第109話 新魔王城 四階 その二

◆新魔王城 三階 暗黒洞結界の中


 魔王ヴァールを閉じ込めた暗黒洞結界の中は暗闇。わずかな光とかすかな空気の流れだけがある。

 暗黒洞結界は超重力で空間を閉ざしており、物理的に破ることはできない。結界のプロテクトを破って解除するか、それとも魔法的に破壊するか。いずれも容易ではない。


 ズメイあたりがいずれ結界を解除してくれると信じてヴァールは待っている。

 三百年間も閉じ込められていた絶対結界よりはずっとましな状況だ。

 とはいえ何もやることがなく退屈である。


「くくく…… 三百年間で培われた余の暇つぶし能力を舐めるではない!」

 ヴァールは独り言を漏らす。


「思い出反芻作戦なのじゃ」

 このところの面白かったことや楽しかったことをゆっくり反芻する。

 以前に閉じ込められていたときにはさすがにネタ切れが苦しかったこの作戦も、たっぷり新しい思い出を補充してある今ならやり放題だ。

 ヴァールは記憶を掘り起こす。

 酒場に導入された新メニュー、パフェなるものは至極の美味であった。思い返すとよだれが出てきて、お腹も減ってくる。ここには食べ物なんてないのに、お腹がぐうと鳴った。


「これはいかんのじゃ!」

 慌ててヴァールは思い出反芻作戦を中止する。

 結界に閉じ込められた状況では、身体の新陳代謝は極限まで低下させておかねばならない。


「かくなる上は奥の手を使うとしようぞ」

 ヴァールの前に魔法陣が浮かび上がる。

 だがいつもの魔法陣とは異なり、複雑な紋様の代わりに地形が描かれている。この星の大陸全土が描かれた地図だ。

 加えて、地図上に莫大な量の駒が出現する。駒にはそれぞれ記号が記されている。


「六千の駒を使って大陸全土の種族を再現し、星の覇権を争う究極の戦略遊戯じゃ!」

 実物であれば駒を配置するだけでも一日がかりの超大作ボードゲームである。


 ヴァールが絶対結界に閉じ込められた当初、一人で遊んでいたのは三目並べだった。

 しかしすぐに飽きてしまい、無限の暇を使って新たなルールを付け足していった。

 地方の小競り合いを再現したり、大規模な戦争を描いてみたりとやっていく内にルールはどんどんと複雑化、駒の数も増えて盤代わりの魔法陣も巨大化していき、数十年をかけて遂には究極の難しさにまでたどりついたのだった。


 問題は、この遊戯は数人で遊ぶ想定のルールだということである。

「では、サイコロを振るがよい。ヴァール甲よ」

「くくく、吠え面をかくでないぞ、ヴァール丙よ」

「今度もヴァール乙の勝利って決まってるもん」

「何を言うか、ヴァール甲、乙、丙、丁の勝数はそれぞれ一万三十七回ずつ、互角ではないかや」

 ヴァールは一人しかいない。だから一人四役をするしかないのだ。

 このもの悲しさを心の奥底にしまい込むのはヴァールの得意技だった。


 巨大な盤の周囲を回りながらヴァール甲乙丙丁は順番に手を進めて、駒を動かしていく。


「よし、龍魔族の進化に成功なのじゃ。魔力を手に入れたぞよ」

「え、もう? ずるいのじゃ。こうなったら開拓を優先して人口爆発効果を得てやるのじゃ」

「人間増えすぎ! でも鬼魔族はすごく強いんだもん」

「こうなったら森魔族の文明度を上げてやるのじゃ。武器開発速度が倍増なのじゃあ!」

 全てヴァール独りの声である。


 この遊戯では、遊び手は世界に生命を育む魔王たちの一人となって、自分の種族を発展させていく。かつて実際に行われたという伝説の再現だ。

 それぞれの種族ごとに表の目標と裏の目標があり、それらを達成した者が勝利となる。


「うむ、森魔族の動き…… 裏目標の宗教支配を狙っておるな?」

「え、そ、そんなことないのじゃ。そっちこそ裏目標は見え見えなのじゃ、究極魔法支配じゃろ」

「ち、違うのじゃあ!」

 独りでの言い争いである。


 なにせ絶対結界の中にはヴァールしかいなかったのだ。自分相手に遊ぶしかなく、自ずと一人遊びが鍛えられていった。


「驚くがよいぞ! 転換神殿の完成じゃ! 動力が使い放題じゃ! 龍も召喚できるのじゃあ!」

「ええ~ ずるいのじゃ!

「だったら乙と丙と丁で同盟しちゃうもん!」

「うむ、袋叩きにするのじゃ」

 とても楽しそうである。

 ヴァールの目にどこか虚しそうな光が浮かんでいるのを気にしてはならない。


「……助けは…… まだじゃろか……」



◆新魔王城 四階 舞踏の間


 舞踏の間はすっかり空気が抜かれて真空状態となっていた。

 平然とした顔のビルダと口をへの字にしたルンが対峙している。


 ビルダは魔道具で作られた身体を持つクグツだ。空気は必要としない。

 ルンはわずかな空気を物理操作力で集めて周囲にまとっている。


 真空では声を発することができない。

 代わりにルンは床の振動を介して言葉を伝える。

「僕に空気を使わせない、呼吸させないのかあ。一対一の勝負なのに、舞台をそっちだけ有利にいじるのってずるくない?」


 ビルダも同じ床振動を使って答える。

「ビルダはここの環境を設定できる。それもビルダならではの力なのダ。ルンが物理操作して、ビルダにはできないのと同じダ、ずるくない」


「ふうん、まあいっか。こういう遊びも悪くないかもね」

 ルンは首を左右に振って骨を鳴らす。


「行くよ」

 次の瞬間、ルンはビルダに詰め寄っていた。

 ルンは拳を雑に連打。

 ビルダはきれいにかわしていく。

 

「だったら」

 ルンは軽やかなフットワークを使い始める。

 きれいなワンツーパンチ。

 ビルダは最小限の動きでよける。

 ルンはパンチのテンポを上げていく。

 それでもビルダはよける。

 ルンは強打を放った。

 ビルダはかいくぐるような動きでよけて、ルンをつんのめらせる。


「いい動きだね。じゃあ、ちょっと本気を出してあげる」

 そう言うや、ルンの身長が伸びて体格が変化していく。

 十四歳ぐらいに見えていたルンがたちまち二十歳ほどの姿となった。

 まるで教会に建てられている女神像のように完璧な身体つきだ。全身は美しい曲線を描いている。ルンの顔つきもまた美しく尊大な女神のようだった。

 ぼろぼろだった鎧は輝く金色と化している。


「さあ、これだとどうかな」

 ルンは攻撃を再開する。

 速度はさきほどまでとは比べ物にならない。

 拳がビルダの髪をかすめて断ち切り、金髪が宙に散らばる。

 織り交ぜられる蹴りにビルダは大きく体をしならせる。ルンのつま先がビルダの道着を削り取る。空気があれば摩擦熱で道着は発火していただろう。


 ルンの攻撃速度と精度はさらに上昇していく。いずれ避けられなくなるのは必至だ。

 それでもビルダは攻撃しない。ひたすらかわすばかりだった。

 以前の戦いではルンにただ触れられただけでビルダは身体の大半を奪われてしまった。ルンの能力、魔力喰らいによるものだ。


「ねえ、かかってきなよ」

 ルンは攻撃の手をいったん止め、掌をひらひら振ってビルダを挑発する。

 ルンはまとっていたわずかな空気をとっくに呼吸で使い果たしたはずなのに平然としている。

 ルンの体内には奪い集めた莫大な量の魔力が秘められているからだろう。

 

 対するビルダは新魔王城の一階と二階に蓄積された魔力の一部で駆動している。

 魔力はルンの大好物だ。おいそれと触れるわけにはいかない。

 だが触れずにいれば負けるだけだ。


「来ないのかい。だったらもういいよ」

 ルンはがっかりした顔をするや、瞬時に貫手突きを放った。

 ビルダの腹部をルンの手が貫く。そのまま上に手を上げて上半身を引き裂く。


「はい、おしまい」

 ルンが告げる。


「これを待ってたのダ」

 ビルダが返答した。

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