第145話 表彰


 大水浴場では海棲の大型魔物が大暴れ。

 女性冒険者たちが魔物の漁獲を競う祭りが開催中だ。


 小舟で揺られながら祭りを楽しく観戦していた魔王ヴァールとエイダだったが、そこに巨大イカが襲いかかった。小船に触手を伸ばし、墨を撃ってくる。


「危ない、ヴァールお姉ちゃん!」

 海から赤い海龍が飛び出した。

 数十メルもの細長い身体でイカ墨を受け止める。その身体に巨大イカの触手が巻き付いてくる。


 海から高く舞い上げられていたヴァールたちの小舟はしぶきを上げて着水する。

「助かったのじゃ、ジュラ!」


「ありがとうございます!」

 小船に相乗りしているエイダも叫ぶ。


「後はあたいに任せて!」

 海龍のジュラは巨大イカとぐるぐる絡み合って戦う。


「ジュラさん、前は金色だったけど赤くなったんですね」

「うむ、もともと母のアウランと同じ赤色じゃったからのう。成長を受け入れて本来の色に戻ったのじゃろう。しかし…… どうしてみんなよく育つのじゃ」


 エイダはにっこり笑う。

「ヴァール様も育ったじゃないですか」

「ううむ、まだまだ大人には遠いのじゃが」

 ヴァールは口をへの字にする。


 ヴァールもエイダも水着姿。

 エイダは豊かな胸を薄い布で覆っている。前よりも大きくなったようだ。小舟が揺れると胸も揺れる。

 ヴァールの水着はぴったりしたワンピース。背が伸びてきて体つきも変わりつつある。幼女から少女、そして大人へと花開こうとしているようだった。

 

 二人がくつろいでいる中でも戦いは続いている。

 巨大イカが墨をジュラにぶつけ、ジュラが衝撃波を巨大イカに叩きつける。

 戦いの余波で海は荒れ狂う。


 さらに巨大タコも暴れていた。

 巨大タコは魔法をぶつけられて触手が焦げるわ切れるわ、しかしたちまち新たな触手が生えてくる。高度な再生能力だ。


「ビルダの出番だナ!」

 上空にポータルのゲートが開き、そこから声が響いてくる。ゲートはぐんぐん拡大していき、百メルほどにも広がるとそこから巨人の足が覗いた。

 巨人がゲートをくぐって降りてくる。ビルダが操る巨人クグツだ。その姿は大魔王エリカにそっくりだった。

 ビルダは巨大タコの上に落ちて、そのまま格闘を始めた。同程度のサイズを持つ者同士が激突する。大乱闘だ。


 巨大タコはビルダに絡みつきながらも触手を生やして増やし、魔法をぶつけてくる冒険者たちに襲いかかる。


「ビルダ、タコの目を塞ぐのです!」

 海岸で料理しながらクスミが叫ぶ。


 ビルダは周囲を見渡し、巨大イカに目を付けた。

「ジュラ、そいつの口をこっちに向けるのダ!」

「よしきたあ!」


 ビルダは巨大タコを羽交い絞めにして、タコの目玉をイカへと向ける。

 イカの噴いた墨がタコの目玉に被る。

 タコは視界を失い、その触手は冒険者を追えなくなった。


「僕にも遊ばせろお!」

 勇者ルンが巨大タコに取りつき、手刀で触手を次々に切断していく。重剣士グリエラたちも大剣で切りにかかる。再生速度よりも速いペースだ。


 触手を全て失った巨大タコがビルダによって天高く放り投げられる。

 巨大タコは魔法の集中砲火を浴びて火の玉に包まれる。

 燃えながら落ちてきた巨大タコをビルダの手刀が待っていた。刺し貫いて核を破壊する。

 大タコは再生能力を失い動かなくなった。よく焼けていい香りだ。


「タコ焼き、いっちょあがりなのダ!」

 ビルダは叫び、勇者ルンと目を交わす。言葉を発さずとも互いの健闘をたたえ合っていた。そして再戦の誓いも。


 残るは巨大イカだ。


 ジュラが叫ぶ。

「来い、龍たちよ! 仮身多重召喚!」


 空に生じた亜空間から続々と龍たちが現れる。金、銀、青、黒、緑、黄、色とりどりだ。

 龍たちは巨大イカの足に喰らいつき引きちぎった。足は宙を舞って海岸に落ちる。待ってましたと足は調理場に運ばれていく。

 運び役は鬼王バオウだ。牛十頭ぐらいの重さはありそうなイカの足も彼女にとっては軽いものだった。


 残った巨大イカ本体はもがきくねってジュラを引き剥がし、魔力で飛んで逃げようとする。

 しかしそこに冒険者たちの放つ矢が殺到。

 触手を失った巨大イカはガードできずに矢を受ける。無数の矢を突き立てられて遂に力を失い落下してくる。

 いったん海に落ちて浮かび上がってきたところを冒険者たちに切り刻まれて、とうとうイカの切り身となってしまった。


「あらかた片付いたようじゃな」

 ヴァールは小船を海岸へと向ける。

 漁獲の集計と食事の時だ。


 海岸では女神官アンジェラに引率された幼い子どもたちも新鮮な海鮮料理にありついていた。

 この祭りは女性限定だが、子どもだけは男でも参加を許されている。


「ほら、手づかみで食べない! 一度に全部取らなくても逃げないわよ!」

 大騒ぎする子どもたちをアンジェラが忙しく面倒みていた。


 ジリオラも手伝う。もともとジリオラが教会で世話をしていた子どもたちだ。

「アンジェラさん、お身体はもう大丈夫なんですか」

「ああ、元気元気。うちの子は旦那に預けてきたし、久々に身体が軽いわよ」


 ノルトンでの戦いでハインツが負傷した後、アンジェラが看病している中で何があったのか、ハインツとアンジェラは結婚してすぐに子どもも儲けた。もう見ていられないからというのがそれ以来のアンジェラの口癖だ。


 ヴァールとエイダは掲示板に書かれた漁獲を見て誰が一位なのかを集計している。


「大漁ですね!」

 エイダは魔法板を使って計算している。


 ヴァールは小首をかしげる。

「獲った数だけじゃなくて切り身の量まで書かれていてややこしいのじゃ。しかしなにか忘れておるような……」


 遠くの海面に出現した三角形の背びれが猛スピードで海岸に接近してくる。

 背びれは大型船のマストよりも大きい。

 海面が盛り上がっていき、黒い曲面が姿を現す。そして海上に飛び出した。

 巨大タコと巨大イカのサイズを上回る超巨大な鮫だ。


 鋭い歯がぐるりと並んだ顎を大きく開き、鮫は超音速の魔力推進で海岸へと飛来する。

 その目指す先には子どもたち。

 突然の出来事にビルダやジュラも反応できていない。


 その時だった。

 テントの隅に隠れていたサースが跳んだ。

 超巨大鮫の顎へとサースは突入。


 超巨大鮫は何事もなかったかのように進む。

 だが縦に線が走る。

 線は割れ目となり、巨体は左右に分かれる。

 鮫は子どもたちに届くことなく真っ二つになって海に落ちた。

 背びれも縦二枚におろされていた。


 音もなくサースが海面に降り立つ。

 刀を振って鮫の血を落とす。


 しばし静まり返る海岸。

 そして拍手が爆発した。


「すごい!」

「誰だ、あの子?」

「サース六世ですよ!」

「六世!?」


 ヴァールとエイダはほっと胸をなでおろす。

「でかい鮫もおったのを忘れておったのじゃ……」

「助けられました。今の子が一番大漁、文句なく優勝ですね!」

「うむ、とっておきの賞品をあげねばな!」


 海岸に戻ってきたサースは大喝采で迎えられて真っ赤な顔になる。

 そしてそのまま表彰台に連れてこられた。


 サースはうつむきながら表彰役のヴァールに挨拶する。

「は、は、はじめまして、おれ、いや、私はサース六世、五世から枢機卿を継ぎました」


「五世には世話になったのじゃ。六世にもよろしく頼むのじゃ」

 ヴァールはにこやかに対応する。


 後ろに控えているバオウはなにか気付いたようだった。

「あれ…… もしかして…… 化けてる……」


 ヴァールはサースを表彰台に上らせて、万雷の拍手の中で賞品を伝える。

「余はこの試練の迷宮に新たな階を作ることにした。地下七階じゃ。そこを汝の好きにするがよい。希望を述べればそのとおりに仕上げるぞよ」


 もじもじ恥ずかしそうにしていたサースだったが、その言葉を聞くと顔を上げてヴァールを見つめた。

「本当に好きにしてよいのですか」

「本当の本当じゃ」


 サースの顔に決意の表情が浮かんだ。

「俺、いや、私はずっと策を練って、長く工作して、そのあげくがことごとく失敗に終わりました…… あれだけ長い時間をかけて残ったものは恥だけ…… でも」


 サースは子どもたちとアンジェラやジリオラたちに暖かなまなざしを向ける。

「子どもたちを育ててきたことには悔いがありません。本当に良かったと自信を持って言える唯一のことです。だからここでも続けていきたい…… 地下七階に学校を作ってほしいのです。子どもたちに試練を与え、未来を支える若者へと育て上げる学校を」


 エイダは目を輝かせる。

「いいですね! 楽しく学べる学校を作りましょう! ジリオラさんたちには先生をやってもらって、いずれは大学も!」


 ヴァールは微笑む。

「よかろう。地下七階だけでは足りなくなりそうじゃな」


 そこでヴァールは遠い目をする。

「それにしても先ほどの太刀筋は見事じゃった。サスケを思い出す…… サスケはどこに行ってしまったのかのう…… 会いたいのう…… いつも陰から余を支えてくれているのじゃ」


 サースの両目に涙がこぼれかけて、しかし歯を食いしばって止めようとする。

 バオウがそっとサースに寄って、表彰台から抱え下ろした。降ろしたサースの顔をバオウは抱きしめて隠す。


 バオウが彼女にしては大きな声で言う。

「サスケは忍者だから…… いつも忍んで側にいるから…… 今もきっとどこかでヴァールちゃんを助けてくれてる……」


 サースは静かに嗚咽していた。

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