第111話 新魔王城 四階 その四

 魔王ヴァールによる新魔王城の制圧は三階にまで至った。

 これで三階までの施設は魔王の思うがままになったのだ。ただし肝心の暗黒洞結界を除いて。

 魔王ヴァールを捕らえた暗黒洞結界は六階から直接管理されていて、三階からはどうにもならない。

 

◆新魔王城 三階 暗黒洞結界の内部


 自分しかいない暗黒洞結界の中で、魔王ヴァールは一人遊びに励んでいた。

 かつて三百年閉じ込められていた間に自ら作りだした多人数対戦型・歴史シミュレーション・ボードゲームを一人四役で四人対戦しているのである。


「ここまでのようじゃな、ヴァール乙!」

「へっへええん、そうは問屋が卸さないもん、くらええヴァール甲」

「なんじゃと、それはずるいのではないかえ!?」

「くくく、甲乙丙が争っている今の内に魔法を進化させておくとしようぞ……」


 ボード代わりの魔法陣を囲んでせわしなく遊んでいるように見えるが一人である。

 明るく楽しく会話しているヴァールの顔に、ときどき虚しそうな表情がよぎる。


「やったあ、勝利条件条件なのじゃああ!」

「ヴァール丁、いつの間に!?」

「えええ、あたしの勝ちだったのに!」

「素直に敗北を認めよ!」


 今回の勝負が決着した。勝者はヴァール、敗者はヴァールである。

 莫大な量の駒をヴァールは一人で並べ直し始める。


「……まだ続けるのかや」

「他にやることもないであろ……」

「ねえ、別のやろうよ、お金稼ぐやつ!」

「あれはもう飽きたと言うておったではないかや」


 そこに別の声。

「妹背よ、これは面白そうな遊びであるな」

「にゃ!?」

 驚いたヴァールは飛び上がる。


 霧が凝集して吸血王キルギリアの姿をとる。

 キルギリアは興味深そうに魔法陣を覗き込む。

「この星の歴史をたどる駒遊びであるか。我ら吸血鬼魔族も再現されているのが良いのである」

 暗黒洞結界に開いている小さな空気穴を通ってキルギリアは戻ってきたのだ。


 キルギリアは首を傾げる。

「しかし妹背よ、一人で何を話していたのだ?」

「き、気にするでない!」

 ヴァールは顔を真っ赤にしている。


「残念ながら妹背に伝えねばならぬことがある。悪龍ズメイからの伝言だ」

 三階まで制圧するも暗黒洞結界は解除できなかったこと、四階で勇者ルンとビルダが対決してビルダが敗北したことなどをキルギリアは語った。


「つまり外から暗黒洞結界を解除するには当分かかるのである」

「……当分とはどれぐらいじゃ?」

「プロテクトを破って統御権を得るまでに数年間とのことであった」

「ぐぬぬ……」


 意気消沈したヴァールだが、キルギリアは楽しそうだ。狭い空間で、ヴァールにぴったり寄り添ってくる。

「ふふふ。妹背よ、二人っきりであるな」

「……」

「そうだ、この遊びを我とやろうではないか」

「……よいぞよ」


 ヴァールは莫大な量のルールを説明し始める。

 その説明と駒並べだけでずいぶんな時間が経過した。

 ようやく準備が終わり、二人の対戦が始まる。

 異界で悠久の時を経てきた不死者にとってはなにほどでもないのか、ヴァールと共にいるのがうれしいのか、キルギリアに疲れた様子はない。


「では、古代の魔王たちの中からどの魔王になるかを選ぶのじゃ」

「この破壊神クロシスを使うのである」

「ほう、勝利条件に世界破壊を選ぶかや。余は世界守護の龍神を使うのじゃ」


 対戦しながら、キルギリアは勇者ルンとビルダの勝負について話す。

「そういう訳で、良いところまではいったのだが、時間を戻されて負けたそうである」

「時間を戻す…… ルンはそんなことまでやれたのかや。いかな魔法といえどもそのような世界の法則に反することは不可能じゃが、いったい……」


 ヴァールが指した手を見て、キルギリアは眉根を寄せる。

「先ほどの手は失敗であった。手を戻すのである」

 キルギリアは二人の駒を動かして元に戻そうとする。


「待ったは無しじゃ!」

「しかし妹背よ、そのようなことは聞いていないのである」

「言われるまでもないであろ、反則じゃ。元に戻してはならぬ…… 元に戻す? 反則? もしかして、ルンは、つまりそういうことかや?」

 ヴァールは考え込み始める。


「早くエイダに伝えねば…… このままではエイダは負けるのじゃ」

「妹背?」

「キルギリアよ、この暗黒洞結界に開いている穴の大きさはいかほどじゃ」

「十分の一ミルほどであるか」

「小さいのう……」


 ヴァールは自分の足元から上までを眺める。

「ーーやっとここまで育ったのじゃが、でも、やるしかないのじゃ」

 ヴァールはゲームに使っていた魔法陣を消す。


縮空変換マイクロ・トランスフォーム

  ヴァールの上下左右に新たな魔法陣が生じる。

「危ないぞよ。巻き込まれないように、キルギリアはここを出よ」

 それを聞いたキルギリアは霧に変じて、しかしヴァールにまとわりつき魔装となる。きらびやかにして魔力に満ちた装束だ。


「危ないと言ったであろ!」

「妹背を守るのが我の務めである」

「……すまぬ」


 ヴァールの周囲にある魔法陣が発動する。紋様が複雑に変異しながら輝きを放つ。

 ヴァールを取り囲む光の球が生じる。

 球は内部のヴァールと魔装キルギリアごと縮小していく。


 球はみるみる縮小していき、人の目に留まらないほどに小さな十分の一ミル以下にまで縮まった。


「もういいじゃろ」

 球は弾けて消える。魔法陣も消失する。

 そこには小さな小さなヴァールがいた。これもまた小さな魔装キルギリアのマントがはためき、ヴァールを宙に浮かべている。


「なんとか千四百ミルを超えた背が、今や十分の一ミルかや…… でも、やむを得ぬのじゃ。外に出るぞよキルギリア!」

「共に行こうぞ」


 ヴァールは飛び、暗黒洞結界に開いた小さな穴を見つけ、通り抜けた。

 暗黒洞結界の外だ。ヴァールは自由を取り戻した。


 小さい姿のまま、ヴァールは皆を求めて飛ぶ。

「妹背よ、元の大きさに戻らないのであるか?」

「……この魔法は大量の魔力を失うのじゃ。そう簡単には戻れぬ」


 ヴァールは魔力統御結晶の部屋を見つけた。新四天王たちもそろっている。

 だが誰もヴァールに気が付かない。


 ヴァールは魔力統御結晶の上に降り立った。そこには今のヴァールから見ればはるかに大きなビルダも座り込んでいる。

 身体に魔力を込める。少しだけサイズが元に戻る。

 もっと込める。もうちょっとだけサイズが大きくなる。


「妹背よ、我が魔力も使うのである」

「その魔力はハインツから奪ったものではないのかや?」

「彼も喜んで主君に命を捧げるはずである」

「そうかのう…… しかし今はありがたく使わせてもらうとしようぞ」


 魔装から流れ込んでくる魔力を使う。

 ヴァールの身体は大きさを取り戻していく。

 そしてヴァールは魔力を使い切った。


「見よ!」

 ヴァールは叫ぶ。

 

「魔王様? 突然現れたのダ!?」

 ビルダが驚きの声を上げる。


 ビルダは目を丸くしてヴァールを眺める。

「魔王様がちっこいのダ」


 そこには小さなビルダと同じ程度の背丈となった手のひらサイズの魔王ヴァールが立っていた。小さな赤いマントをひるがえして。

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