第5話
夜の渋谷は、寂しいところだ。あたしはここへ来るといつも、反射的に声をひそめてしまう。
「昔は夜も賑やかだったらしいぜ。まあ、俺もさすがにそのころのことはよく知らねえけど」
オジさんがそんなことを言いながら、ゴーグル端末で仕事の情報を確認していく。
東京アラートの発令によってあたしたちに課される仕事は、そのときによって内容がバラバラだ。「予知」された死亡事故もしくは事件を防ぐ、ということは、当然だけどあたしたちが対処するときにはその事故や事件はまだ起こっていないわけで。なので、まだ壊れていないけど数時間後に壊れる予定の機材を回収したり、危険区域になってしまう予定の範囲を立ち入り禁止にしておいたり、という作業をすることになるのだ。でも、これは仕事としてまだ比較的楽チンな方だ。
大変、というか、面倒なのは「人」を原因として対処しなくちゃならないパターン。まだ何もしでかしていない人物を「これから事件を起こす可能性があるので」という理由で拘束することはできない。なんか、そういうことができるようにする法律を整えようとはしてるらしいんだけどあんま上手くいってないらしい。なんでなのかは知らない。あたし、あんまり賢くないんで。
で、そういう人物をどうするかって言うと、一定時間見張っておいて武器っぽいものを取り出したところで「銃刀法違反」ってことで捕らえたり、深夜徘徊を理由にして「職務質問」みたいなことをしたり、という感じだ。あたしたちは東京アラートが出た夜にだけ、警察官とほぼ同等の権限を与えられているので。一晩中、情緒不安定な少女の話し相手になって事件を防いだこともある。あれ結構しんどかったな……。
あたしがぼーっとそんなことを思い出していると。
「お嬢さん、たまには自分でリサーチしろよ」
オジさんが疲れたような声でそう言った。あ、ごめん、ってサクッと謝る。あたしの仕事はこれ一本だけど、どうやらオジさんは他にも仕事を掛け持ちしてるっぽくて、今日も昼間は別の仕事をこなしてきたところらしい。まあ、なんの仕事してるかは訊かないんだけど。そういうの、礼儀じゃん?
「えーと、それで、どんな感じ?」
「残念ながら、人物対応だ」
「えー、やだなあー」
「俺だって嫌だ。でもまあ、お嬢さん、人物対応上手いからな、頼りにしてるぜ」
「ええいうるさいやかましい」
上手いなんてただのお世辞だ。オジさんよりもハイティーンの女子であるあたしの方が警戒されにくいってだけだ。
「対象、わりと近くにいるみたいだぜ。さっさと終わらせよう」
「ん。わかりやすく危険人物だったらいいなあ。そしたら早いよねえ」
「物騒な願望を抱きなさんな」
そんな軽口を叩き合いながら坂をのぼっていったら。
「あ、あいつじゃないか?」
該当人物は、あっさり、見つかった。……見つかったんだけど。
「え」
あたしは、目を、見開いてしまった。
シャッターの降りたデパートの前に立っていた、その該当人物は。
あたしが地下ドームでプラネタリウムを見たときに話しかけてきた、あの子だったのである。
「東京アラートが、出ると、次に、死ぬのは」
ぼくかと、思う、って、そう言った、あの子。
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