店員さんは、私たちにケーキとドリンクを運び終えると、店の裏に引っ込んでいった。学校は休みだとはいえ平日昼のケーキ屋には人は少ない。音の少ない店内を、今は私とヒナミの二人だけで独占している。


(これ、普通に食べちゃっていいの? 味とかってわかるものなの?)


「うん、憑りついてるからね。私も感覚のおすそ分けをしてもらっているんだ」


 どういう理屈かは分からないけど、ヒナミがそういうならそれでいいのだろう。好物だというモンブランにフォークを突き立てて、マロンクリームを崩すようにして一口サイズに切り取る。口に放り込むと、優しく上品な甘さが口いっぱいにふわりと広がった。


「ね、美味しいでしょ?」


 自分で作ったわけじゃないのになんで貴女が得意気なの、と呟こうとしたのに、私の心の口は勝手に(うん、結構美味しいね、ここのモンブラン)と言っていた。


 どちらを聞いたのか、あるいは両方なのかは分からないけど、ヒナミは嬉しそうに息だけで笑ってみせた。それからは二人とも無言で、ケーキを突き崩しては口へと運んで、優しい甘さを楽しんだ。ケーキ、別に好きじゃなかったけど、たまにはこういうのもいいんじゃないかって思うくらいに、私は満足していた。


 三十分ほどかけて三切れのケーキを食べ終えた私は、心地よい満腹感に包まれながら、火照る頬を冷ますようにメロンクリームソーダのストローを啜っていた。


 美味しかったと満足している自分と、その気持ちを読み取ってしまう存在を腹立たしく思う気持ちもまだ少しだけあったけれど、別にヒナミももうすぐ成仏するんだしいいかな、という気持ちが勝りつつあった。これからいなくなる相手に対して張る意地ほど、相手に振り回されることもないだろう。


「美味しかったね、ケーキ」


(うん、美味しかった。すっごく)


 素直にそう認めてしまうと、なんだか憑き物が落ちたような気がした。いや、実際は憑いてるこの子は落ちてないんだけど。だけど、一度素直になってしまうと、聞きたかったことも真っすぐ聞くことができた。


(ね。ヒナミはなんで私に憑りついたの?)


 先の細いスプーンで、フロートのバニラアイスの表面にへばりついた氷の膜をこそげながら聞くと、ヒナミはあっけらかんと答えた。


「彗がぼっちで、友達がいなさそうだったから」


 前言撤回。この幽霊、失礼極まりないな。それに私は好きで一人でいるのであって――


「でも、今日ケーキ食べに来たの、結構楽しかったでしょ? 私は、すっごく楽しかったよ」


 勝ち誇ったようなヒナミの声が、頭の中で響く。どういう文脈でこんなことを言っているのか、ほんの少し考えて、気が付いた。


 そっか。この子は私の友達気取りだったんだ。

 友達のいない私と友達になってあげようとお節介を焼いて、穴場のケーキ屋さんに連れてきて。


「彗が、友達付き合いなんて面倒なだけだって思ってることは、この三日間でよくわかったわ。私だって、そういう気持ちに心当たりがないわけじゃないし」


 意外。ヒナミ、空気が読めないだけの勝手な幽霊だと思っていたけど。


「もう、彗こそ失礼ね」


 語りかけでない言葉を読み取られるのにも、そこまでの抵抗がなくなっていた。バニラアイスの溶けだしたソーダは、メロンの緑とバニラの白が溶け合って、五月の新緑のような爽やかで瑞々しい色になっている。


「でもさ、面倒な友達付き合いでも、たまには良いことだってあると思うの」


 例えば?


「美味しいケーキが食べられる」


 それはヒナミの良かったことでしょ。と心の中で苦笑すると、ヒナミは今までで一番可愛く「そうかも」と笑った。

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