第140話 魔王様と伴侶の帰還
◆星の底
魔王ヴァールと伴侶エイダが携わってきた長い作業もようやく終わった。
この星全体を管理する大魔法、基底システムの修正を遂げたのだ。
本来の目的であったエラー管理システムに関する修正だけでなく、大小様々な不具合の修正や、全体的な構造の最適化もかけている。
これで想定外の問題が発生することは無くなるはずだ。
修正中の基底システムは長らく停止状態だった。代わりに、世界樹の魔法空間内に構築されたサブシステムが稼働していた。その役割もおしまいだ。
「「基底システム、起動」」
起動用の魔法陣に二人は魔力を送り込む。
魔法陣は煌めきながら作動開始、煌めきは連鎖しながら無数の魔法陣へと広がっていく。
星の殻の中に光が走り、絡まり、脈動する。
<起動シーケンスを開始>
<魔法陣の初期化を開始…… 完了>
<星の殻を認識…… 接続>
<魔力管理システムを起動>
<星の殻管理システムを起動>
<エラー管理システムを起動>
<全システムの正常動作を確認>
<基底システム、稼働開始します>
無数の魔法陣が放つ光にヴァールとエイダは包まれる。
生物のように光は流れ、集まり、拡散している。
「成功じゃな……!」
「完璧です……!」
二人は手を握り合い、しばし感無量の喜びに浸った。
世界樹のサブシステムは停止され、星の殻の中に伸ばしていた枝葉が縮んでいく。
みるみる小さくなっていった世界樹は一本の杖と化した。魔王の杖、魔王笏だ。
ヴァールは魔王笏をつかみ取る。
エイダの腰を抱く。
マントが広がりはためく。
「さあ、帰るとしようぞ」
「はい!」
二人は光の中を踊るように飛翔しながら上昇していく。
◆ヴァリア市 地下神殿 霊廟
星の底から上に戻るには、星の穴を通ってヴァリア市の地下神殿に出ることになる。
「もうずいぶん長く留守にしてしまったからの…… どう変わっておることか」
「皆さん、元気だといいですね」
二人は長く暗い穴をひたすら上がり続け、とうとう上方に光が見えてきた。上るにつれて光は強まっていき、ついには眩しいほどとなる。
二人は飛び続ける。
そして穴を抜けた。
霊廟に降り立つ。
光と歓声に囲まれる。
「な、なんじゃ!?」
ヴァールは驚きの声を上げる。
エイダもぽかんとした顔になる。
霊廟は魔族や人に満ちていた。
龍人ズメイに龍姫ジュラ、クグツのビルダ、巫女イスカに忍者クスミ、鬼王バオウに冥王ネクロウス、四天王たち。
「お帰りなさいませ」
ズメイはほっとした顔だ。
「お帰りお姉ちゃん!」
ジュラがヴァールに抱きついてくる。
「エイダ、よくやったのダ」
ビルダがほめる。今のビルダの身体は人間サイズだ。
聖騎士指揮官のハインツと女神官のアンジェラ、聖騎士たちも集まっている。
アンジェラの胸には赤子が抱かれていて、ハインツによく似ている。
後方には枢機卿、サース五世。
彼らは足を一斉に踏み鳴らし、剣を掲げ、二人の帰還をたたえる。
赤子が泣く。
ヴァリア市の警ら隊が並ぶ。
「敬礼!」
隊長ヴォルフラムの号令で敬礼をする。
ヴァリア市の市民たちが喝采する。
ダン&マッティの看板を掲げた大きな屋台が出ている。
夫婦が忙しく皆に酒や食事を振るまっている。
「どうして戻ってくる時が分かったのじゃ?」
ヴァールは再会を喜びつつも戸惑う。
イスカが微笑んで、
「皆で毎日お手伝いしていましたから」
クスミが自慢げに、
「クスミもがんばったのです」
基底システムの修正に手が足りなくなったヴァールは、ヴァリア市に暮らす者たちの意識を魔法空間に呼び出して、作業を手伝ってもらっていた。その手伝いが終わったのだから、ヴァールたちが戻ってくることだって分かる。
「皆のおかげで修正できたのじゃ! ありがとうなのじゃ!」
ヴァールが大きく叫び、
「勇者ヴァール万歳!」
「魔王ヴァール万歳!」
会場が皆の喜びに揺れる。
マントに身を包んだ者がぽつんと離れた場所にいるのを、鬼王バオウがヴァールの元へと引っ張って連れてくる。
「ほら…… 引っ込んでないで……」
バオウに促されて、マントの者が口を開く。冥王ネクロウスだ。
「……愛しき君に働いた数々の無礼、謝ってすむことではありません…… この場に顔を出すのも誠に申し訳なく、万死をもってお詫びせんと……」
ヴァールはネクロウスを優しく抱きしめた。
「愛しき君!?」
「汝がアトポシスに操られてしまったのも、元はといえば余が戦いに巻き込んだからじゃ」「し、しかし私の罪は到底許されるべきでは」
「汝が罪は余の罪、余を許してくれぬかや」
ネクロウスは言葉に詰まった。
銀の涙がこぼれて床を濡らす。
「これからも頼むぞよ、冥王ネクロウス」
ヴァールの言葉にネクロウスはくずおれて号泣する。
ヴァールはネクロウスの頭をそっとなでる。
ヴァールを囲む大勢の人々の海が割れた。
豪奢な礼装を着た者が近衛騎士を引き連れて現れる。
北ウルスラ王国の王、男装の麗人、レイラインだ。
レイラインは快活な表情でヴァールと力強く握手する。
「よくぞ戻った、よく成し遂げた。今こそ我らの約定の時」
ヴァールは眉根を寄せる。
「約定……?」
レイラインは後ろに目をやる。そこにはゴッドワルド男爵とボーボーノが引き連れられていた。
「ヴァールはボーボーノを働かせるためにゴッドワルドの恩赦を約定、それ即ちゴッドワルドを捕縛している俺との約定」
「う、うむ。確かにボーボーノとは約定した」
「ゴッドワルドは大罪人、されど君のために俺は彼を許す。代わりに君には果たしてもらうことがある」
ヴァールは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「まさか、汝と婚姻せよと」
「違うぞヴァール、俺も考えた、王国の未来、皆の幸せ。婚姻よりも深い絆を君と結ぼう、我が娘となるのだヴァール、俺は君の父にして母となる」
「はあ!?」
「なんですって?」
ヴァールとエイダが声を上げる。
「俺はヴァリアを国と認める。連合王国の新たな一国、我が娘が治めるヴァリア魔王国。他国も文句が付けられぬ」
レイラインは高らかに語る。
「う、うむ?」
ヴァールは首をかしげる。
ズメイが小声で、
「連合王国の法的に認められる建国ですな。人間を敵に回さず、戦争を引き起こさずにすみますぞ」
レイラインはさらに続ける。
「俺はノルトンも国と認める。聖教の下、勇者が治める神聖な国、我が娘が収めるノルトン公王国、二重王国の誕生だ」
ズメイがまた説明する。
「王国にとって、聖教団は制御しかねる厄介な権力。ヴァール陛下を使って傘下に収めようというのでしょう。しかし魔族と敵対してきた聖教団をこちらに取り込む好機でもあります」
「ぐぬぬ」
ヴァールは悩んで唸る。
「踊らされているとしか思えぬ…… しかし再び戦争を起こさぬ良い手ではある…… 婚姻させられるよりはずっとましじゃ……」
ヴァールは考え込む。
「やっちゃいましょうか、ヴァール様。毒も喰らわば皿までです」
エイダが言う。
ヴァールとエイダは見つめ合い、互いの決意を見て取る。
ヴァールはレイラインに告げる。
「やってやろうではないかや。父上にして母上」
レイラインはヴァールの手を取って、高々と掲げる。
「今、ここに俺、ウルス・レイラインはヴァールを娘とした! ヴァール・レイライン、北ウルスラ王国の第一王位継承者、万歳!」
「おおおおおおおお!」
皆の歓声が地下神殿を満たし、聖騎士たちが足を踏み鳴らして床が揺れる。
レイラインは続ける。
「ヴァリアにヴァリア魔王国、ノルトンにノルトン公王国を建てる! 我が娘の国だ!」
ヴァールは叫ぶ。
「皆の国を作るぞよ! ついてきてくれるかや!」
爆発的な歓声がそれに応える。
皆が喜び、笑い、そして泣いていた。
ヴァールは引き締まった顔をしている。
かつてとは異なり人間に認められた建国とはいえ、大きな力が誕生する以上は軋轢も生じる。周辺と調和しながらも二つの国を守っていかねばならない。責任は重大だ。
そんなヴァールを見て、エイダが気付く。
「ヴァール様、背が伸びましたね!」
ヴァールの背はすっかり伸びていた。もはや幼女ではない。大人になろうとする少女の、蕾から花咲こうとする輝くばかりの美しさだ。
「もう子どもではいられぬのう」
ヴァールは、恥ずかしそうにはにかんだ。
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