第127話 勇者エリカ その二

 時は少しさかのぼる。


◆新魔王城五階 広間


 魔王ヴァールたちの一行は五階の広間から六階の投影映像をただ見続けていた。

 クグツのビルダから六階の自称・魔導将軍ボーボーノに指示は出したものの、管制室での操作に苦戦している様子で未だ六階への階段は降りてきていない。


「まだかや?」

 ヴァールは投影映像から目を離すことなく問いかける。


「まだダ」

 ビルダが答える。


 投影映像の中で、エイダが光学兵器による必殺攻撃を成功させる。ルンを光の壁で包み込んだ。

 光の壁で構成された多面体は縮小していき、ルンを焼き尽くそうとする。

 その時、ルンの時間操作能力が発動した。


 時間が戻されていく。

 光の多面体は拡大し、ばらばらの光の壁に戻り、そして時は光学兵器の発射前へと戻っていく。皆の意識を除いて。


「やりおったか……!」

 ヴァールは戦慄する。

 これほどの現象なのに魔力の使用は感知できない。

 魔法ではないのだ。


 時間が巻き戻り終わった。

 投影映像に表示されている各種データを見るに、時間操作の影響を受けたのは一定範囲内に限られるようだ。この城内だけ時間が少し前のものに戻っている。


 だが奇妙なデータをヴァールは見つけた。天体観測データだ。

「時間を巻き戻されたのは城内だけであろ、どうして星の環も時が戻っておるのじゃ?」


 星の環とは惑星規模の魔道具であり、赤道上空の衛星軌道にあってこの星を取り巻く輪である。

 神話によれば、かつてこの星に生命をもたらした星神が魔力制御のために作りだしたと言われている。


 この星の環は常に回転しており、遠心力で引力と釣り合っている。

 その星の環の回転位置が、時間操作を開始した時点の位置に戻っていた。


「時間操作によって城の時間を巻き戻すときに、星の環の位置も戻したのかや……? いや、何か違うのじゃ…… そもそもなぜ星の環のデータを観測しておる……?」

 ヴァールが閃きかけたとき、投影映像の中でエイダが血へどを吐いた。ルンによる空気弾がエイダを打ったのだ。ヴァールの心はエイダに奪われる。


「エイダ、防御結界を張るのじゃ! どうしたのじゃ、まだ魔力はあるはずじゃ! 身を守るのじゃ!」

 ヴァールの声は悲鳴のようだ。無論、ここからいくら叫んでもエイダに届きはしない。


 龍人ズメイが投影映像のデータを冷静に分析して告げる。

「エイダ殿の魔力が勇者ルンに吸収されております」


「ルンの魔力喰らいは相手に触れなくても使えたのかや……!」

 ヴァールは両こぶしを強く握りしめ、爪が掌にきつく食い込む。

 ルンはずっと本気を出していなかった。いつも遊んでいたのだ。

 それが今、能力を隠すことなく繰り出してエイダを始末しようとしている。


「もうよい、逃げるのじゃ、お願いじゃ、逃げよ、エイダ!」

 ヴァールの血を吐くような叫びが虚しく五階の広間に響く。


 投影映像の中では瀕死のエイダが立ち尽くしている。

 ルンによる攻撃は容赦なく続く。

 かつてヴァールはエイダを死の淵から復活させた。だが肉体を完全に破壊されてしまえばさすがに復活は不可能だ。


 もはやエイダの命の火が吹き消されると見えたとき、様子が変わった。

 エイダの周辺に微粒子レベルの極小魔法陣が出現する。極小魔法陣は増殖してエイダを取り囲み始める。

 

 ズメイが目をみはる。

「これは、なんたる超高等魔法! マイクロ魔法陣を生成し、それを陰の魔法量と陽の魔法量に分離させ、さらに各種属性に展開。相互作用で超高速に属性を変異させながら増殖させていくとは……!」


 龍姫ジュラが頭をひねる。

「ねえ、わけわからないんだけど」


 ヴァールが答える。

「本来は決して混じり合わないあらゆる属性の魔法を混ぜ合わせておるのじゃ」


「そしたらどうなるの?」

「見よ」


 エイダからルンへと流れていた魔力が止まっている。

 ルンは魔力を吸収できなくなったのだ。

 

「ルンは魔力を吸収するために相手の属性と同調する必要があったのじゃろう。それゆえに、あらゆる属性を変異させながら展開している今のエイダには同調できぬのじゃ」

「へええ?」


 ヴァールは投影映像のデータを見つめる。

 数十兆にも増殖した極小魔法陣のひとつひとつがエイダの体細胞に融合していく。

 エイダの傷はたちまち治癒した。 

「じゃが、それだけではない。あれは…… あの技は己を魔法と一体化する…… かつて勇者エリカが使った技」

 

 ジュラはぎょっとする。

 かつてジュラの母アウランが死ぬ原因となったのが勇者エリカ。


 バオウの緊張もやにわに高まる。

 鬼魔族は強固な鋼鉄の身体を持つ。中でも無敵とも呼ばれるほどのバオウを易々と切り裂いて倒したのが勇者エリカ。


 ジュラとバオウは顔を見合わせる。

「本当に……」

「あれが……」


 投影映像の中で、エイダが叫んでいる。

「来なさい!」

 その手には聖剣ヘクスブリンガーがある。かつて勇者エリカのために和平の印として魔王ヴァールが鍛えし剣。魔王の力を封じる剣だ。


 エイダであったはずのその者は、超高等な魔法術式と一つになり、一分の隙も無く剣を構えている。

 いつもと同じ顔、同じ身体のはずなのに、その姿はもうエイダには見えない。ヴァールにとってすら。

 かつて魔法と剣を極めし者と呼ばれた伝説の勇者。


「エリカ…… また会えるとは思わなんだ……」

 魔王ヴァールが力なく言葉を漏らす。



◆新魔王城六階 天井裏


 新魔王城の六階、大広間の天井裏にはメンテナンス用の狭い通路がある。

 そこにサース五世は潜んでいた。

 小さな覗き穴から大広間の様子を伺うことができる。


 大広間ではエイダの様子が一変していた。

 遂にエリカの力を現したのだ。


 勇者は魔王の天敵。

 かつて栄華を極めたヴァール魔王国もまた勇者エリカの手によって滅び去った。

 事態の再発を防ぐために忍王サスケはサースとして聖教団に潜り込み、枢機卿に成り上がり、組織を拡大して勇者を探索させ、対魔王の力を自ら管理しようとしてきた。


 森魔族エルフの寿命は長い。

 人に化けたサースは適当なところで死んだふりをしての代替わりを繰り返し、いまやサース五世だ。

 時をかけて勇者を確保し、魔王の封印を解くための人材も見つけ出した。


 そのあげくがこれかと、サース五世は自嘲する。

 エイダが魔王の封印を解けるのも当然だ。かつて封印したエリカ本人の転生体なのだから。

 そのエリカが今や蘇ってしまったのはどう考えても自分の失策だった。

 エリカとルンを嚙合わせる作戦がなんとか上手くいくことを祈るほかあるまい。


 それが失敗すれば……

 サスケは手の内にある小さな歯車仕掛けの魔道具を確認する。それはこの城の自爆装置を起動する鍵だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る