第一話
1.
見渡す限りの平原。草地とも、荒野とも呼べそうな開けた景色の中に、ぽつりぽつりと風化した巨岩が突き出している。その小山のような巨岩の上に二つの人影があった。
「いた。間違いない」
遠眼鏡を覗いていた華奢な若者が、隣に立つ男に頷いた。若者から遠眼鏡を受け取り、長身の男がそれを覗き込む。若者は黒い細身のロングコートの裾を、男は草臥れた紺色のマントと小麦色の髪を、吹き荒ぶ風に舞わせていた。若者は己より頭一つ分背の高い、服こそ粗末だが精悍な男へ向き直って言う。
「行ってくる」
遠眼鏡から目を離し、若者と視線を合わせた美丈夫は少し眉根を寄せた。
「あんまり無茶しちゃダメよ、リズ。貴方に何かあったら、アタシ泣いちゃうんだから」
低い美声にそぐわぬ、抑揚の効いた高いオネエ声がそう返してくねっ、と長身を捩る。リズと呼ばれた若者はああ、と頷いた。
「大丈夫。ディーガンを泣かせたりはしない」
淡々と返して、リズは岩を蹴った。身軽に岩を駆け降りれば、肩口で無造作に切られた黒髪が好き勝手に踊る。そのつややかな黒髪を手櫛で適当に整え、リズは愛馬に跨った。
「懸賞金、五百万ディル。追われる理由に興味はないが、その金は我らのものだ」
涼やかな声が風にさらわれる。それと重なり遠く響くのは、滅びし都の哭く声だった。
茶色く乾いた草を踏み分け、殺気を漲らせた人影が姿を現す。それも前後左右各方向からだ。ちっ、と舌打ちを漏らして緋色の髪の青年、テオバルトは剣把を握った。恐らく盗賊の類だろう。気配は複数人、武芸からっきしの従者を連れていてはかなり不利だ。
最悪コイツを餌に逃げるか、とテオは己の従者のはずの、ひょろりとした亜麻色の髪の青年を見遣った。彼の侍従、という名目で体よく家を追い出されたコレのミスにより、彼らは宿を求めて平原を彷徨っていたところだ。
身軽さ重視の旅装に最低限の荷物を抱えて、テオが目指していたのは王都だ。だが愛馬を盗まれ、乗合馬車を間違え、気付けば逆方向の辺境地帯である。侍従の仕事は足を引っ張ることか、と言いたくなる位この従者――ノークはミスを連発してテオを巻き込んでいた。
先月成人したばかりのテオバルトは肉親がおらず、随分遠縁の家でこの歳まで育てられた。幼い頃にはもっと別の貧しい村で暮らしていたが、その村がどこなのかテオには分からない。このたび独り立ちということで、世話になった家を出てきたテオは、いつかその幼い頃暮らした村にも行きたいと思っていた。行って、探したい人がいるのだ。
「よォ、ご覧の通り貧乏旅でね。別に襲ったって何も持っちゃいないぜ」
正面から近付く大男と相対して顎を引く。蒼穹を写したテオの碧眼が、好戦的に光った。
敵は七人。全員武装している。包囲網を縮める動きは統率が取れており、ただの野盗とは思えぬほどだ。指揮官らしき髭面の大男が一歩前に出る。剣を構えるテオと、その後ろで震えるノークを睥睨して長剣を構えた。
「――死ね」
男達がテオらを目掛けて突進する。一撃目を躱して逃げた場所に、背後から剣が空を斬る唸りが響いた。咄嗟に振り返ってそれを受ける。何とか流して反撃しようとした時に、哀れっぽい悲鳴が響いた。ノークだ。
「ひゃぁあ! お助けをっ!」
無様にスッ転んで地べたを這っている。その首に剣が当てられるのを見て、咄嗟にテオは両手を挙げた。流石に見殺しには出来ない。
「仲間想いなこった」
嘲笑を含んだだみ声と共に、右手の剣をはね飛ばされた。ヒタリと首筋に刃が当たる。
「不本意ながらな」
これまでか、とテオは瞼を閉じる。――だが、野盗どもに反撃する方法はゼロではない。テオは静かに息を吸った。
と、そこでテオは、馬の駆ける音が急速に迫ってくるのに気付いた。
「こちらだ」
涼やかな声が言った。ひらりと黒が舞う。
葦毛の馬に跨った黒衣の青年が、こちらに腕を伸ばしている。咄嗟にそれを掴んで、テオは尻馬に乗った。テオよりも幾分か細身の、しなやかな四肢が鮮やかに馬を駆る。怜悧な目元が印象的な美青年だ。
ぐん、と葦毛の馬が速度を上げた。ふとテオの視界の端に、呆然としたノークが映る。
「ちょ、待っ――!」
制止する暇はない。青年とテオを乗せた葦毛の馬は、あっという間にその場を去った。
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