第10話
人口保護局のひと。あたしのことだ。
『お嬢さん、』
『大丈夫。あたしが出ていく』
オジさんのチャットが全文表示される前に、あたしは返事を送った。オジさんの存在は知られない方がいいと判断したからだし、オジさんもたぶん本当のところはそう思っているのに違いないから。
「あたしが、その人口保護局のひと、だよ」
できるだけ落ち着いた声を出せた、と、思う。あたしの顔を、あの子が見た。周囲の人々も、あたしを見た。こんなにたくさんの注目を浴びたのは、初めてのような気がする。
「君は」
進み出たあたしに、あの子は驚いたみたいに目を見張ってから、すぐ、穏やかに笑った。
「地下ドームで、会ったね。そうか。君は、人口保護局のひとだったのか。まさか、顔を知っている子がそういう立ち位置にいるとは思わなかったな」
「あたしも、顔見知りが仕事の対象、っていうのはこれまでなかったよ」
「そうなの? これだけ人口が減れば、頻繁に起きてもおかしくはなさそうなものだけどね」
目の前のにこにこと穏やかな表情とは対照的に、あたしは頬を引きつらせていた。あの子が何を考えているのか、さっぱりわからない。
「ああ、そう警戒しないでよ。ぼくはもう、君に毒を奪われたんだからね」
毒、という言葉にぎょっとしたのは、あたしではなかった。その場に集まっていた人々の方だった。
「あれ? 皆、わかっていたはずだろう? ぼくらは音楽とともに永遠なる旅に出るはずだったんだから」
神妙な顔でうなずく人と、蒼白になって震える人と、だいたい半々といったところだった。あれが毒だとしっかりわかっていたのは、どうやらあたしだけみたいだ。つまりここでは、大勢での無理心中が行われようとしていたってことなんだ。
「……なんで、こんなことを?」
「やっぱり理由を訊くよね。そうだよね、そういうものだよね」
嬉しそうに笑うあの子を見て、あたしは眉を寄せた。
「理由はね、いくつかあるんだけれどね。ひとつはね、東京アラートが本当に出るかどうか、そしてそれがきちんと機能しているものなのかどうかを、確かめたかったから、だよ」
「……は?」
「この目的は、達成されたね。ア・ラ・モード・東京アラートは、きちんと役目が与えられていて、それを果たしているんだね」
「ア・ラ・モード、東京アラート?」
何を言っているんだろう。
「アラモード、現代的な、という意味だよ。現代の、東京アラート」
あの子はどこまでも笑顔だった。あたしはお腹の奥が、ヒヤッとしてゆくのを、感じていた。
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