第139話 修正

 ひとしきり泣いていたヴァールが、きっと顔を上げた。その表情は怒り。


「エイダよ、余はムカついておる」

「はい」

 ヴァールの瞳は輝いている。エイダはほっとする。


「やつら、余にシステム管理権限を渡しおった」

「はい!」


 ヴァールは涙をぬぐい、にやりと笑った。

「好き放題にやってやるぞよ!」

「なんでもやっちゃいましょう!」


 ヴァールはシステム管理権限を行使した。

 基底システムを構築しているあらゆる魔法陣が全貌を表す。


「あれは星の環の制御系、そっちは魔力管理系、これが異世界転生系、ほう、転移系もあるのかや」

「よりどりみどりですね」


「くくく…… しかしどこのものとも知れぬ魔王にシステム管理権限とは、あの記憶とやらも抜けておる」

 ヴァールは悪そうな顔をする。


 エイダにはひとつの推測があった。

 あの記憶はヴァールの父のものだったのではないか。

 ずっと娘の到来を待っていたのではないか。

 だから認めた。

 しかし何も言えずに消えた。


 そんな推測を告げてもヴァールをただ怒り悲しませるだけ。

 エイダはただ心の中であの記憶に告げる。

 あなたの想いはあたしが継ぎます。後は任せてください。



 今、星の殻全体に世界樹の枝が広がっている。

「まずはシステム移行の準備じゃ。世界樹の中に星の殻を移すぞよ」


 白い枝が密に絡み合っている星の殻は、無数の魔法陣を動かす基盤として稼働し、魔力を行きわたらせている。

 ヴァールとエイダは、星の殻を世界樹内の魔力空間へと仮想的に複製する。


「一見すると複雑じゃが、自己相似関数で記述できる構造じゃな」

「時間さえかければそっくり複製できますね」


 今のヴァールとエイダは物理空間と魔法空間を同時に認識しながら作業を進めている。

 魔法空間内には星の殻の枝が生き物のように伸びていき、仮想の星の殻を形作っていく。


 時は流れる。複製は完了した。

「次は基底システムのインポートですね」

「これは複製術式に任せればよかろう」


 基底システムの膨大な魔法陣が、複製の術式によって仮想の星の殻に移される。

 長い時間をかけて、もう一つの基底システムが構築された。


「移行するぞよ!」

 仮想の星の殻で新たな基底システムが動き出し、これまでの基底システムが停止する。


「さあて、ここからが美味しいところじゃぞ」

 ヴァールは舌なめずりする。


「ふふっ、やっちゃいましょう!」

 エイダも腕まくりのポーズだ。


 二人は踊るように飛翔しながら魔法陣を書き換えていく。


「あの記憶とやらは、停滞したシステムは滅ぶと言うておった。さて、余がシステムを修正したとしてどうなると思う」

「結局、魔王様もシステムの一部に組み込まれて停滞してしまいます」


「そこでじゃ、余はシステムで遊ばせてもらう。遊びは停滞しない。遊びは終わらない。遊びは変わり続ける。エイダ、この世の運営で遊ぶぞよ!」

「この世界をヴァール様とあたしの遊び場に変えてやります!」


 ヴァールとエイダは星の環を制御する魔法陣にとりつく。

「ふうむ、ルンが時間を戻していたのは、本当に時間自体を戻していたのではなく、星の環が記録していた状態を復元していたのじゃな」

「これ、ダンジョンでのやり直しに使えるんじゃないでしょうか」

「いい案じゃぞ!」


 星全体の魔力を管理する魔法陣が見つかった。

「やはり、この星全体の魔力は総量が決まっておるのじゃな。星神の持っておった魔力ということかや」

「魔族や人の数は増え続けてますから、皆が使える魔力は薄まっていくことになりますね……」


 ヴァールは考え込む。

「限られた魔力を特別に分け与えられたのが『異端者』、勇者なのじゃな。強い人間はいた方が面白いのじゃが、このままではいずれ魔力は足りなくなるであろ……」

「ルンみたいに魔力が無いから強い勇者を標準にすればいいんじゃないでしょうか」

「うむ、世界をひっかき回してくれそうじゃな」


 その次はいよいよ異世界転生システムの修正だ。

「さて、デバッグモードの抜け道を封じるのはここじゃな。ううむ、こんな大穴が見落とされていたとは信じがたいのじゃが」

「誰かがわざと作ったバックドアだったのかもしれませんね……」


 不具合の修正自体は速やかに終わった。これでもうアトポシスは魂を乗っ取れない。ネクロウスが使っていた操術も封じ込まれた。


「問題はアトポシスじゃ。あのシステムはおかしすぎる。不具合修正のために不具合を使うわ、生命を滅ぼしたがるわ、エラー管理システムというのはろくでもないのじゃ」

「エラー管理システムを管理するシステムがないですからね…… 二重化して相互監視した方がいいんじゃないでしょうか」


「うむ。アトポシスは全面書き換えするぞよ。そうじゃな、さんざん乗っ取りで苦労させられたから、逆にしてやろうか」

「それ、いいですね! 聖騎士団も喜ぶと思います!」


 あれこれ作業を続ける。

 星の環から物理法則を制御する魔法陣が見つかった。

「これを使ってルンは物理操作していたのじゃな。恐るべき力じゃが、ルンは星の環を飛び出したとき制御を失っておった。星の環の外では使えない力なのじゃろう」

「たぶん、あたしたちの魔法も星の環の外では使えないですね。システム管理者たちはどうやって星から旅立っていったんでしょう」


 ヴァールは彼方を見上げる。

「我々は星神が作ったゆりかごにおるのじゃ。魂を星の殻に管理され、魔法を星の環から与えられておる。じゃがな…… いつかこの星を飛び出して、システム管理者を見つけて、ひっぱたいてやるぞよ。共に行くぞ、エイダ」

「はい、ヴァール様!」


 二人はシステムをあれこれ見直していく。予想外に細かな不具合が多かった。

 とりあえず動いてはいるが、不具合を残しておけばアトポシスが引き起こしたような問題の引き金にならないとも限らない。アトポシスがいずれ悪用するつもりで残していた可能性すらある。


 二人は小さな不具合も修正することにした。しかしあまりにも多い。

「なんじゃ、この適当な魔法定数マジックナンバー。動けばいいというものではないぞよ」

「後から修正する人のことも考えてほしいですよね。こっちは同じ魔法陣をいくつも複製していて、ひとつにまとめればいいのに」


「世界の創生とは思ったよりも雑なものじゃな……」

「神様なんてそんなものですよ」

「魔王がしりぬぐいかや」

「生き続ける者の責務ですね」


「ならば、生き続ける者たちに手伝ってもらうかや」



◆ヴァリア市


「ふわぁ」

 狼魔族のヴォルフラムが大きな口を開けてあくびする。

 警ら隊長としてヴァリア市を見回り中だ。


「隊長、たるんでますよ」

 そういう部下も大あくびをする。


「このところ、夢の中で忙しくてなあ。ずっと魔法陣とにらめっこだ」

「隊長もですか! 実は俺もなんすよ。夢の中で頭を使うから起きてもぐったりで」


 そこで部下はにっと笑った。

「でも、魔王様にほめてもらえるのがうれしくて、ついがんばっちまう」


 他の部下たちも一斉に頷いてみせる。

 

「どいつもこいつも。てめえら、それぐらい仕事にも気合を入れろ」

 ヴォルフラムは顔をしかめて叱ってみせる。

 だが彼もまた今晩を楽しみにしているのだった。


 街行く人々にもあくびが目立つ。


 皆が同じ夢を見ていた。

 皆が毎晩の夢で星の底に降りて魔法陣を修正しているのだ。

 魔王とエイダに率いられて。

 それはもう一年も続いていた。

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