第128話 勇者エリカ その三

◆新魔王城六階 大広間


 黄金の鎧に身を包み、身長に倍する黄金の槍を掲げた勇者ルン。

 身体の要所だけをひび割れた紫水晶で守り、聖剣ヘクスブリンガーを提げたエイダにして勇者エリカ。

 

「エイダってば頑固すぎ! やっと表に出てこられた!」

 エイダが思ってもいないことをエリカが話す。

 エリカは大きく伸びをしてから、聖剣をぐるぐると振り回してみせる。エイダにはとうていできない器用な手つきだ。

 

 エイダは胸の谷間に押し込んでいる小さな袋に手を当てようとした。そこにはヴァールからもらった伴侶の指輪が大事にしまわれている。

 だが、その手は剣をルンに突きつけた。

「あたしは勇者エリカ=ルーンフォース。あなたが自称二代目ね。でも跡継ぎはいらないの。あたしが戻ってきたんだから」


 ルンは不敵に笑う。

「時代遅れの勇者なんてお呼びじゃないよ。それに僕はもう勇者は止めて大魔王になることにしてるんだ。大魔王の餌食にしてやる」

「かかってきなさい。あなたを斃して本物の勇者がどんなものか教えてあげるわ」


 違う、殺し合いが目的ではないとエイダは声にならない叫びを上げる。私はエイダ、研究者…… 勇者を研究することがルンを呼び寄せた目的……

 エリカのことを単に昔の記憶ぐらいだと思っていた。だが、自分であって自分ではない。これは掴んではならない力だったのでは。


 エイダの身体が勝手に動いて戦いを始める。もはや身体はエリカのものだ。


 二人の勝負はここからが本番だった。

 ルンが槍を振ると空気を切り裂き、空気弾をはるかに上回る勢いの衝撃波が発生してエイダに迫る。

 エリカが聖剣で宙を薙ぐと衝撃波は散らされて消えた。


 エリカは踏み込んで右下から左上へと聖剣を斬り上げる。迎撃に出たルンの槍と聖剣が絡み合った。

 槍の動きが止まった瞬間、エリカの蹴りがルンの腹部を見舞う。ルンが後ずさったところへ聖剣の突き。ルンはステップ回避するも、聖剣はルンの鎧のわき腹を走った。黄金の鎧に傷がつく。


 ルンは戸惑う。

「槍や鎧に触れたのに反射されない?」


 エリカは聖剣を構え直す。

「触れてませんからね」


 聖剣を薄く覆うように無数の微小結界が生成され、他の結界と反応しては消滅することを繰り返している。この結界が壁となって、ルンの物理操作能力は聖剣に届かない。

 ルンの魔力を喰らう能力も、たちどころに消えてはまた現れる微小結界相手では意味がない。


「だったら、こっちからだ!」

 ルンは長い槍を軽々と振り回しながら鋭い突きを交えてくる。

 エイダは聖剣で槍を弾きながらも突き返す。


 槍と剣がぶつかり合い、絡み合い、弾き合って火花を散らす。

 その速度は上昇していき、遂には音の速さを超え、それでも止まらずさらに速くなっていく。

 剣と槍を叩きつけられた空気が断熱圧縮で焼けて、あまりの高熱に電離する。

 遂には槍が高熱で融けて、穂先が千切れ飛んだ。


 ルンは跳んで退く。

「ああ! これだけやっても相手がまだ生きてる! もっと遊べる! 最高だ!」

 そう言った後、ルンの目が急に虚ろとなって、

「対象の評価を訂正。異端者Eと認定。異端者Rとの相互評価を継続する」

 エリカを観察しながら無感情につぶやく。


 エリカの中でエイダはあせっていた。

 戦っているエリカと考えているエイダが別人のように乖離して感じる。

 達人どころではない剣さばきで自分の身体が動いている。

 これが勇者エリカなのか。

 自分の中でエリカの占める割合が増していく。

 エリカはあまりにも力にあふれている。

 このままではエイダの存在を消されてしまう。


 ルンの目に意志が戻ってきた。

「もっと! もっとやっていいかな! いいよね!」

 ルンの手に新たな槍が出現する。


 ルンの槍が白く輝く。そこから超高熱の空気が広がる。物理操作によって空気分子を振動加熱しているのだ。

 空気は電離して高エネルギーの荷電粒子群、即ちプラズマとなる。

 大広間の空気が全てプラズマ化していく。一万度を超える高熱が大広間を満たす。


 大広間に置かれていた調度品は一瞬で燃え上がり、灰すら残さずに蒸発する。

 壁や床が煮えたぎって泡を噴く。

 この中で生存できる有機生命体は存在しないだろう。

 

 鎧もなく剣一つのエリカは、しかし何もかもを焼き尽くす灼熱の中で涼し気に立っていた。


 ルンは困り顔になる。

「どうして焼けないのかな」


「昔の魔法は今どきよりも劣った魔法だと思ってるなら間違いです」

 エリカの身体は熱で輝いている。

「焔龍が熱で死にますか? あたしは身体を焔属性にしたんです」


「焔龍の身体になったっていうのかい? 人間にそんなことできるはずがないよ!」

「これが勇者なんです。分かりましたか、本物との違いが。じゃあ、今度はこっちの番です」


 エリカの全身から黒い霧のようなものが広がっていく。

「私の得意技は結界術式なんですよね」


 黒い霧は大広間に広がり、プラズマからエネルギーを吸収していく。大広間の気温は急速に低下する。

 黒い霧はルンをも包み込み始めた。霧は濃度を高めて暗黒へと近づく。


「どうですか。微小魔法陣による微小暗黒洞結界です。閉じ込めたものは逃がしません」

「こんな結界、どれだけ張っても無駄さ!」


 暗黒の中でルンは槍を振り回し、黒い霧を振り払って道を切り開く。霧の先にいるであろうエリカに狙いを定める。

 槍を太さ数メルにも巨大化、ドリルじみたそれを物理操作で高速回転加速する。この槍に触れたものは文字どおり粉砕されるだろう。

 ルンは跳ぶ。槍と一体になって猛速でエリカの方へと突撃する。


「喰らえ!」

 闇の中、槍は命中した。エリカに直撃した。

 エリカは光となって散った。

 

「僕の勝ちだ!」

 叫んだルンを今度は光が包み込み始める。

「なんだ!?」

 闇雲に槍を振り回すが光は消えてくれない。


 前後左右上下、全てが光。壁も床も天井も感じられなくなっている。

 ルンは自分が光に閉じ込められたことを知る。

 エリカの声が響く。

「ありがとう、暗黒洞結界の最奥まで来てくれて。絶対結界を作るには、まず暗黒洞結界で相手を覆う必要があるんです」


 ルンは物理操作で光を振り払おうとする。しかし光はびくとも動かない。

 ルンは絶対結界の魔力を喰らってしまおうとする。だが喰らっても喰らっても消えてくれない。


「この結界はあなた自身なんです。自分をどれだけ喰らっても無意味です」

「……確かに凄い。今まで戦ってきた中で君が最強だ。ありがとう、おもしろかったよ。でもおしまいだ。時よ戻れ!」

 

 ルンの叫びにはるか上空の星の環が呼応する。相対的な回転速度を落としていき、そして星と逆回転になる。

 時が戻り始めた。

 ルンを閉じ込めた光が散り、黒い霧が薄れ、空気が灼熱になり、また冷える。

 斬り合いが逆再生され、二人の対峙に戻る。

 

 時を戻すのはそこまでのはずだった。

 だがルンの意志に反して時はさらに戻り続ける。

 エイダに撃った空気弾が戻ってくる。

 エイダの傷が元に戻る。


 時を戻すとき、意識だけは戻ることなくそのまま継続する。

 ルンはあせる。

 戻りすぎだ。

 嫌な予感がする。

 まずい、まずい!


 時が戻るのをようやく止めたとき、恐るべき光の壁が再びルンを取り囲んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る