第110話 新魔王城 四階 その三

 新魔王城の四階、舞踏の間。

 そこで勇者ルンと新四天王ビルダの対決が決着しようとしている。


 勇者ルンの貫手がビルダを腹部から頭まで真っ二つに引き裂いた。

 ルンはさらにビルダの首を飛ばそうとする。

 だがそこで動きが止まった。

 信じられないものを見ていた。

 自分の胸から手が生えている。ビルダの手が。


 ルンの心臓をビルダの手が正確に貫いていた。

 背中から刺した手が胸まで貫通している。

 ルンの血が噴出する。


「いったい……?」

 ルンの目前にいるビルダは、確かに上半身を破壊されている。

 しかしルンが振り返ればもう一人のビルダがそこにいる。


「そう、かあ、投影映像!」

 血を吐きながらルンが言う。


 上半身が破壊されているビルダ。

 向こう側が透けて見える。実体ではない。投影映像なのだ。


「この階は舞踏の間ダ。練習や演出のために三次元映像をどこでも投影できるのダ」

 ビルダが告げる。

 投影映像のビルダはノイズ音と共に消滅する。


「でも、この僕が、映像を見抜けないなんて、そんな訳ないのに」

「映像とビルダが、ずっと重なってたからナ」

 ビルダは満足げだ。

 見ればビルダは腹部から上が切り裂かれ焦げている。

 ぎりぎりの瞬間までビルダと映像は重なり一体となって動いていたのだろう。


「ビルダからルンに触れれば魔力喰らいにやられてしまうダロ。だからルンに打撃されるときをずっと待ってたのダ」

「打撃するときは、僕も魔力喰らいを止めるからねえ…… はは、よく考えたもんだよ」


 ルンの足元に大きな赤い血だまりができる。

 ビルダの道着も返り血に染まっている。


「ビルダの勝ちだ。治療しに行くカ?」

「いや、不要だよ。……ほんと、がんばって考えたもんだ。君を面白くないって言ったことを謝る。君はすごかった。僕にここまでやらせるんだから」

 

 なにかを察知したビルダはルンから反射的に離れようとする。

 だが動けない。


 ルンを貫いていたビルダの手がゆっくりと戻っていく。

 落ちていた床の血が浮き上がり、ルンの胸へと吸い込まれる。

 ルンの傷口がふさがり、血の汚れも消える。


「なんなのダ!?」


 ビルダの手はルンから引き抜かれ、その手にも血の汚れは無い。

 まるで映像を逆再生するかのように、ビルダは元の位置に戻っていく。


「おかしいのダ、ありえないのダ!」

「えっとさあ、僕は物の動きをいじれるじゃない。ある日、思ったんだよね。だったら時間の動きもいじれるんじゃないかって」


「変なのダ、思考の時間は正常なのに物の時間だけ異常なのダ、こんなこと間違ってるのダ!」

「そう、それだよ! 僕はね、世界の法則を間違わせることができるんだよ! じゃ、やり直しね」

 

 ルンの貫手突きが改めてビルダを貫く。

 ビルダは先ほどと同じく後ろに回り込もうとするが、ルンは待ち構えた動きでビルダを上下に両断する。

 ビルダの上半身は内部から部品と油をまき散らしつつ床に落ちる。下半身も倒れる。床に黒い油が広がる。


 ビルダによる空気排出指令が解かれて、舞踏の間に空気が戻ってきた。

 ビルダの部品が火花を放ち、油に発火する。

 ビルダは黒煙を上げて燃える。


「次……」

 炎の中からビルダの声。


「次にも期待してるよ、じゃあ」

 燃えるビルダを置いて、ルンは先に進んでいく。



◆新魔王城 六階 エイダの居室


 エイダはがっくりと鏡に手を付いた。

 鏡には四階の様子が映されている。燃え上がるビルダの姿がエイダの胸を痛ませる。


 これは作戦どおり、ビルダに忠告したとおりだ。

 ルンには勝てっこない。

 戦えばビルダは負ける。

 それでもビルダは挑んだ。


「ありがとう、ビルダ」

 聖女神の勇者からデータを採ることはできた。

 想像をはるかに超える存在だ。

 自分はこんな相手に向かって大魔王を名乗り宣戦布告したのだ。


 鏡の映像は消え、エイダ自身の姿が映る。

 その姿にビルダの燃える姿が重なって見えて、エイダは震える。


 エイダは両手で大切なものを握りしめた。

「魔王様、どうかあたしに…… 勇気をください」



◆新魔王城 三階 魔力統御結晶の部屋


 忍者クスミの手に抱かれていた小さなビルダの身体がピクリと動いた。

 四階のビルダ破壊に伴い制御が戻ってきて、こちらのビルダが覚醒する。


 ビルダは両拳を握りしめ、声にならない叫びをしばらく上げていた。

 やがてクスミの掌上で足を曲げて座り込み、両腕で自身を力の限り抱く。

 自らの力で身体を破壊してしまいそうな勢いだ。


 周囲には巫女イスカやズメイ、ハインツにアンジェラ、冒険者たち、それに妖艶な吸血鬼も集まってくる。

 クスミは心配そうにビルダを覗き込んでいる。


「満足したですか?」

「……全然…… 満足じゃないのダ……」


「その人形がこの階を制御する鍵であるか。妹背が待っている、早く仕事をさせるがよいのである」

 吸血鬼キルギリアが尊大に言い放つ。

 ハインツやアンジェラは警戒した目を向ける。特にアンジェラは宿敵を見るかのようだ。


「まだ無理です!」

 クスミはビルダをかばって掌中で守ろうとする。

「ありがとうなのダ、クスミ」

 ビルダは立ち上がる。


「……満足じゃない…… でも全力を出せたのダ」

 ビルダは魔力統御結晶に飛び移る。

「今のビルダにやれることをやるのダ」


 球状の統御魔力結晶に複雑な光の紋様が浮かび上がる。

<魔王城ダンジョン管制室、管理精霊ダーマです。ネゴシエーションを要求します>

<第三プロトコルを確認してください>

<第三プロトコルを確認します>

<ネゴシエーションしました。認証を開始してください>

<鍵情報を送信します>


 しばらくして認証が終わる。

<ダーマがダーマ弐の統御権を部分確立しました。制御権限はレイヤー1です。レイヤー0にはアクセスできません。繰り返します。レイヤー0にはアクセスできません> 


「ビルダ、どういうことなのです?」

 クスミが尋ねる。


「三階の一部は六階から直接統御されていて、この統御魔力結晶からは統御できない機構があるのダ」

「その機構ってまさか」

「暗黒洞結界だナ」

 一同はしばし絶句する。


「……ここからなんとかできないの?」

「不可能だナ」

 イスカの問いにビルダは即答する。


「かくなる上は妹背に覚悟してもらうしかないのである」

 キルギリアが宣言した。


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