第8話
空を見上げているあの子を、あたしとオジさんは見守っていた。ただボーッと見ていたわけじゃなくて。あたしはその間に「渋谷公会堂」ってものについて、ザッと調べておいた。
「オジさんは、渋谷公会堂が存在してたころを知ってるの?」
「知ってはいるが、来たことはないな」
なるほど、とあたしは頷いた。東京という街は、常に新しい。でも、常に新しいくせに、常に古いものに引きずられている。革新を大切にするようでいて、伝統を捨てられないでいる。あたしはずっと、そう感じていた。それが良いとか悪いとかそういうことはともかく、客観的な意見として。
「あ」
あの子の回りの空気が変わって、あたしは短く声を出した。
「お嬢さん、臨機応変に行くぞ」
オジさんがそう言って、あたしは即座に頷いた。わかってるっての。
じっと場を睨み据えていたら、四方八方から、人の姿が見え始めた。渋谷公会堂の跡地であるだだっ広い空き地に、ばらばらぞろぞろと、人が集まり始めたのである。
「何か始まるらしいな」
「うん」
これは正直、チャンスだと言えた。集まってくる人々の顔を観察すると、年頃はあたしやあの子と同じくらいの子が多いようだった。
「お嬢さん」
「おーけー、わかってる」
あたしはオジさんの言葉にぞんざいに手を振った。これから何が起きるのかを探るには、彼らのなかに混じってしまうのがいちばん手っ取り早い。
あたしは自販機からそろそろと身を出して、広場の中央へと歩いてゆく彼らの一員のような顔をして歩き出した。
集まっているのは、三十人くらい、だろうか。ひとりひとりの顔を観察したかったけれど、不審に思われてはすべてが水泡に帰すので、あたしはあの子にならうようにしてできるだけ空を見上げていることにした。星なんて、ほとんど見えない暗い空。
「皆、よく集まってくれたね」
あの子が、集まった人々をぐるりと見回して、静かな、でもはっきりした口調で言った。あたしには気がついていないみたいだ。
「皆の心に、音楽はあるかな」
その問いかけに、集まった子らが一斉に頷いた。あたしも、慌ててそれに合わせた。え、何、音楽ってどういうこと?
「ああ、よかった。ぼくの気持ちは、皆に伝わっていたみたいだね」
暗闇のなかでも、あの子がにっこりと笑ったのがわかった。
「さあ、皆、大好きな音楽を称えよう」
あの子はうっとりと、そう言った。
「そして、音楽に包まれて、命を終わらせよう」
あの子はそう続けて、高らかに歌い出した。あたしは、息を飲んだ。息を飲んだあたしの手元に、いつのまにか、小さな小瓶が握らされていた。
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