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私たちが入ってきたのを聞きつけて、おおらかそうな店員さんが奥から顔を覗かせた。いらっしゃいませ、と紋切り型の挨拶をして、カウンターの内側で私たちの注文を待っている。というか"私たち"って。自然と私の脳内に巣食っているこいつを"1人"としてカウントしている自分に気付いて、また眉間にしわが寄る。
そんな私の考えを読み取っているはずなのに、幽霊は無邪気にショーケースの中のケーキを吟味している。
「あ、こっちのマスカットのババロアすっごく可愛いわね! あ、でもこっちのアーモンドフロランタンも美味しそうね……。でもショコラバナーヌも美味しそうだし……。目移りしちゃうわね……」
すっごい早口でそうまくしたてる幽霊の声に、思わず苦笑しそうになる。この子、本当にケーキが食べたくて私に憑りついたんだなぁ。巻き込まれている身としてはたまったものじゃないが、そこまでしてケーキを食べたいだなんて、よっぽど甘いものが好きなんだな、と変な所に感心してしまう。
「このザッハトルテ、表面がつやつやで綺麗ね……。でも、このりんごたっぷりのタルトタタンも捨てがたいし……」
(ね。えっと……幽霊さん?)
そういえば、自分からこの幽霊に話しかけるのも初めてだったと気付いた。それから、この子の名前を聞いたことがなかったという事実にも。
「あ、私の名前? ヒナミって呼んでくれればいいわ」
ヒナミ。
思っていたよりも時代性の薄い名前で、少しこの幽霊がいつの時代のものなのか分からなくなってきた。もしかして、最近幽霊になった子だったりするのかな。でも、昔からそんな名前の子も普通にいただろうし。
「それで、なにかお話?」
毒気のないその声に、はっと我に戻る。すごく憎たらしい子だと思っていたけど、ケーキを前にしていると割と素直なだけの子なのかな。
(ケーキ、私は別に好みなんてないから、好きなの選んでくれていいよ。そういうの好きなら、美味しいの選べそうだし)
元からモンブランだけなんて気はなかったのかもしれないけど、そう言ってやると、ヒナミは色めき立った声を上げた。慌てて心の中で(さっきも言ったけど、三つまでだからね。それ以上は流石に食べきれないから)と釘を刺した。
結局、ヒナミはモンブランとレモンスフレ、それからラズベリーパイ、そこにドリンクメニューのメロンクリームソーダを選んだ。ドリンクは正直予算外だったけど、あんまりにも当然のようにヒナミが選ぶもんだから、勢いに圧されて注文をしてしまった。
優しそうな店員さんに促されて奥のテーブルに移動し、アンティーク調の背もたれの高い椅子に腰かけると、自然とため息が漏れた。
(本当、これを食べたら約束通り成仏して私の前から消えてよね)
うんざりとした声を心がけて呟くと、ヒナミは思ったよりも素直に「うん!」と返事を寄こした。ずっとこうだったら、素直で少しは可愛げもあるのにと思いかけて、そういえば心の中を読まれているのだったと、慌てて心の中を不平で覆い隠した。
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