴り散らかされに行くのよ」
「嗚呼」
送り届けない方が良かったのではないかと思えるほどテンションが低い。俺と神倉が話している間に京子さんが壁の文字盤を操作し終え、アナウンスが流れ始める。
『実働部一課課長・牡丹京子。認証しました。お疲れ様です』
(疑ってた訳じゃないけどホントに課長なのか)
記憶を失った俺のイメージなど全く当てにならないが、課長というとおじさんが浮かんでいた。対して現れた京子は若くて綺麗なお姉さんだ。
それに実働部の課長ということは魔獣と戦い、そして神倉より実力は遥かに上ということになる。人を見た目で判断するもんじゃないな、とまた新たな教訓を得るのだった。
認証完了のアナウンスが終わると傷1つ無い壁に切れ目が出来、扉に組み変わる。記憶が無いので技術力の凄さが分からない。
「なぁ七瀬、これ普通か?」
「めちゃくちゃ凄いよ。こんなの見たことない」
「マジか」
「うちの技術部には天才がいるのさ」
まだ入社試験も受けていない部外者なので一応それ以上の情報は与えない。理性的だ。
「早く入りな。また魔獣が襲ってくるとも限らないよ」
「お邪魔します」
さっきまで居たのが瓦礫の街だったからだろうか。扉をくぐった先に広がる光景に言葉を失った。俺たちは本部に向かっていたのだから、てっきり壁の中は魔獣と戦うための兵器や社員が働く基地があるのだろう、と。
だが実際はどうだ。溢れる活気。賑やかな笑い声。じゃれ合う子供たち。なにより綺麗な建物が乱立している。もちろん基地ではなく商業ビルやオフィスビル、そしてコンビニ。
「……街だ」」
「そう、壁の中は街になってるの。ようこそわたしたちの本部、『
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