第9話

 あたしは、手の中の小瓶を見た瞬間に、その中に入っている液体がなんであるかわかった。知らない間に握らされていたのがどうしてなのか、ということも。

『オジさん』

『わーかってるよ、任せとけ』

 オジさんの察しが良くて助かる。通信傍受の心配はほとんどないけど、それでもチャットは短く済ませた方がいい。

 あの子は、歌い続けていた。あたしの知らない曲だった。けど、その歌が力に溢れていることはわかったし、単純に、上手かった。あたしは周囲に気を回しつつもその歌を聴いて、「なんだ、音楽、好きなんじゃん」って思った。地下ドームで会ったときには、「静かな催しのときにしか来ない」とかなんとかって言ってた気がしたから、てっきり嫌いなんだと思ってたけど。

「皆、ぼくの歌を聴いてくれてありがとう」

 歌が終わって、あの子がそう言うと、周囲から拍手が起こった。あたしも慌ててそれに合わせる。

「音楽は、永遠だ。ぼくらはこの永遠なる音楽とともに旅に出よう」

 あの子が、静かに続けた。あー、やっぱこういう感じかー、とあたしはため息をこらえた。これまでにも、何度かあったんだ、なんていうか、こう、信仰めいたやつ。

 あたしは、宗教を否定しない。人間っていう弱い生き物が生活を続けてゆく上で、尊重しなければならないものだとすら思っている。あたしは、バカだから、これ以上の深い意義ってやつを語ることはできないけど。

 でも、そういう、宗教の形だけを借りて誰かの幸せをねじ曲げるようなことは、違うと思う。そして今、目の前で起こっていることは、その違う方のことなんだって、直感した。

「さあ、皆、手の中の小瓶をごらん」

 あの子がそう言った。皆、両手を見比べて困惑していた。場にじわじわと動揺が広がってゆく。

 まあ、そうだろう。小瓶はもう、回収済みなんだから。

 物品転送システム。ゴーグル端末と識別番号チップを利用して、一度に物を配ったり集めたりすることのできるしくみ。狭い範囲に限られるけど、専用のソフトを購入しておけば誰にだって可能だ。あの子はそれを使ったのに違いなくて、あの子が使えるってことは、まあ、大抵のシステム使用の準備があるあたしたちにも、使える。あの子が歌っている間に、オジさんが回収してくれたのだ。

「……ああ、なるほど。そういうことか。やっぱり、ちゃんと、察知されていたんだね。そうだよね、東京アラート、出ていたものね」

 あの子は、少しも慌てていなかった。穏やかな笑顔のままだ。

「じゃあ、きっと、この中にいるんだよね。人口保護局のひとが。ねえ、ちょっとお話をしようよ。出てきてくれないかな」

 あたしは、細く、長く、息を吐いた。

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