第2話

 ふわあああああ、と我ながら「よくそんなに口が開くもんだよな」と思う大きさのあくびをして、あたしはソファに寝転んだ。ベッドよりも確実にたくさんの回数、あたしの寝顔を受け止めているモスグリーンのソファ。

 昨夜の舞浜での仕事はなかなかにハードだった。もしかしたら日付が変わるのに間に合わないんじゃないかと思ってひやひやした。オジさんとふたり、それはもうがむしゃらになって働いて、なんとか片付けられたとき、あたしの全身は達成感(と呼ぶんだと思う、たぶん)に満たされて、らしくもなくはしゃいでしまった。その結果、よせばいいのにオジさんと酒盛りなんかしてしまって、気がついたら夜明けだった。

「ったく、未成年がこんなに呑んでよぉ」

「あたし、成人してますけど」

 オジさんの時代錯誤なぼやきに、冷ややかな返事をして、あたしは昇ったばかりの太陽の光を浴びながらふらふら帰ってきたのだった。そう、あたしは確かにハタチになってないけれど、未成年ではない。成人がハタチと定められていたのはもう遠く昔のことだ。

 ちなみに、東京ではない場所での仕事だったけれど、あれは結果的には東京の人口を守ることに繋がっていたらしい。詳しいことはあたしたちには知らされないし、特に知りたいとも思わない。

「はー。寝よ」

 つぶやいて瞼をおろした瞬間に、ゴーグル端末が着信を知らせた。あたしは反射的に舌打ちをする。しまった、さっさと外してしまえばよかった。着けているときの触感がほぼないから、普段は外す必要がまったくないんだ。ソファに寝転んだまま、着信を受ける合図を端末に送る。

「はい」

 不機嫌を隠しもせずに応答すると、相手は疲れてるねえ、と苦笑を寄越した。まだ朝早いというのに、綺麗に化粧をした顔がうす青い光を纏いながら映し出される。

「疲れてるよ、だって」

「東京アラート出たもんね、知ってるよ」

 お疲れさま、と続く柔らかい声。あたしの眠気に拍車がかかる。

「あああ、寝ないで、用件はすぐ済むから」

 慌てたように引き留められて、あたしはなんとか覚醒状態を保った。

「なに」

「明日、地下ドーム開くの。来る?」

「行く」

 間髪入れずに、あたしは即答した。わかった、じゃあいつもの時間に、と聞こえて、通信はあっさりと切れた。あたしはあの子のこういう無駄のないところがとても好きだ。

 今、通話をした相手の名前を、あたしは知らない。あの子も、あたしの名前を知らないと思う。あたしは、コンビを組んで仕事をしているオジさんの名前も、知らない。

 いつからなのかあたしにはわからないけれど、名前などなくても別に困らないことを、人間は発見したのだ。

「地下ドーム。楽しみ」

 あたしは微笑んで、今度こそ眠りの奥に沈んでいった。

 名前などなくても、明日を楽しみにすることはできるのだ。

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