第6話

 知っている顔だ、と認識した瞬間に、あたしはデパートからは死角になる路地に入った。オジさんは何も言わずにそれに合わせてくれた。共に何度も修羅場を潜り抜けてきたのだ、このくらいはなんということもない。

『もしかして、知り合いか』

 声を出すことなく、ゴーグル端末を使用したチャットでオジさんが尋ねてくる。あたしは黙って頷いた。

『そうか。……どうする?』

『ちょっと考える、三分待って』

 今度はオジさんが黙って頷いた。

 さて、どうしようか。取れる行動はふたつにひとつ。オジさんに頼んで補導員の演技か何かしてもらうか、あたしが偶然だねって話しかけるか。……どっちにしたって間違いなく警戒されるだろう。補導員を歓迎する若者なんていないし、深夜の誰もいない渋谷の街で知り合いに偶然会う確率はよく考えなくてもおそろしく低い。

『おい』

 ない脳ミソをフル回転させて考えていたら、オジさんからまたチャットが飛んできた。ちょっと待ってよまだ三分経ってないでしょ、って返そうとしたけど。

『あの子、動くぞ』

 え、と唇だけ動かして、あたしは路地からそろそろと顔を覗かせた。デパートのシャッターの前に立っていたその子は、きょろきょろと何度も周囲を見回して、歩き出したのである。

 あたしとオジさんは顔を見合わせて頷きあった。急いで追う必要はない。もう姿をゴーグル端末で確認しているから、十キロ以内の範囲なら居場所を知ることができる。あの子の方はあたしたちに気がついていないみたいだったし。

 遠ざかってゆく背中を見ながら、あたしは小さくため息をついた。ああ、あの子はきっと何か事件を起こすんだな、って思ってしまったから。事故に巻き込まれるとか、これから誰かに襲われるとか、そういうんじゃない。なんでわかるのかと言われると答えられないし、厳密にはわかっているとは言えないんだけど。あたしは予知ができるわけじゃないから。でも、なんというか、それなりに場数を踏んできたがゆえの勘っていうか。

 オジさんが、あたしの肩をぽんぽん、と軽く叩いた。何を考えているのか、だいたいわかったんだろうし、たぶんオジさんも同じような予感を持っているんだと思う。あたしはたったそれだけのことに妙に励まされた気がして、深呼吸をした。

『行くか』

『うん』

 今から心配していたって仕方がない。あたしたちは、ここから「先の出来事」を防ぐのだから。失われてしまうかもしれない命を、守るのだから。

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