モンブラン・デイズ
青島もうじき
1
疲れているんだと、初めは思った。
それくらいはっきりと聞こえてくる声は、私のそれとは確実にちがうとわかる、凛とした、それでいて無邪気な女の人の声で。周りに人なんていないのに聞こえてくるそれを、私は疲れによる幻聴だと思っていた。
確かに、中間試験と宿題が重なって数日間まともに寝られなかったもんね、と自分の計画性のなさを棚に上げて、重めのタスクの重なりに心中こっそり悪態をついたのが、ちょうど三日前。つまり、試験最終日かつ宿題のデッドライン。
それが、疲れているんじゃなく、もしかして憑かれているのではないか、なんて駄洒落みたいなことを思い始めたのが、今日。つまり、試験も宿題も終わって名実ともに春休みに入り、ゴロゴロと惰眠を貪るだけの――間違っても疲れようのない日々に入ってから、三日目。
「ねー。だから、市役所の前に美味しいケーキ屋さんあるから行こうよー。ヒマなんでしょー?」
鈴を転がすような声で――ってどんな例えだよと思うけど、そうとしか表現のしようのない澄んだ声で甘えてくるのは、間違いなく私自身じゃない。だって私、そもそもそんなに甘味とか興味ないから。
いくら私の意図せぬ幻聴だって、私の知らないものを私に教えるなんて芸当ができるはずもない。
そうなると、これはやっぱり。
「だから、さっさと幽霊だって認めたらいいじゃない。ラクになるわよ?」
今どき「わよ?」なんて言う人そんなにいないって、と思いかけて。だけど、この人が幽霊になった時にはまだそういう語尾が普通に使われてたのかな、なんて考え直してしまうくらいには、語りかけられ続けたこの三日間で、私の心はこれが幽霊の仕業なんだと受け入れ始めていた。
オカルトなんて信じちゃいない。そんなのを好きになるのなんて、現実によっぽど退屈しているか、そういう話を友達や恋人とのコミュニケーションツールとして使っている人ぐらいなものだろう。
私は、そのどちらにも当てはまらない。
それにしても、なにが悲しくて私なんかに憑りついたんだろ。甘いものが食べたいなら、そういうのが好きな人のところに行けばいいのに。姿が見えるわけじゃないけど、この辺りかなと目星をつけて、開きっぱなしのクローゼットにぶら下がる高校の制服を睨みつけてやった。
「うわ、怖い目。そんなんだから
歯に衣着せぬ物言いに、むっとする。なにか勘違いしているみたいだけど、別に私は友達ができないわけではなく、好きで一人でいるのだ。人と会話をするのはエネルギーのいることだし、私みたいな人間には向いていない。
そしてそれは幽霊だからといって解消されるわけでもなく。この三日間、ひたすら部屋で本を読むか、多忙だった期間中に溜まってしまった好きな配信者の動画を見るかといった省エネの生活をしていたはずなのに、四六時中話しかけられるせいで、あまり気は休まっていない。
この幽霊がホンモノかどうかはさておき、本当、迷惑だ。
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