東京アラート、ア・ラ・モード
紺堂 カヤ
第1話
それがもともと何を示すものだったのかは知らない。昔の東京アラートは、今とはまったく違う意味で使われていたらしい、ということだけ、中途半端な知識として頭にひっかかっている。まあ、昔がどうであれ、今は、これが出てしまったらあたしは働かなくちゃいけないのである。
で。
「……出た、の?」
あたしは夜になってやってきたオジさん(血縁関係ではない。中年、という意味でのオジさん)にうんざりした表情をつくって見せた。
「出た」
オジさんもうんざりした表情を返してくる。
「えええー。いくつー?」
「まだ俺も知らん、都庁が赤く染まったのを見たばっかりだもんよ。……案外、少ないかもしれんぞ?」
「なにそれ。なんか根拠あんの?」
あたしは飲みかけだったサイダーのボトルを空にした。そもそも東京アラートは「明日、何らかの事件や事故で死ぬ可能性のある人間が二十人以上という予知が出た」場合に出されるものなので、二十以下であることは絶対にない。
「ない。単なる願望。少なければ働くのはひとりで済むかもな、って」
「え、オジさんだけでやってくれんの」
「まさか。こういうのはさ、美少女の仕事だろ?」
「はーあー?」
飲み終えたボトルをリサイクルダクトに吸い込ませながら、声をフォルテからフォルティッシモにする。
「あのさ、女の子をさ、美少女、とかって言葉でおだてるのが通用する時代はとっくに終わってるんだよ?」
「え、そうなの? 知らなかったなあ。生きにくい世の中になったもんだぜ」
オジさんがわざとらしくため息をつく。
「そうやってすぐ世の中の所為にするんだから。生きやすかった世の中なんて、これまでにあったためしがある?」
まあ、ハイティーンのあたしが「これまでの世の中」なんて知ってるわけはないんだけど。オジさんはそうさなあ、と小首をかしげて考えていた。変なところで真面目だ。
「ない、なあ」
軽い口調ではあったけれど、その返事には実感がこもっていた。政府が未来を予知する仕組みを確立させた世の中。それによって死者の数を劇的に減らすことができている世の中。……でも、人口の減少はとても止められない世の中。それが、今あたしが生きている世の中だ。別段、変えてやりたいとも思わない世の中だけど、だからといって満足しているわけでもない。
「で、どこよ、出動場所」
あたしがゴーグル端末を目の前に起動させると、オジさんも慌てて自分のゴーグル端末を操作した。うす青い、光。
「……舞浜?」
「は? 舞浜、って」
思わず顔を見合わせてしまったあたしと、オジさんである。
「東京じゃないじゃん!!!」
「なんだよそれーーー、行くのやめるか?」
全然本気じゃない声で、オジさんが言いながら、笑った。うん、まあ笑っとく方がなんぼかいいよね、泣くよりね。
「やめないよ、行くよ」
あたしも言いながら笑って、夜の中へ駆け出した。
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