第123話 新魔王城 最上階 その二

◆新魔王城五階の広間


 新魔王城の六階でエイダと勇者ルンが戦闘を繰り広げている中、五階では魔王ヴァールの一行がその様をただ観戦させられていた。五階から六階への階段はエイダによって封鎖されていて六階に行けないのだ。


 六階の中継映像が広間の空中に投影されているのを一行は取り囲んで観ている。

 映像の中ではルンの両腕から伸びる牙剣がエイダを上下左右に切断したかのように見えた。


 ヴァールの顔から一瞬で血の気が引く。

 極限まで見開かれたヴァールの瞳に映ったのは、六階の床に四分割されたエイダの身体が転がる様。

 ヴァールの息が止まる。意識が遠のく。


「あれは!?」

 クスミが叫ぶ。

 

 床に落ちているのは、よく見ればエイダではなかった。エイダそっくりだが中空の人形が切り裂かれたもの。大魔王の扮装をしている。

 そしてその後ろにエイダの健在な姿があった。構えて立っている。


 エイダは、身体の大半を剥き出しにして要所を紫の水晶で覆っている。素肌に描かれた紫色の紋様が要所と要所を結んでおり、紋様の上を輝点がゆっくり行き交っている。まるで全身に刺青を入れた戦士のようだ。

 エイダが動くと、それに合わせて輝点が流れる。輝点の動きは身体の動きと連動しているようだった。


 小さなクグツのビルダがエイダの様子を見て、

「あの紋様はクグツの神経網、水晶はクグツの駆動部だナ」


 巫女イスカが頷く。

「クグツの機構を被ることで、大出力で高速反応なクグツの水晶駆動部を使って身体をクグツ並みに動かしているのですわね。さすがエイダさんですわ。でも身体への負担が大きすぎるのでは……」


 ヴァールは黙って硬直している。

 龍姫ジュラがヴァールの顔を覗き込む。ヴァールの目は見開いたまま動いていない。

「ヴァールお姉ちゃん……?」

 ジュラが軽く手を触れるとヴァールは硬直したまま倒れていく。立ったまま気絶していたのだ。

「え!」

 慌ててジュラはヴァールを抱き支える。

 今やジュラは大人の姿に成長しており、ヴァールを支えるのは軽いものだった。


 ジュラはヴァールのほっぺを軽くぺしぺしする。ヴァールの瞳が動く。映像の中で動いているエイダの姿を捉える。

「良かった、夢じゃったか…… エイダとルンが戦うなどありえぬ。まったく、エイダは研究者なのじゃぞ。 ……夢ではにゃい!?」


 投影映像の中ではエイダとルンが改めて向かい合っている。

 二人には各種の数字や記号などのデータも重なって表示されていた。

 エイダのデータは魔力や生命力といった身体データの他、格闘家レベル五と示されているのが目立つ。初心者に毛が生えた程度だ。 

 対するルンには勇者レベル百の数字が踊っていた。大人と子どもどころではない圧倒的な格差だった。


 ルンが動き、エイダがぎりぎりで避ける。

 エイダの身体は水晶駆動部によって無理やりに引き絞られて動いているのが見て取れる。関節は過負荷に痛めつけられ、筋肉には断裂が発生しているだろう。


 イスカが顔を曇らせる。

「やはり人間の身体では水晶駆動部の大出力に耐えられませんわ」


 ヴァールはジュラの腕から離れて投影映像に駆け寄る。表示されたデータを凝視する。

「エイダ、この分析を余に見せたいのかや。聖女神の勇者とは何者なのか暴けというのじゃな…… でもこのままでは殺されてしまうぞよ!」


 ビルダ用のパーツをまとったエイダの姿を見て、ふとヴァールは疑問を覚える。

「エイダがどうしてビルダの部品を持っておったのじゃ?」


 クスミがビルダを見る。

 ビルダはごまかしきれないと観念して、

「ビルダが予備パーツを持っていって渡したのダ」


 クスミはビルダをじっと見て、

「ビルダは六階で活動していたのですね」

「そのことではもうたっぷり叱られたのダ!」


「そうではなくて、六階にダーマからの魔力信号が届いていたんですね」

「届かないと動けないのダ」


 そこでヴァールがあっという顔をする。

「六階は閉鎖されているものとばかり思うておったが、魔力信号は封鎖されておらんのじゃな!」


 クスミが思案して、

「以前、この城で戦った時には魔力信号が封鎖されていて、魔法掲示板マジグラムも使えなかったです」

「魔法掲示板で外界の様子を探るために通信ポートが開放してある、だからビルダも動けると、エイダが言ってたのダ」


 ズメイが頷いて、

「であれば、通信も可能ですな。六階の魔力統御結晶を掌握できないものでしょうか」


 ビルダがぶんぶんと頭を振る。

「直接アクセスしないとプロテクトは破れないのダ」

「魔法掲示板であればどうです?」

「それぐらいならアクセスできるノダ」


 ヴァールが眉根を寄せた。

「しかし六階の魔法掲示板に連絡をしても、エイダもルンもサースも話を聞いてはくれぬであろ」


 そこでジュラと鬼王バオウが顔を見合わせる。

「人間がいたよ!」

「確か、ボーボーノとか」


 クスミが両手を打ち合わせる。

「上の階に逃げていった男です! ゴッドワルド男爵の手下の!」


「ううむ……」

 ヴァールは不快な顔になる。そもそも男爵たちがエイダを拉致監禁していたのだ。


「連絡をとるだけとってみるのがいいです。ビルダ、お願いなのです」

 クスミから魔法掲示板の小さな石板を渡されたビルダはアクセスを試みる。ビルダ本来の人格であるダーマが表れる。


<六階の魔法掲示板を探索します……>

<複数の魔法掲示板を認識……>

<魔法掲示板の識別情報を読み取ります……>

<登録者名ボーボーノ・ザーザーノの魔法掲示板を確認……>

<接続を試みます……>

<拒絶されました。強制接続を試みます……>

<プロテクトを解除しました>

<接続に成功しました>


 しばらく無言でうつむき静止していたビルダは顔を上げた。

「つながったのダ」

 魔法掲示板をヴァールに渡す。


 ヴァールはおぼつかない手つきで魔法掲示板を使う。

「こちら魔王、要求がある、返答せよ、と」

 


 少し待つと、慌てた調子の返答が書き込まれてくる。

「ふむ、要求は何かじゃと。六階から五階に階段を降ろして使えるようにせよ、と」


 イスカが魔法掲示板を覗き込んで、

「報酬を示しませんと、このような輩は従いませんわ」

「こやつに報酬をじゃと…… ううう、止むを得ぬ。代わりに十分な報酬を与える、と」


 ヴァールは返答を読んで眉をひそめる。

「殺されるから嫌じゃと? おのれ、値段を釣り上げてきおったか! --望みをかなえるから述べてみよ、と」


 ばたばたと返答が来る。

「なになに、盗人猛々しいやつじゃな。身の安全の保証、自由の保証、仕方ないかや。男爵の財産を返還じゃと、見つけたものはもう売り飛ばしたから残ってないぞよ。六階のものだけでも? ふむ、それぐらいは呑んでやろう……」


 ヴァールは魔法掲示板でのやりとりを続ける。

「む、男爵を無罪放免してほしいじゃと? 男爵の身柄を預かっているのはレイライン王じゃぞ。なに、どうしてもこれだけは譲れない? こやつにも主を思う心があるのかや……」


 しばし考えてから、

「よかろう。レイラインには余から話を通すのじゃ。男爵は解放してやる、と」


 イスカが心配顔になる。

「レイライン王相手では、高いものにつくかもしれませんわ」

「背に腹は代えられぬ。……なになに、これだけ条件を出しておいて、どうやれば階段を降ろせるのか分からぬじゃと!」


 ビルダがヴァールに手を伸ばして魔法掲示板を受け取る。

「ビルダが指示をするのダ。六階の魔力統御結晶にアクセスさせるのダ」

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