第141話 王城巡り

◆ノルトン公王国


 ノルトン川の船着き場に中型の客船が着いた。北ウルスラ王国首都との定期便だ。新造された魔力推進方式の船で、ノルトン川を遡ってきた。

 

 客船からは観光客や冒険者、商人、それに二人の少女が降りてくる。

 少女たちは聖教団の見習い服を着ていた。


「ここ本当にノルトン? 見たことない建物ばっかり」

 少女の一人、ジリオラ=リガヤは背が高くて鍛えられた体躯。黒髪を短めにそろえ、しっかりした顔つきだ。重そうな荷物袋を軽々と背負っている。


「あ~あ、あの城がすっかり白くなっちゃって。乗っ取ってさあ、黒い魔王城に戻そうかな」

 もう一人の少女、ファトゥマ=ルーンフォースは大通りの向こうにある公王城に目をやる。白い城が朝日を受けて輝いている。

 ファトゥマは美しい顔と身体つきをしているのだが、適当にざんぎりした金髪といい、服装のいい加減な着方といい、全体に雑だった。見習い服の上には傷だらけの鎧をつけている。きれいな顔にはいたずらっぽい表情を浮かべていた。


 彼女たちは王都に留学中の身であり、夏の休暇で一時帰省してきたところだ。聖教団の大学でみっちり新たな教義や魔法理論を勉強している。


「めっ! あんたが言うと冗談にならないでしょ」

 ジリオラはファトゥマを叱ろうとするが、

「早くヴァールに会いに行こう!」

 ファトゥマは一人で城へと駆け出す。


「こら、呼び捨ては無礼でしょ!」

 ジリオラも追おうとして、ファトゥマの荷物袋が石畳の上に置きっぱなしなのに気付く。

「人に荷物を押し付けるつもり!」

 仕方なくファトゥマの荷物を拾ってから走る。


 大通りの途中には聖教団の教会もあった。

 以前の建物は戦争で焼けてしまって、一回り大きく立て直されている。作りもずいぶんと立派になっていた。


「ルーデンスさあああん!」

 ジリオラは大声で呼びかけながら走る。

 教会三階の窓が開いて、慌てた様子の老神官ルーデンスが顔を出した。

「後でご挨拶に行きます!」

 ジリオラが大きく手を振るとルーデンスはにこやかに小さく手を上げた。


 一年前まで、ジリオラはこの教会で子どもたちに勉強を教えていた。懐かしい場所だ。

 今回の帰省中には、最新の教義を分かりやすく子どもたちに教えることになっている。


 ジリオラとしてはすぐにでも教会まで挨拶に行きたいところだが、まずヴァール陛下に挨拶と報告をすることになっている。

 二人の留学費はヴァール陛下の私費から出ている。王都に旅立つ時にはヴァール陛下は遠くで仕事をされていて、一年以上もお会いできていない。お礼を言わねばならなかった。

 かつては気軽に話をした経験があるとはいえ、二国もの王になった方に会うのはかなり緊張する。


 城には一足先にファトゥマがたどり着いていた。揚げ菓子にかじりついている。

 魔族に人、大勢の住民や冒険者たちが城の大きな門を出入りしている。

 祭りのように屋台が並び、香ばしい匂いを立てている鳥肉の串焼きや揚げ菓子などを売っていた。


「これ、美味い、ぞ」

 食べながらしゃべるファトゥマ。

 ジリオラは無言でファトゥマの揚げ菓子にかじりついて大きく持っていった。


「ジリオラ、ひどいぞ!」

 ファトゥマは頬を膨らませる。

「荷物の運び賃よ」

 ジリオラは揚げ菓子を咀嚼して飲みこむ。しっかり甘くて油っ気がたっぷりだ。


 今度はジリオラが先行して城の中に入る。

 ファトゥマは揚げ菓子をもう一個買ってからついてくる。


 城の一階ではまず大きな食堂が目についた。

 王都でも有名なダン&マッティの店だ。

 美味しそうなパンケーキの香りが漂ってくる。

 誘いこまれていくファトゥマの首根っこを掴んで連れ戻す。


 先に進むと公王国と魔王国両方の役所だ。

 横に延々と窓口が並び、様々な人々が行列している。


 ヴァール陛下と面会するにはどこに並べばいいのかと迷っているジリオラの前に、少年がやってきた。

 豪奢な枢機卿の正装をまとった少年、枢機卿サース五世だ。

 気難し気な表情で話しかけてくる。

「留学、大儀だった。俺が陛下のところに案内してやる」


 サース五世は聖騎士団を管轄している。そんな大物に出迎えられて、さすがにジリオラは驚愕する。ファトゥマは何食わぬ顔で揚げ菓子を食べている。


「そ、そのような恐れ多いことを」

「遠慮するな」

「私たちだけで大丈夫ですので」

「俺が大丈夫ではない。一人では会いづらい」

「は?」


 サースと押し問答しているジリオラは、周囲から妙なひそひそ声が聞こえてくるのに気付いた。


「あれがあの有名な……」

「女性の服を切り裂く達人……」

「新しく四天王に加わるって噂だ……」

「変態王、だろ」


「早く行くぞ! ジリオラ! ルン!」

 サースは強引にジリオラの手を掴んで歩き出す。

 周囲が「女の子に手を出した…… やっぱり変態……」とざわめく。


 ファトゥマはもぐもぐしながら、

「僕は、もう、ルン、じゃない。ファトゥマ、新たな大魔王になる運命の名」

「ルンは勇者になるとき付けた名前で、もともとファトゥマが本名だろうが!」

 サースはキレかけている。


 後ろからの、

「あのお偉いさん、女の子たちに割って入りやがったよ」

「うらやま…… 違う、許されざる行為だ」

「やはり変態王」

 などなどの声に責められ追われながらサースは階段を上がり、二人はついていく。


 二階に来た。

 厨房や工房の部屋が連なっている。調理や加工の音でやかましい。

 忙しさで料理人たちは殺気立ち、職人たちは集中して誰も近寄らせないオーラを発している。


「ここは違うな。陛下はおられない」

 サースはさっさと通り抜けようとし、ジリオラは厨房に入ろうとするファトゥマを引きずり出す。


 三階に上がった。

 ガイドに案内された観光客たちが列を成して歩いている。

 ガイドが説明する。

「この三階は魔法や魔道具の研究場です。今日も新たな魔道具が研究されています」


 研究場は扉に立ち入り禁止と書かれていて、中の様子を窓から覗くことだけができる。

 その中では魔導師のローブをまとった者たちが古代魔法の魔法陣を描いたり、測定器具を使ってなにやら計測している。


 サースは扉を開けた。

「あ、お客様! 入らないでください!」

 ガイドからの注意も聞かずにずかずかと入っていく。


「おい、ネクロウス、陛下はおられないのか」

 サースに呼びかけられた黒ローブの男はのっそりと顔を上げた。銀色の顔だ。


「愛しの君はお忙しい。私の研究もしばらく見ていただけていないのです。この研究は背を高くする画期的な魔道具だというのに。見なさい、この棒を空間に固定してぶらさがるのです。ぶらさがると身体が伸ばされて、背が高くなる刺激となります。棒の高さは自由に調整できて、愛しの君にも最適な高さに合わせられるのですよ、これを」


 話し続ける冥王ネクロウスを無視して、サースは部屋から出てくる。

「ここでもなかった」


 サースを偉い人と思ってついてきていたジリオラの心に疑念がよぎる。

「もしかして当てずっぽうなんですか」


 サースは黙って次の階段に向かう。

 ジリオラは仕方なくついていく。

 ファトゥマは先に向かってしまっていた。


 四階に着くと、そこは広い舞踏の間だった。

 椅子が並べられていて、ステージに投影された立体映像を観光客たちが眺めている。

 ステージ横に置かれた看板には本日の演目として「勇者ルンの大暴れ」と題されている。


 ファトゥマは最前の席で楽しそうに見物していた。

 立体映像では勇者ルンが魔王の仲間たちを痛めつけている。


「勇者ルンを操るのは、残酷なる試練の女神アトポシス。魔王陛下を守るクグツたちも遂にやられてしまったのです。さあ、戦いは如何に!?」

 ナレーションが熱く語る。


 他の観客を邪魔しないように、ジリオラはファトゥマを連れ出す。

「ここからがいいところなのに。でも本当とかなり違うね。僕が戦ったクグツは一人だけ」

「いいから来るの!」


 サースは観客席を眺めまわした。

「ここにも陛下はおられない……」


 一行は五階に上がる。

 警備の聖騎士が集まってきた。

「この先は警備室なので立ち入り禁止ーー し、失礼いたしました、枢機卿猊下!」

 サースを認めた聖騎士たちは慌てて敬礼する。


「陛下はおられないのか」

 問うサースの前に、聖騎士団指揮官ハインツがやってくる。仏頂面で胸に赤子を抱いていた。


「はっ、陛下はご不在です」

 堅苦しく答えたハインツは、赤子がむずがると途端に相好を崩して、

「はあい、ぱぱでちゅよ、よしよし、ままはおでかけですからね、いいこいいこ」


「名前はなんと付けたのだ」

「はっ、アンナマリーであります」

「なに、女の子だったのか」

 サースからそう言われた途端、アンナマリーは火が付いたように泣き出した。


「おお、よおちよおち」

 ハインツは優しく揺さぶるがアンナマリーは泣き止まない。


 サースは苦虫をかみつぶしたような顔で次の階段に向かう。

 ジリオラはどうもおかしいと思いながらも、ファトゥマを引っ張ってついていく。


 いよいよ最上階だ。

 ヴァールが王として謁見や会議に使う執務の間がある。

 王の私室や城全体の制御室も並んでいる。


 この城は公王国の領土にあるが、公王国と魔王国は地方みたいなもので、実質的にはひとつの国であり、この城も両方の統治に使われている。

 執務の間には、勇者ヴァールと魔王ヴァール、両方の肖像画が掲げられていた。


 男たちが二人、執務の間を掃除している。現在、執務には使われていないようだ。


 男の一人が腹を揺らして高笑いする。

「がはははは! 見ろ、俺の描いた絵は最高ではないか!」

 元男爵のゴッドワルドだ。


「意外な才能でげすなあ」

 もう一人の男、自称魔導将軍だったボーボーノは絵にはたきをかけて埃を落とす。

「まさか、コンテストで優勝するとは思いませんで。しかしこの絵、たまげた美しさでげすが、本物よりもずいぶん背が高くないでげすか」


 意外な才能と言われて眉を怒りに持ち上げかけたゴッドワルドだが、たまげた美しさと言われて機嫌を直す。

「わからんのか、年上に描くのが王様に喜ばれるこつだ」


 そこでボーボーノが闖入者たちに気付いた。

 執務の間の入口にサースとジリオラ、ファトゥマが立っている。

 入ってこようとする彼らをボーボーノは手で制した。

「だめだめ、いけないでやんす! せっかく磨き上げたテーブルに埃がつくでげす! エイダの姐御に締められちまいやす!」


 ゴッドワルドもやってきて壁になる。

「俺様の愛する王様の愛する城を汚すことは金輪際許さんのだ」


 サースが不愛想に尋ねる。

「陛下は何処だ」


 そこでボーボーノはジリオラとファトゥマに目をやる。

「勇者ルン……? どうしてここに来てるんで? 姐御に頼まれて、ヴァリアに向かうよう連絡したはずでげす」


 ゴッドワルドが四角い顔をしかめる。

「ボーボーノ、姐御からはルンさんに送っても読まれないからジリオラさんに送れと言いつかっておったな」

「あ、あわわわ、忘れていたでげす!」


 その会話を聞いたジリオラは、ファトゥマの荷物袋から魔法掲示板マジグラムの石板を取り出して連絡を確認する。

「ファトゥマ! 招待状が来てるじゃない! どうして教えてくれないの!」


「だって見てないし」

 ファトゥマは涼しい顔だ。


「ああもう、ええ、なにこれ、ヴァリア試練の迷宮、海開き水泳祭りのお報せ!? 水着持参のこと? ヴァール陛下が主催! 陛下はこっちよ!」

 ジリオラは大声を上げてからサースをにらんだ。


「枢機卿はご存じなかったんですか」

「……俺に…… そういう連絡は…… 来ない……」

 サースは目を伏せて答える。


「いいから行きますよ! ほら、ファトゥマも遊んでないで来る!」

 ジリオラは二人の手を引っ張り、慌てて降りていく。行き先はヴァリア直通の地下通路だ。

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