第132話 大魔王エリカ その三

 新四天王が一人、忍者クスミは無数のクナイによる同時攻撃を仕掛ける。

 しかし大魔王エリカは物理操作の能力によってクナイを全てはたき落とした。エリカに乗り移っている聖女神アトポシスが勇者ルンから奪った能力だ。


 床に散らばるクナイが浮き上がる。エリカによる物理操作だ。

「お返しですよ」

 数百本を数えるクナイが一斉にクスミへと殺到する。


「ちっ!」

 クスミは手刀や蹴りでクナイを叩き落とそうとする。小さなクグツのビルダも手伝うが、きりがない。手足でクナイを受けていく。


 十数本ものクナイが刺さってクスミはよろける。

「回避…… 成功です」

 にやりとする。


 クスミの後ろにはヴァールがいる。

 クスミは一本たりとも後ろにクナイを通さなかった。


「クスミ! 下がるのじゃ! これは余が決着を付けねばならないことなのじゃ! 皆に迷惑をかけるわけにはいかぬ!」

 前に出ようとするヴァールをクスミは押しとどめる。

 きっとした目でクスミはヴァールをにらんだ。

「そんな命令は聞けないのです」

「な…… クスミ!?」


 ヴァールは衝撃を受けた。クスミはこれまで一度たりともヴァールに逆らったことがないのに。


 クスミは自分の手足から引き抜いたクナイを引き抜く。

 エリカが聖剣を揺らめかせながら迫ってくる。

 クスミはまたエリカに向けてクナイを投擲。

 エリカがクナイを物理操作で反射した。

 クスミはそのクナイをつかみ取ってさらに再投擲する。


「もしかして時間稼ぎですか。健気ですね」

 エリカは嘲笑う。


 その間にズメイが人の姿から龍に変異を遂げていた。

 いつもの老いたズメイではない。若さを露わにしているズメイが最強の九頭龍形態をとる。


「ズメイも止めよ! かなう相手ではない!」

 ヴァールはズメイに叫ぶ。


「俺も聞けないなあ。かなわないからって尻尾を巻いて逃げ出すようなへたれじゃないぜ」

 ズメイは九つの顎を開く。

「多重ブレスを喰らいやがれ!」

 ドラゴンブレス攻撃が顎から発される。

「焔撃!」

「氷撃!」

「雷撃!」

「光撃!」

「毒撃!」

「聖撃!」

「闇撃!」

「風撃!」

「重撃!」

 異なる属性のブレスが連続的に発されてエリカを襲う。

 爆発に氷、雷に閃光、毒の霧聖なる浄化に闇の汚染、竜巻に重力波、殺到する膨大なエネルギーに包まれて、エリカの姿が見えなくなる。

 

「瞬時に属性を切り替えてみせるズメイの得意技かや!」

 ヴァールは目を見開く。


「どうだ、一つの属性を防いでも他の属性には対応しきれないだろうが!」

 ズメイが吠える。


 爆煙がゆっくりと晴れていった。

 全く無傷なエリカが姿を現す。

 その周囲を球状の防御結界が覆っている。

 よく見れば結界は多層構造となっていた。


「これは…… 九つの防御結界を同時展開したか! 伝説の勇者エリカは魔法も極めていたとは聞くが」

 ズメイが武者震いをする。


「この程度、子どもの遊びです」

 エリカはズメイに踏み込んで聖剣を薙ぎ払った。

 ズメイの首が一つを残して斬り飛ばされる。


「「ズメイ!」」

 ヴァールと龍姫ジュラが叫ぶ。

 八つの頭が血を噴いて床に転がる。


「全部斬っちゃったらお話できなくなって不便でしょ」

 エリカは言い放つ。


「……勇者エリカは剣技も極めていたっけな」

 ズメイは八つの首から血を流しながらも、残った顎を開いて牙を見せた。退くどころか前進し、残った顎からの衝撃波でエリカを押しとどめようとする。

 

「いくら汝の再生能力が高くとも相手が悪すぎる! 余が戦わねばならぬのじゃ!」

 ヴァールが必死に叫ぶ。


 進もうとするヴァールの前にバオウとジュラが立ちふさがった。

「ヴァールちゃん、だめ……」

「お姉ちゃん、いい加減にしなよ!」


 ヴァールは途方に暮れる。

「どうして邪魔するのじゃ」


「お分かりになられないのですか」

 巫女イスカが厳しい声で言う。今、イスカはルンとクスミとズメイに全体治癒術をかけている。魔力を激しく消耗しているはずだが、疲れた様子を見せようとはしない。


 イスカが告げる。

「私たちはヴァール様にエイダさんと戦ってほしくないんです」

 新四天王と大四天王たちが頷く。


「陛下とエイダ殿には幸せになってもらいたい! 戦う相手ではないだろうが!」

 ズメイが吠える。


「でも、でも、余の問題に皆を巻き込む訳には」

 おろおろとしているヴァール。


「好きな人の問題は自分の問題なのです!」

 クスミが一喝する。


 ビルダがヴァールの肩に飛び乗る。

「皆でダンジョンを築いてきたのダ。共に街を育ててきたのダ。皆の問題はヴァールの問題ではないのカ?」

「もちろん余の問題なのじゃ」

「だったラ、ヴァールの問題も皆の問題ダ」

「う……」


 ヴァールはうなだれる。

「す、すま……」

 そう言いかけて、ヴァールは気付いた。

 頭を上げて皆を見回す。

「頼むのじゃ。余を助けてくれぬか」


「はい!」

「はいなのダ」

「かしこまりました」

「待っていたぜ、その言葉!」

「うん……!」

「お姉ちゃんのためなら!」


「エイダなんていませんよ。私はエリカです!」

 エリカは不機嫌な声を上げた。聖剣で衝撃波を斬り払い、返す刀でズメイの腹部を切り裂いた。ズメイはどうと倒れたが、すぐに立ち上がろうとする。



 そんな彼らの様子を見ている者があった。

 天井裏に潜むサース五世だ。

「くそ……! 俺は加わらんぞ! 何と言われようとも!」

 サース五世の正体はかつての四天王が一人、忍王サスケだ。長らく人の世に紛れて生きるために五つもの人格を使ってきた。サース五世は最新の人格であり、長く蓄積してきた人格の歪みをなんとかしようと強硬な性格を貫いている。


 サース五世以外の人格は下に降りて四天王たちに加わりたがっている。

 だがサース五世にとってはそうはいかない。

 魔王を復活させること、勇者から守ることが彼らの大計画だ。なのに結果として最悪の勇者エリカを復活させてしまっている。魔王陛下に合わせる顔が無い。この責任は一人で償うべきなのだ。


 上からの奇襲でエリカを暗殺してやる。それがサース五世の狙いだった。

 殺気を隠し、忍刀を構えてエリカの隙を伺う。

 エリカを斃せばエイダも合わせて死ぬ。またどこぞに転生してしまうだろうが、やむなしと判断した。先に見つけてなんとかすれば良い。


 サスケは大広間を覗く。

 遂にズメイが倒れ、代わってバオウとジュラが動き始めた。

「な、なんなのだ、あの攻撃は!?」

 まだ幼い少年の人格であるサース五世は頬を染める。

 ジュラは執拗にエリカの胸甲を狙っていた。豊かな胸が揺れる。

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