第7話
真夜中の渋谷の坂を、あの子を追ってのぼる。真っ暗な道でも平気で歩いて行けるのはゴーグル端末のおかげなんだけれど、ゴーグル端末が普及する以前は、道を直接明かりで照らしてたらしい。
『答えたくなければ答えなくてもいいんだが』
オジさんが、そのゴーグル端末でチャットを送ってきた。
『あの子とはどのくらい仲がいい?』
『どのくらい仲がいい、って』
文字だけでもあたしのドン引きした様子が伝わったらしく、オジさんは慌てたように続きを送ってきた。
『下衆な勘繰りをしてるわけじゃない、そうじゃなくてだな、もし、あの子をお嬢さんが説得するようなことになったとき、きちんと話を聞いてくれる可能性はどのくらいあるのか、ってことだ』
『ああ、なるほど。うん、そうだよね』
下衆な勘繰りをしたのはむしろあたしの方だったわけだ。
『どうだろ……、ちゃんと会話をしたのは一回だけで、しかもほんの少しだけなんだよね』
『でも、お嬢さんがあの子の顔を覚えていたように、あの子もお嬢さんの顔はきっと覚えてるわけだな』
『たぶんね』
んー、とオジさんが低く唸る声が聞こえた。
『なんか作戦、ある?』
『いや、今の段階では無理だろ、まだ』
文字だけでも、オジさんの呆れた様子が伝わってきた。そりゃそうだ、ごもっとも。
『……説得できるような状況だと、いいんだけどな』
まったくだ、とあたしは頷いた。あの子がこれから何をしでかすのか、あたしたちにはわからないから。っていうか、そのあたりまでわかるような予知はできないんだろうか。東京アラート、なんていうよくわからない伝達手段を使い続けるより、予知の精度をあげるべきだと思うんだけど。
『お嬢さん、歩調、緩めろ』
オジさんのそのチャットを見て、あたしは一度足を止めた。あの子が歩くのをやめていたのだ。棒立ちになっている、その場所は、広場のようなところだった。広場、というよりは空き地だろうか。建物も樹木もなにもない、だだっ広いところ。
『渋谷公会堂』
『え?』
『渋谷公会堂の跡地、らしいぞ、ここ』
『へえ』
なんの跡地であろうと、跡地ってことは「今はない」ってことだ。
『隠れる場所、探そ。近づきすぎたら、何もなくなるよ』
あたしのチャットに、オジさんは頷きで応えた。見通しが良いのはいいことだけど、良すぎるのは困る。
あたしたちは、あの子の姿をなんとか肉眼で確認できる距離にあった自販機の後ろに貼り付くようにして身を置いた。
「何してるんだろ」
この距離なら声を出しても構わないだろうと、あたしは小さく呟く。
あの子は、ぼうっと、空を見上げていた。
「さてな」
オジさんも不思議そうにあの子を見ている。
「……星でも探してるのかな」
思い付きでそう言ってからあたしは、ああ、そうかもしれないな、と思った。いや、そうだったらいいな、と思ったのだ。
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