第142話 迷宮巡り
王都から戻ってきた奨学生、神官見習いジリオラと元勇者ファトゥマ。それにサース五世枢機卿。
三人は公王城の地下一階に降りてきた。
ここには地下通路があって、ノルトン公王国からヴァリア魔王国までわずかな時間で移動できる。もともと魔法によって空間圧縮されていたのが、魔王の高度な魔法で改良されて数時間の道のりが今や数分にまで短縮されていた。
建国記念キャンペーンにつき地下通路の使用料金はただいま無料と掲示されている。
それもあってか観光客や市民たちがぞろぞろと行き来している。
ジリオラたち一行も地下通路を使う。
わずかに歩いただけでヴァリアの地下街に到着した。
地下街は開けた空間に石造りの建物が立ち並び、天井からの柔らかな光に照らされている。
地下通路での空間の歪みが激しかったせいかジリオラは少し酔った。
ファトゥマとサースは平然としている。
勝手知ったるといった調子でファトゥマは歩き出した。
サースもなにげなくついていく。
ジリオラはその様子に疑問を感じた。
「サース枢機卿はどうしてまだ同行されているのですか?」
サースは振り返り、こわばった顔で、
「言っただろう、俺が陛下のところまで案内してやると」
「でも陛下の行き先をご存じなかったですよね」
「今は分かっている。迷宮だ」
「それは私たちも分かってますからもう大丈夫です」
「うんうん」
ファトゥマも頭をぶんぶん縦に振って頷く。
サースは声を荒げて、
「上の許可がなければ入れない場所に陛下がおられたらどうする! そんなときでも俺がいれば入れるのだぞ」
「いえ、招待状をいただいてますので」
「ともかく共に行かねばまずいことになるのだ! ……俺が」
最後のほうはごく小声だった。
「はあ…… そこまでおっしゃるなら……」
サースがあまりにも強硬に主張するので、さすがにこれ以上言うのも無礼がすぎるかとジリオラは突っ込みを止める。
一行はファトゥマに導かれて地下街を右往左往。
商店街や住宅街、ホテル街。
行き交うのは蒼白い肌の魔族が多い。日の光が苦手な種族なのだろう。
しばらく歩き回ってからジリオラはファトゥマに聞いた。
「ねえファトゥマ。この場所、さっき見なかった?」
「うん、地下街はどこもそっくりさ」
「そうじゃなくて同じ場所をぐるぐる回ってない?」
「さすが迷宮、迷わせてくれる!」
地図を広げたサースがぼそりと、
「ここは迷宮じゃなくて地下街だろう……」
「ですよね」
地図を持ってきているサースの手際に、ジリオラは初めて感動した。
「迷宮はあっちだな。俺についてこい!」
サースは自信満々に歩き出した。
ジリオラは不満そうなファトゥマを引っ張りながらついていく。
しばらく歩いてから地上への階段を上がる。
眩しい昼の日射しが一行を迎えた。
見るからに新築の木造建造物が並ぶ通りだ。木の香りが漂っている。
凝った作りで飾られたホテルや飲食店が目につく。
このあたりは観光区のようだ。
通りを行く人々も着飾っている。
通りには東迷宮行きの看板が大きく掲げられている。
「こっちだ」
サースは意気揚々と先頭を行く。
しばらく歩くと、いかにも怪しげな施設が見えてきた。
城のミニチュアみたいな黒い建物から大きな銀色の角が生えている。
壁には魔法陣みたいな紋様やら目玉やらが描かれている。
上の看板は青龍を象っていて東迷宮と書かれていた。
牙を並べて龍の口を模したと思われる入口には観光客の行列ができていた。
子どもを連れた家族が多い。
ジリオラは違和感を覚えたが、
「俺たちも並ぶぞ!」
サースに押されて行列に並ぶ。
どこかにふらふらと行きそうなファトゥマの首根っこを掴まえておく。
ジリオラは建物の壁に描かれた魔法陣のルーン文字を読んでみる。
「ええっと、絶賛…… 歓迎…… 千客…… 万来? これ魔法陣じゃなくない?」
意味が分からず首をひねる。
行列はじわじわと進んでいき、施設内の受付に到着した。
三人分のチケットをサースが買う。
深く感謝してほしそうなサースにジリオラは礼を言って、ファトゥマの頭も下げさせた。
一行が階段を降りると、執事服を着た長身の男から出迎えられた。胸には受付の名札を付けている。
「剣士、魔法使い、神官、拳闘士、忍者、好きな役をお選びください」
棚にグローブや手袋の類が並べられている。それぞれが役に対応しているようだ。
男を見たサースがぎょっとする。
「ズメイ! 四天王がどうして受付係をしてるんだ」
「私が設計した迷宮のオープンですからな」
ズメイは小声で答える。
「さあさあ! 秘宝を手に入れて悪龍を倒す英雄になりましょう! 好きな英雄の役を自由に選べます!」
これはどうも何か違うんじゃないかなあとジリオラは思うものの、ルンが喜んで拳闘士のグローブをはめ、サースが黒い手裏剣模様の手袋を付ける。後ろから急かされるのでジリオラは神官の白い手袋を選んだ。
行列の流れに乗って進んでいくと岩壁の通路が現れた。ドクロ型の明かりが壁に点々と並んでいる。ドクロの目の中にはちろいろと炎が踊り、どこからともなくおどろおどろしい音楽が聞こえてくる。
三人は通路に入る。床が丸く輝き、三人を乗せて自動的に進み始めた。
右に左に進んだ後、開けた場所に出る。
立体映像が投影された。
若く美しい娘が映し出される。
「この海の秘宝を龍王様に捧げなきゃ。秘宝の力を使って龍王様は海の国を平和にしてくださるわ」
娘は説明的なセリフを言いながら胸に派手な宝箱を抱えて運んでいる。
そこに現れるは、いかにも目つきが凶悪そうで大きな龍。
「その秘宝を寄こせ。秘宝の力でこの世界を俺は支配するのだ」
龍は娘から無理やり秘宝を奪う。
「ああ、返して!」
娘の叫びもむなしく、龍は空に飛んで行ってしまった。
嘆く娘は三人の方を向く。
「世界を救えるのはあなたがた英雄だけ。どうか秘宝を取り戻して龍王様にお届けください!」
「分かったよ!」
ファトゥマが元気よく返事をする。
「このマスコットがあなたがたの助けとなるでしょう」
娘の立体映像はそう言い残し、いずこかへと去っていく。
小さな赤龍の立体映像がぱたぱた羽ばたきながらやってきて、三人の前方をぐるぐる回る。
「あたし、マスコットのアウラン、よろしく!」
「今の娘を演じていたの、竜姫ジュラじゃないか……」
サースがつぶやく中、三人を乗せた丸い輝きはマスコットに先導されてまた進みだす。
「悪龍の攻撃だ、降ってくる焔を弾き返せ!」
マスコットが叫ぶ。
通路の左右は赤い霧。そこから焔の塊が飛び出してくる。見るからに立体映像だ。
「よおし!」
ルンがパンチをすると衝撃波の立体映像が飛んでいって炎の塊とぶつかり弾き返した。
サースが腕を振ると手裏剣の立体映像が同様に飛んでいく。
ジリオラが手で線を描くと結界の立体映像が出てきて、炎の塊をさえぎった。
赤い霧の通路を過ぎると炎の塊は収まった。
その代わりに今度は悪そうな小鬼の群れが襲ってくる。やはり立体映像だ。
三人は手を振り腕を振って撃退する。
「ここってどう見てもお子さん用の遊技場ですよね?」
ジリオラの問いにサースは重々しく頷いてみせる。
「ヴァリア魔王国は楽しく遊ぶことを国是として建国された。その一環として、これまでは冒険者しか入ることができず危険も大きかった迷宮を子ども連れの家族でも楽しめるように、遊びの迷宮を新たに建設することにしたのだ。そう
サースは目を合わせず一気に語った。明らかにごまかしにかかっている。
「ここがそうだとはご存じなかったんですよね」
「初めて来たからな」
「ここは招待状にあった迷宮じゃないですよね」
「違うだろうな」
「陛下はいらっしゃらないですよね」
「おられぬな」
「無駄足でしたね」
「魔王国の勉強になっただろう!」
サースは逆ギレしだした。
「はいはい、遊びにはなっています」
ファトゥマは心の底から楽しそうに遊んでいる。
「殺さなくていいし、戦っても友達がいなくなったりしないし、あれやれこれやれとか言われずに好き勝手できるし、ここは最高だよ! 勇者を止めてよかった!」
「全く、お前が勇者ルンを止めてくれて本当に良かったよ」
心底ほっとした様子でサースがつぶやく。
いろいろあったのだろうとジリオラは察するものの、何も言わずにおく。
そこからも次々に襲い来る苦難をマスコットに導かれて乗り越えていき、三人は遂に悪龍の立体映像と再会した。
悪龍は焔を噴いて襲撃してくる。
しかし多くの経験を積んできた三人の敵ではない。
派手なクライマックス音楽が鳴り響く中、とうとう悪龍は倒された。
英雄たちは秘宝の宝箱を取り戻す。
開いた宝箱からは七色の煙が噴き出した。
煙が晴れるとマスコットが巨大な赤龍に姿を変えているではないか。
「ありがとう英雄たち、本当の姿に戻ることができたわ。みんなが探していた龍王はあたし」
倒れていた悪龍も若者に姿を変えている。
「きみたちのおかげで悪い呪いが消えて正義の若者にもどることができた、ありがとう」
「こうして悪は消え、国は龍王によって平和に治められ、若者は龍王の娘と結婚して幸せに暮らしたのでした。脚本、ジュラ。演出、ズメイ。めでたしめでたし」
どこからともなく聞こえてくるナレーションが終わりを告げる。
英雄たちを乗せた光の円は出口に着いて停止した。
扉を開けて三人は現実世界に帰ってくる。
外に出て一息ついたジリオラは、何はともあれ楽しかったのでサースに文句を言うのは止めた。
サースは懐から取り出した地図を上にしたり横にしたりして眺めてから、
「ここは青龍の東迷宮。試練の北迷宮はあっちだな」
北の方へと歩き出す。
念のため、ジリオラは招待状をよく読み直す。そしてサースにとっては致命的な注意事項に気付いた。
「サース猊下、海開き水泳祭りは女性だけって書いてあるんですけど」
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