第113話 新魔王城 四階 その六

 勇者ルンを追って新魔王城四階に上がり、舞踏の間にやってきた魔王ヴァール、龍人ズメイ、そして吸血鬼キルギリア。キルギリアは魔王のまとう魔装に変化している。

 一行が侵入するや、舞踏の間の天井からは銀血が降り注ぎ始めた。

 大四天王の一人、ネクロウスが一行を待ち受けていたのだ。


 銀血からはネクロウスの声が聞こえてくる。この銀血こそがネクロウスである。

「吸血王キルギリア、よくも私を裏切りましたね」

「冥王ネクロウスよ。そなたは妾に戦いを頼み、妾は魔王との勝負を条件とした。この約定のとおりに戦い、勝負しただけであって、裏切ってなどいないのである」

 キルギリアは哄笑する。


 銀血が沸騰するように泡立った。

「勇者ルンを止めなかったではないですか! 魔界をしろしめす吸血鬼の支配者、吸血王ともあろう者が!」

「笑止。そなた、よもや妾を魔族の守護者とでも思っているのか? 妾は思うがままに生きて望むがままに血をすする欲望の王であるぞ」


 銀血のネクロウスは歯ぎしりするような音を立てる。

「勇者ルンは愛しき君の天敵なのですよ!」

「愛しき君とは、我が妹背、ヴァールのことであるか。勇者よりもそなたの方がよほど妹背の敵のようであるぞ」


「私は! 愛しき君を守り抜くために! 如何なる手を使ってでも我が物にせねばならないのです!」

 天井から銀血が滝のように流れて、魔王たちのいる場所に降り注ぐ。


 ヴァールはズメイの肩に乗る。

 ズメイは防御結界を張る。

 銀血は降り続け、床にたまり、まるで巨大なナメクジのような形をとる。


「銀血で襲ってくる手は予測どおりでありますな」

 ズメイの防御結界が、ナメクジの飛ばしてくる銀血を弾く。


「ズメイ! 悪名高き東海の悪龍がなぜ、我が愛しき君に尽くすのです! 強大な魔法の技と龍の力をもって殺し、奪い、暴虐の限りを尽くしたあなたが! 飽きずに人を殺していればいいものを!」

 ネクロウスが苛立った調子でズメイを非難する。


 ズメイはため息をついた。

「昔の恥をまだ覚えている者がいたとは、困ったものでございます。龍王アウランにきつくお仕置きされましてな。更生を誓ったのでございますよ」

「アウラン? 先代の勇者に負けて殺された龍王ではありませんか」

「……アウランを侮辱すれば許しませんぞ」

「どう許さないと言うのです! 病み上がりのようですが、杖無しでは歩けもしないのではないですか」


 滝のように銀血が降り注ぎ続け、ナメクジは数十メルもの大きさになる。

 ナメクジはズメイの防御結界を飲み込もうと近づいてくる。


 ズメイの肩に乗っているヴァールは意外な顔をして、

「ズメイよ、汝はアウランの友であったのかや」

「……アウランにはよく殴られたものでした。あげくに姫を頼むと誓わされたのでございます」

 そういうズメイの顔は楽しそうで、辛そうで、そしてネクロウスへの怒りに満ちていた。


「ズメイよ、こ奴など構うことはない。先に進もうではないかや」

「……左様でございますね」

 ズメイはナメクジを置いて防御結界を奥に進めようとする。


「愛しき君よ! お待ちください!」

 ナメクジから金切り声。


 気にせず進もうとしたズメイは動きを止める。

 奥から何者かが接近してくる気配。


 にわかにズメイの怒気が膨れ上がった。

 接近してくる者の正体に気付いたのだ。


 ズメイの肩に乗って執事服をつかんでいるヴァールも、思わず手の力を強める。

 四階出入り口から続々と現れたのは鬼王バオウと鬼魔族の戦士たち、それに龍姫ジュラだった。

 彼女たちの目に意識の光は見られない。ネクロウスの操術に支配されている。


 鬼魔族たちは回り込み、三階への出入り口を封鎖する。

 四階出入口を封鎖するのはジュラ。


「姫……! なんという御姿に……」

 常に冷静沈着なズメイが怒りを露わにしていた。口から龍の牙が覗く。


「ふふふ、愛しき君よ、逃がしはしませんよ」

 ネクロウスのナメクジが笑うかのように震え、鬼王たちに指示を出す。

「愛しき君を捕らえなさい。少々傷がついても構いません。ズメイは今度こそ仕留めるのです」


 ズメイは静かに、怒りに満ちた声で言う。

「かつて好き放題に暴れて悪龍と呼ばれたこの私は、たぎる血を抑えるために我が身を縛ったのでございます。しかし、もはや我慢の限界! 戒めを破る! アウランよ許せ!」


 ズメイは杖を放り捨てる。

 その全身に魔力がみなぎる。

 老いた顔が若返っていく。

 美しく、そして恐るべき力に満ちた青年の姿へとズメイは変貌する。


 さらにズメイの変貌は続く。

 人の身体が龍に変わっていく。

 赤い龍鱗に覆われ、その身体は大きくなっていき、人間の十五倍ほどにも至る。

 鋭い爪を備えた前枝、太い後肢、背中には翼を持ち、長い尾を引きずっている。

 そして、かつて現れたときは三つ首だったのが今や九つもの首を持っていた。

 全ての首が咆哮する。舞踏の間全体が震える。


「これが、悪龍ズメイ、真の姿かや!」

 ヴァールは中央の頭上に乗って感嘆した。


「九頭龍? こけおどしは止めなさい。鬼王の一撃で倒された癖に!」

 ナメクジの半分ほどが分離し、鎧のように変形して鬼王バオウにまとわりつく。


 ジュラも海龍の姿に変化する。身の丈は数十メルにも及び、ズメイよりもずっと大きい。

 残っていたナメクジがひものように伸びてジュラにまとわりつく。


 前方に海龍のジュラ。

 後方に鬼王たち。

 ズメイとヴァールは包囲されてしまった。


 バオウは拳を振り上げ、ズメイの防御結界を殴りつける。

 防御結界は歪み、ズメイの巨体ごと飛ばされる。

 飛んだ先にはジュラ。


 ジュラの口から衝撃波が発された。

 防御結界の表面が激しく波打ち、また弾き飛ばされる。

 

「多重仮身召喚」

 ジュラにまとわりついたネクロウスの叫び声が響く。

「多重仮身召喚」

 ジュラも同様に唱える。

 ジュラの周囲に多数の亜空間が生じて、そこから様々な色彩の海龍が続々と飛来してくる。

「どうです! 操術の欠点は意識の働きを鈍らせるために魔法が使えなくなることですが、直接操ればこのとおり! 高度な魔法とて可能なのです!」

 ネクロウスが嘲笑う。


 多数の龍と大鬼に包囲されてしまったヴァールたち。

 圧倒的に不利な状況のようだった。

 だが彼女たちの顔に不安の色はない。ただ怒りと悲しみ、そして相手への想いがある。

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