そういえば、初めに声をかけられた時も似たようなことを言われて、似たようなことを思ったのだった。


 文系クラスの場合、試験最終日は二限と三限だけしかない。その後に待っているロングホームルームで提出物の回収があって、それから私たち生徒は解放となる。四日後の答案返却日まで、私たちは自由の身だ。


 試験休みとなっていた部活動なんかが再開して、喧しくエンジンをふかしはじめた学校をひとり後にした私が、校門をくぐるときに聞いた声。それが、この幽霊のものだった。


「うわ、せっかく試験終わったのにぼっちで帰ってる」


 失礼な奴だと睨もうとして、周りに誰もいないことに気付いた。学校設立当初からあるのだというシンボルツリーの大楠にも、学校の敷地を一歩出た、国道から一本脇に入った道にも、人の姿はない。


 いやな汗を背中に感じつつ、活気を取り戻した学校の喧騒の残響が引き起こした聞き間違いだったってことにしておこうと、心に決めた。決めたというのに、そこにダメ押しとなる声が降ってきた。


「貴女のことよ。なに「誰のことですか」ってきょろきょろしてんのよ」


 別に、誰のことだろうと思って周りを見ていたわけではない、と声に異議を申し立てようとする私と、そんな状況を俯瞰して、いやいやこれ本当に声が聞こえてるぞと自らに向けて警鐘を鳴らす私とがいた。


 そして、徐々に後者の"私"が大きくなっていって。そんな間にも声は聞こえ続けて。住宅地の方に向かう市バスに乗っている時も、停留所で降りて家に向かう途中も、家に帰って約40時間ぶりの睡眠をとった後も。変わらず声は聞こえていて。


 最後にはとうとう幻聴が聞こえ始めたかと、自分の身体をねぎらった。


「なにぼうっとしてんのよ。ほら、そうと決まったら早くケーキ食べに行きましょう?」


 その声に、現実に引き戻される。こんなに現実味のない存在に引き戻される現実なんてものがあってたまるかとは思うけど、聞こえてしまっているのだから仕方がない。


「なにが「そうと決まったら」よ。何度も言ってるけど、食べたきゃ一人で行けばいいでしょ。他の人に憑りつくなりしてさ。こんなの、お互いメリットないから」


 ベッドに寝転がって部屋の天井を一人眺めながらそんな風に呟くと、こんなものに振り回されている自分が、より一層馬鹿らしく思えてきた。


「それじゃダメなの! 一生のお願い! ケーキ食べたら成仏するから!」


 幽霊に一生もなにもないだろ、だとか、そんなおやつ食べたら宿題するからみたいなノリで成仏をするな、だとか。突っ込みが渋滞して言葉に詰まってしまった私を押し切るように、幽霊は続ける。


「連れて行ってくれるまで騒いでやるから!」


 この三日間でこの声に辟易していた私には、狙ってかはわからないが、効果的な脅し文句であった。

 幸いなことに、この幽霊は姿が見えない。つまり、この声さえ黙らせることができれば実質的に私は解放されるというわけだ。


「……本当に、ケーキ食べたらもう黙ってね」


 迷った挙句、渋々そう言うと。

 幽霊は、大はしゃぎしているのがそれだけで分かるような甲高い声で「三切れね! あと、モンブランは絶対だからね!」と注文を付け足してきた。

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