第108話 新魔王城 四階 その一

◆新魔王城三階 四階への入口前


 三階には移動妨害のために多数の結界発生器が配置されている。それら魔道機構を制御しているのは三階担当の統御魔力結晶だ。六階からの指令を受けて、三階に結界を張っている。

 この統御魔力結晶をビルダが掌握すれば、結界の発生を止めることができる。

 しかしビルダにはその気がないようだった。


 忍者クスミは困り顔で、

「ビルダ、結界を解除しないと魔王様が閉じ込められたままなのです」


 身長百五十ミルほどの小さなビルダは、丸く輝く統御魔力結晶の上でふんぞり返る。

「今こそ待ちに待った天の時なのだ。譲れないのダ」

「天の時?」

「四階にルンが来たのダ。ビルダはずっと待ってたのダ。ビルダが本物のビルダになるにはルンと戦わねばならないのダ」

「本物もなにも、ビルダの正体は魔力統御結晶ダーマでしょう?」


 ダーマとは、ヴァリアの迷宮全体を管理する大型高性能の統御魔力結晶だ。このダーマがビルダの思考を司っている。エイダがビルダの身体を作ったとき、その制御をダーマに任せたからだ。


 クスミの言葉に対して、ビルダは首を振った。

「身体を管理しているのはダーマだナ。では、この意志はなんなのダ。どうしてここに存在しているのダ」

「エイダさんの仕事を手伝うために存在しているのです」


「それは作られた理由ダ。エイダは今ここにいもしないではないカ。だったらビルダがここ存在している理由はなんなのダ。ビルダはひとりで考えている、動いている、関わっている、いつか言われたことをするためなのカ? それだけなのカ?」


 クスミは訳が分からないといった表情だ。

「クスミは忍者なのです。言われたことをやり遂げるのが忍者です。そのために生きているのです」

「そこなのダ。ビルダは生きているのカ? 生きていないのカ?」 

「さあ……?」

 クスミは答えられない。

 結晶による思考とクグツの身体、それは生きていないようにも思えるが、今こうして話している相手に命がないとも思えない。


 ビルダは結晶の上で立ち上がった。

「ビルダの戦い方はクスミから学習した忍者の戦い方ダ。でもルンに負けてから、忍者をもっともっと学習し直したのダ。忍者は戦う、勝つ、やり遂げる、それが生きてるということなのダ! でもビルダは負けタ、だから命が分からなイ。勝てば分かる! だから戦うのダ!」


「それは……」

 それは何か違うとクスミは思ったが、上手く説明できない。


「ビルダは忍者の奥義書を閲覧したのダ。勝利には天の時、地の利、人の道が必要とあったのダ」

「いつの間にそんなものまで!?」

 クスミは驚きあきれる。

 忍者の奥義書は森魔族の村に代々伝わっている。観念的な内容だから理解できないだろうと思って、クスミがビルダに忍術を指導するときには使わなかった。自分で村まで読みに行ったのか。


「今、天の時、地の利、人の道がそろったのダ。ルンを倒してビルダが生きていることを証明する時なのダ。命の意味を知るのダ。さあ、かかって、来る、の、ダ、るん……」

 ビルダは動作が緩慢になり、ぱたりと倒れた。結晶の上から落ちていくのをクスミは受け止める。


 この身体を制御する余裕がダーマから失われたのだろう。

 即ち別の身体でビルダは戦い始めたのだ。

 ビルダは冷たいクグツの身体。だがクスミが握っているその身体からは熱い意志が伝わってくるかのようだった。


「困ったものなのです。でも、がんばれです!」



◆新魔王城 四階


 勇者ルンは一人で四階に上がってきた。

 四階への扉は封鎖されていたが、魔力で制御されているものならばルンを阻むことはできない。扉を制御している魔道機構の魔力を吸収して作動停止させ、後は力づくで扉を開いて通るだけだった。


 三階まで一緒に行動していたヴァールたちや敵として現れた吸血王のことは気にしていない。早く大魔王を目指せ、魔力を喰らえという声が心の奥底から聞こえてくる。

 ルンは今まであまたの魔族を喰らってきたが大魔王なんて初めてだ。戦いはどんなに面白いだろうとルンはわくわくしている


 四階に上がると短い通路があり、その先にはまた扉。今度の扉は封鎖されておらず、素直に開いた。


 広い部屋に出る。

 軽く数百人を収容できそうな広間だ。

 高い天井からはきらびやかなシャンデリアが下がり、壁にはステンドグラスの大窓が並ぶ。窓の外は闇に包まれて見えない。

 床や壁はまるで宝石を一枚板にしたかのように煌めく材質で作られている。

 そしてどこからともなく響いてくる軽やかな音楽。

 ここは賓客をもてなすための舞踏の間なのだろう。


 広間の真ん中に一人立つ者がいる。道着を着た少女姿だ。

 ルンと背丈は同じぐらい、大きな胸を目立たせて年齢は十八歳程度に見える。

 勇者ルンをまっすぐに睨み、右手の人差し指を突きつけてくる。

「ルン、勝負なのダ! 今度こそ倒すのダ!」


 ルンは相手を見て、

「誰だっけ……?」

 少し記憶を掘り起こしてから、

「ああ、ヴァールのところで戦った人形かあ」

 がっかりした顔になる。


「君とはもういいよ。同じことやっても面白くないでしょ」

 言い放ったルンに、相手は殺気をぶつけてくる。


「今、天の時、地の利、人の道がそろったのダ。ルンを倒してビルダが生きていることを証明する時なのダ。命の意味を知るのダ。さあ、かかって来るのダ、ルン!」

「いいって言ってるのにさあ」


 ルンは片手をビルダに向けた。

 ビルダの居場所に突然爆発が起きる。

「さて」

 先を急ごうとするルンの足が止まった。

 爆発が収まった場所にはビルダが平然と立っていた。服にも身体にも傷や汚れ一つない。


「へええ」

 ルンはビルダを面白そうに眺める。


「前のビルダとは違うゾ」

「いいね、楽しませてくれるかもね」

 ルンの目に好奇の色が浮かぶ。


 ルンは無造作に歩きだす。

 間を飛ばしたかのように一瞬でビルダの前に現れる。

 その拳がビルダの胴を貫いた。いや、そのように見えた。ビルダはふわりと拳をかわしている。


「いいね、面白いねえ!」

 ルンは喜色満面だ。

 そのまま軽やかに殴り、蹴りを入れる。

 確実に当たる動きだというのに空を切る。


「じゃあ、これは?」

 ルンは超高速で体当たりをかける。空気が瞬時に圧縮され、そして弾ける。爆発するかのような音が広間を圧する。

 衝撃波の塊がビルダを襲う。

 衝突の瞬間、ルンがビルダを吹き飛ばしたかのように見えた。

 しかしルンのほうが体勢を崩して宙を転がり、壁にぶつかって止まる。


「触らせないかあ」

 ルンは白い歯を見せて笑う。

「これは御馳走だ」


 ビルダは何事もなかったかのように立っている。

「見たカ、この時のためにビルダは人の道を学習したのダ。忍者が使うアイキの道ダ。極めれば触れることなく力を受け流し返すことができるのダ!」

 

「ふうん。まあ別に触れなくたっていいんだけどね」

 ルンの周囲に風が渦巻き始める。

 風は広がっていく。

 広間中が風の渦となる。

「天の時、地の利、人の道だっけ。それで地の利はどこにあるの? もう逃げようがないよ」


 ビルダの髪のおさげは風になびき、道着は激しくはためく。

「ビルダは学習したのダ。ルンは接触する物体を任意に加速できるのダ。気体もその対象に入るのダ。空気を圧縮爆発させたり、今やっているように風を発生したり、自由自在ダ。だからビルダはここで地の利を待ったのダ」


 風の勢いが突然弱まっていく。

 ビルダの髪のおさげは落ち、道着は落ち着く。

 ルンは怪訝そうな顔をする。

「なんで? 魔法? 風に逆らう力を使った? いや違うね。君は魔法を使わない」


「この部屋はあらゆる魔族を饗応するために高い自由度で環境設定できるのダ。

のダ。水を満たすことも、高熱にすることも、氷結することも可能……」

 ビルダの声が聞こえなくなっていく。


「そうか、部屋の空気を抜いた……」

 ルンの叫びもまた響くことなくかき消える。


 広間の空気は急速に薄まる。そこはもはや真空だった。

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