第124話 新魔王城 最上階 その三

◆新魔王城六階 大広間


 勇者ルンはエイダを相手に喜色満面だった。

「いいね、面白いよ、凝った仕掛けじゃないか」


 床に転がっている外装をルンは軽く蹴っ飛ばす。外装は壁に叩きつけられて駒かい破片となった。

 ルンはエイダを上から下まで眺める。

 エイダはいつもの眼鏡はかけておらず、ツインテールが解けた金髪をばさりと垂らしている。首から紐で提げた小さな袋が胸の谷間に押し込まれていた。

 エイダの身体は要所だけが紫色の水晶駆動部で覆われ、大きく露出した肌に描かれた紋様が水晶駆動部をつないでいる。紋様上には輝点が行き交う。

 エイダの肌を大粒の汗が伝って床に滴り落ちる。無理な動きについてこれず、足はがくついている。


「その外装で戦おうって言うんだ。ま、皮は壊れちゃったけどね」  

 ルンはエイダに迫り、両腕から伸びた牙剣で薙ぎ払った。

 エイダは後ろにとんぼ返りして大きく避ける。

 外装に振り回された動きだ。

 着地したエイダの足が震える。


 エイダが装備している水晶駆動部にはレンズも付いていることにルンは注目する。

「レンズ…… そっか、外装のセンサーかあ。もしかしてそのセンサーで僕を捉えて外装を動かしてるのかな。つまり戦ってるのは君じゃなくて外装だって訳だ」


 ルンは牙剣の大振りを止めて鋭い突きに切り替える。狙うはエイダのまとっている外装だ。

 牙剣の動きに外装のセンサーが反応して水晶駆動部を瞬発させ、エイダはぎりぎり回避する。

 だがルンは連続攻撃の回転速度を段々と上げていく。鼻歌交じりだ。


 無理やりに動かされているエイダの筋肉は断裂していき、肌には内出血が現れる。

 エイダは激しく喘いでいるがその目は生きている。ルンの動きを見逃すまいと凝視していた。


 ルンは違和感を覚える。実際に戦っているのが外装なら、この大魔王を名乗る者はどうしてここにいて何を見ているのか。

「ま、壊してみれば分かるよね」

 攻撃速度を上げるとエイダがぎりぎりついてくる。

 もっと上げてみると、意外にもまたぎりぎり避けてくる。

 

「面白いね! よくできた外装だよ。だったらさ」

 ルンの背後に三本目、四本目の腕が現れる。

 腕は本来のそれよりも長く伸び、さらに先端にある龍の顎から牙剣が伸びた。

 追加腕はまるで鞭のようにしなる。牙剣の先が叩きつけるような音を立てた。音速を超えて衝撃波を発生させたのだ。四本腕による同時攻撃で攻撃は線から面に変わる。


 エイダの肌に傷が走り、血の筋が流れる。

 口から血を吐き、その目からも血があふれている。

 だがその目には喜びの色があった。

「見えます! どんどん分かってきます! これが勇者なんですね!」


 ルンは少し不気味さを感じた。それを打ち消すために腕を増やす。五本、六本、七本、八本。

 もはや線でも面でもない。広大な剣撃空間がエイダを狙う。逃げても避けてもそこは剣撃が占めている。 

 もはや狙う対象もエイダの外装ではなく身体そのものだった。


 ひとしきり剣の暴風を荒れ狂わせた後、ルンは困惑していた。

「どうして壊れない?」

 

 エイダの肌に走る紋様は切り裂かれ、水晶駆動部に動きを伝える輝点はすっかり動きを止めていた。

 だが血に塗れたその姿でエイダはそこに立っている。

 ルンはさらに攻撃をかける。エイダは苦しい様子ながらもかわす。

 外装の水晶駆動部はとうに作動を停止しているのに。


「データが足りません。もっと、もっとお願いします!」

 エイダはまだ立っている。床には血だまりができているのに。


 ルンは戦慄する。嬉しさのあまりに。

「分かったよ、君の気持。認めよう、僕の相手は外装なんかじゃない。君だ、エイダ」



◆地下五階 広間


 広間の空間に投影された映像。

 魔王ヴァールは送られてくるデータを一つも取りこぼすまいと、目を皿のようにして見つめている。


 先ほどからエイダのデータが激しく変動していた。

「格闘家レベル八、十一、十四、十七…… どういうことなのじゃ!?」

「動きが良くなっているのダ。水晶駆動部に振り回されていたのが、自分で制御し始めているのダ」

 小さなクグツのビルダが答える。


 レベルとは究極を百として、そこまでの到達割合を表す。

 エイダは猛スピードで究極へと高まっている。


 映像中のエイダが、牙剣の二本同時攻撃をすり抜けるようにかわす。かわしきれずに傷が増える。

「アイキの技でかわしたナ。格闘家レベル二十一」


 巫女イスカや忍者クスミたちが固唾を飲んで見守っている。

「格闘家レベル三十一! レア級に到達したのです!」


 龍姫ジュラはぽかんとしている。

「この人間、ただの学者だったのに。格闘家レベル三十八?」

 

 鬼王バオウは激しい戦いを見せられて己の闘気を抑えきれない様子だ。

「格闘家レベル…… 四十三! すごい成長速度……!」


 龍人ズメイは眉根を寄せる。

「格闘家レベル五十一。エピック級。このような成長はありえないのですよ。つまり……」


 映像の中では、ルンの攻撃がエイダの外装を次々と壊している。紋様が切り裂かれて制御信号を水晶駆動部に伝達できなくなっていく。


「ルンめ、なぶって遊んでおる!」

 ヴァールは歯を食いしばる。


 バオウが頷く。

「クグツの機構だけを狙ってみせることで、相手にならないって言ってるのね……」


 紋様が切り裂かれ、エイダの身体を駆動する仕組みが機能しなくなっていく。

 水晶駆動部から紫色の光が消えてしまう。


「なのに、どうしてなのです?」

 クスミは戸惑っている。

「格闘家レベル六十二! 動きがもっと良くなっているのです!」


 映像中で、八本の牙剣が空間ごと破壊するかのようにエイダへと迫る。

 絶対に避けられる訳がない。


「アイキ奥義、穂波だナ」

 ルンの攻撃をエイダがすり抜けるかのように避ける。

「格闘家レベル七十」


「レジェンド級です!」

「凄いですわ!」

 クスミたちが歓声を上げる。


「このままいけば……」

 ズメイの声には憂慮の色がある。


 エイダがまとっている水晶駆動部の働きは既に完全停止している。

 今の動きはエイダ自身によるものだ。

 彼女の出身地は武道のアイキが盛んであり、エイダにも多少のたしなみはある。ビルダにアイキの技を組み込んだのもエイダだ。

 だがその腕前はほぼ素人のはずだった。

 そんな才能の片鱗もなかった。


「成長ではない。変貌でございます」

 ズメイがつぶやく。


 エイダの中から別の存在が姿を現そうとしている。

 そんな思いが浮かび上がってくるのをヴァールは懸命に否定する。

「格闘家レベル九十。頂点たるマスター級かや。エイダ……!」


 映像の中では目にも止まらない速度でルンとエイダの攻防が続いている。

 ルンから伸びる追加腕は十六本に達している。

 エイダはすり抜け、かわし、弾き、跳び、かいくぐる。

 だがエイダからの攻撃は未だない。


 エイダは避け続けながら大広間の各所に散らばったものを拾い集めている。

 この大広間に運んできていたパーツ類だ。

 エイダのねじ回しが煌めいてパーツが形を成していく。


 ルンの猛攻。

 エイダの防御、そして組み立て。


 エイダが組み立てていくパーツは長い筒が束ねられて、そこに円いレンズ上のものや可動機構が組み合わさっている。

 エイダの声が聞こえてくる。

「励起源配置、媒体設置、増幅器完成、制御系接続」


 長い筒のようなものが組み上がる。

「できました! これが私の武器です!」

 エイダはその武器を構え、そして胸の谷間に手を当てる。その奥には小さな袋が収められている。

「勇者ルン、ここからが勝負です! 見ていてください、ヴァール様! 我こそはヴァール様の伴侶、エイダ!」


 投影映像には異なるデータが表示されていた。

 ヴァールは震える声で読み上げる。

「エリカ、勇者レベル百」

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