第11話
黙ったままのあたしのことを、あの子はどう思っているんだろう。目の前にいるのに、少しも伝わってこなかった。穏やかな笑顔のまま、ひとりでぺらぺら喋る。
「昔の東京アラートはね、役目と呼べないような役目を与えられて、ただただ都庁が赤く光っていただけだったそうだよ。ああ、あと、今はなきレインボーブリッジが。見たことあるかい、レインボーブリッジ」
あたしは無言で首を横に振った。あたしが生まれた頃には、もうそんな橋は存在していなかったはずだ。
「そうだよね。ぼくもね、データでしか見たことはないよ。今度是非見てみるといいよ、君も。実にノスタルジックだよ」
「……で? ア・ラ・モード、だっけ? 今の東京アラートが機能していることを知って、それで、なんだっていうの?」
あたしはレインボーブリッジの話をぶった斬った。たぶん、そんなに重要じゃないんだろうと思ったから。
「知ってなんだっていうか? そうだな……、とりあえず、きっともうしばらくはこの東京という街が存在していくんだろうな、と思った、というところかな」
「……全然、わかんない。今は、まだ」
「君は素敵なひとだね。わからない、と言いながらも、わかろうとしてくれてるんだね」
静かで、キレイな声だった。ずっと聴いていたいと思うほどに。あたしに向かって微笑んでから、あの子は、ぐるりと周囲を見回した。
「ああ、ずいぶん、すっきりしたなあ」
渋谷公会堂の跡地に集まっていた人々は、もうまばらだった。ひとり、またひとり、と去ってゆくのを、あたしはもちろん感じていたけど、特に気にするようなそぶりを見せないでいたのだ。ここを去る、ということは、もう死のうとは考えていないということだろうから。
「あたしと一緒に、都庁に行こう。大丈夫、簡単な調書を取るだけで終わるから。何の罪にも問われないし、朝にはうちへ帰れる……」
から安心して、と続けられるはずだったあたしの言葉は、遮られた。あはははははははは、という、あの子の大きな大きな笑い声によって。
「罪! 罪ね!! そんなものを恐れているのだったら、最初からここへは来ないよ!!」
本当に面白そうに、あの子は笑った。突然の笑い声にぎょっとした人々がまた数人、姿を消した。
「君は、素敵なひとだけど、それでもやっぱり、お役所の仕事をしているひとなんだね」
あの子は、残念そうな、いや、悟ったみたいな、そんな声を出した。そして、満面の笑顔、と呼べるのであろう笑みを、あたしに向けた。
「さよなら」
その言葉と同時に、ドンッ、という衝撃が、あたしの全身を、襲った。
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