第112話 新魔王城 四階 その五

 新魔王城の三階。

 人の目に留まらない十分の一ミルというサイズに縮むことでようやく暗黒洞結界を脱出した魔王ヴァールは、魔力統御結晶の部屋にたどりつき、結晶の上で魔力の限りを尽くして身体を大きくした。


 その結果を魔王本人がまじまじと確認する。

 目前にいるビルダと同程度のスケールだ。ビルダは百五十ミルのほどの小さな人形サイズ。ヴァールの方が少し小さい。

 周囲にそろっている新四天王たちは、ヴァールから見ればまるで巨人のよう。

 彼女たちは目を丸くしてヴァールを見つめている。


「魔王様の人形なのです?」

 結晶の上に立っている小さなヴァールを、忍者クスミが覗き込んでくる。

 ヴァールにとっては巨人が近づいてくるかのような圧迫感だ。

 思わず後ずさる。


「動いたです!?」

「クグツでしょ~ ビルダみたいな」

 巫女イスカが寄ってくる。

 今度はまるで丘のような胸の圧迫感がきつい。

「魔王様のクグツだなんて恐れ多いことですわ~ でも素晴らしい完成度、この服なんてとてもよくお似合いですわ!」


「この子、誰に作っていただいたのかしら!?」

 女神官アンジェラもやってきた。

 揺れる山のような胸にヴァールの視界がふさがれる。


「クグツではない! 余なのじゃ!」

 ヴァールが小さい身体で懸命に叫ぶ。


 龍人ズメイがヴァールを眺めて、

「確かに、陛下御本人にあらせられますな」


 ズメイは淡々と説明を続ける。

「陛下は暗黒洞結界を出るために次元縮小の魔法をお使いになられたのでしょう。して、なぜ元の大きさにお戻りにはなられないのか」


 ヴァールは口をへの字にする。

「戻るには魔力が全然足りんのじゃ!」


 このやりとりを聞いて、イスカたちは驚きに顔を見合わせる。

「陛下!?!

「え、本物の魔王様なのです?」

「た、大変な失礼をしてしまったかしら」


 騒ぎを聞きつけて、周囲にいた冒険者たちが集まってくる。

「まじかわいい!」

「愛らしすぎる!」

「手乗り魔王様!」


「ううう、無様な姿を見るでない!」

 ヴァールは小さな顔を赤くして、ビルダの後ろに隠れようとする。


「小さい魔王様が無様なら、小さいビルダも無様なのカ?」

「魔法に失敗したのが無様なのじゃあ!」

 魔王ヴァールは叫ぶ。


「だったら、ルンにまた負けたビルダも無様だナ……」

 ビルダはビルダでヴァールの後ろに隠れようとして、丸い結晶から二人とも滑り落ちそうになる。


 ズメイが眉根を寄せた。

「この御姿では、敵との戦いに危うすぎるというもの。安全な場所でお守りせねばなりません」

「余は早く上の階まで行かねばならん! ルンの力をエイダに伝えねばまずいのじゃ。操術にかかった者たちも心配でならぬ。そのためにかような姿をさらしてまで出てきたのじゃぞ!」

「我々は気持ちを陛下と同じくしております。ゆえにお任せください」

 ズメイは手を差し出して、ヴァールをその手に収めようとする。


「いやじゃ! 余が行かねばならぬのじゃ!」 

 ヴァールは結晶を飛び降りて、地面に降り立った。

 マントを翻して脱兎のごとく駆け出す。


 ヴァールから見ると巨人たちの足だ。その間をちょろちょろとすり抜けながら走る。

 皆はヴァールを探して右往左往。

「あ、そっちに」

「逃げられる! クスミ、魔王様を追って!」

「はいなのです! うわ、速いのです!」

「魔王様が肩に! かわいすぎる!」

「頭に乗られた、もう死んでもいい! え、もう行っちゃうの!」

 大騒ぎである。


 皆がヴァールを追っていった後に残されたのは、巫女イスカ、杖を持ったズメイと小さなビルダ。


「ビルダも追っかけてくるのダ」

 結晶から降りようとするビルダをイスカが制した。


「お待ちなさい。ビルダさんには聞きたいことがありますわ~」

 イスカの声にビルダがびくりとする。丁寧な言い方が怖い。


「この階の制圧を拒否して、四階行きを邪魔しましたわね」

「す、少し時間をかけただけなのダ」

 ビルダは左右を見て、自分も逃げ出そうと様子をうかがう。ズメイが杖を構えており、隙を見せない。


「私もあなたに聞きたいことがございます。四階に先回りできていたのはなぜですか」

 ズメイの冷静な声がまた怖い。

 ビルダは観念した。


「エイダと入れ替わったとき、代わりにルンと決闘させてくれるように約束したのダ」

「それは予想どおりですね。上の階で得た情報は無いのですか」


「六階で、ジュラとバオウが意識を回復していたのダ」

「なんですと!?」

 ビルダはエイダから聞いたことを説明する。

 蘇生魔法を使うことで、ネクロウスの操術から一時的に解放されること。

 銀血は微小な粒子の集まりであり、粒子はひとつひとつ生きていること。

 それらは少しずつ死に続けていて、死ぬと魂が支配先の肉体に転生すること。

 蘇生魔法はこの死を邪魔すること。

 どうして上書き転生できるのかは分からないこと。

 不完全な転生なので正常な意識は失われてしまうこと。


 そしてこの仕組みはおそらく聖女神の勇者にも関係していること。


「なるほど、回復魔法で一時的に操術を妨害できる理由が分かりました。しかし、どうしてそのような転生が可能であるのかは私にも理解できませんな……」

 ズメイは顎を撫でる。


 イスカは不思議そうな顔をする。

「どうしてこんな大事なことを黙っていましたの?」

「怒られる時に話せば機嫌が良くなると思ったのダ」


 イスカがみるみる怒り顔に変わる。

「ビルダはまだまだ人間の学習が足りないようですわね…… みっちり下働きを手伝ってもらいますわ。たくさん学べますわよ~」

「ごめんなさいなのダ! 退屈なのは嫌いなのダ! 許してなのダ!」


 ビルダはむんずとイスカから掴まれる。

「許されませんわ」


「さて、イスカ殿。私は先に四階を見てまいります」

「御一人で? 部隊を組んでからがよろしいのでは~?」

 イスカはズメイの杖を心配そうに見る。

 ズメイはヴァリア市地下での戦闘でバオウから全身を砕かれた。如何に高度な魔法を操る龍人とはいえ蘇生できたのは奇跡的だ。あれ以来、ズメイは杖を突いている。


「またネクロウスは操術を仕掛けてくるでしょう。大勢では行かない方がようございます」

「それにしても危険ですわよ」


「そろそろ身体慣らしをしませんとな。陛下のおっしゃったように、勇者ルンが先行して好き勝手暴れるのも心配でなりません。ジュラ姫を早くお助けせねば……」

「きっと罠がありますわ」

「対策は考えております」

「……それほどおっしゃるのでしたら。ーーでも撮像具はお持ちくださいませ」


 撮像具を渡されたズメイは四階階段への扉を開く。


「お気をつけて」

「がんばるのダ。ルンはビルダの獲物だから取っておくのだゾ」

 余計なことを言ったビルダは、イスカからきつく握りしめられる。


 ズメイは一礼してから階段を上がっていく。

 彼の服の背中部分がもぞりと動いたことにイスカは気が付かなかった。


 四階の二重扉を抜けると、舞踏の間が広がる。

 天井には豪奢なシャンデリア、壁には大きな飾りガラスの窓が並ぶ。床や柱は宝石で作られたかのような透き通った輝きを放っている。


 その美しさとは不釣り合いなものが床の中央に転がっている。黒焦げになったビルダの残骸だ。

「勿体ない。ここまで破損しては再生しようがありませんな…… さて」

 ズメイが背中に手をやろうとする。そこから小さな姿が飛び出してきて、くるりと床に降り立った。

 魔王ヴァールだった。


「ばれておったかや」

 いたずらっ子っぽくヴァールが笑う。


「止めても御一人で向かわれてしまうでしょう。お供を仕ることにいたしました」

 無表情なズメイだが、その声は微かに笑っているようだ。


「一人ではないのである。妾もいるのである」

 ヴァールの着ている服がしゃべる。魔装キルギリアだ。


「では、参るとしましょうか。出迎えでございますぞ」

 ズメイが天井を見上げる。

 そこからは銀血が滴り落ちようとしていた。

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