第106話 新魔王城 三階 その三


◆新魔王城 六階 大広間


 新魔王城の六階大広間では、エイダと大四天王たちが三階の様子を観戦している。


 テーブル上の空間に投影されている映像を見て、冥王ネクロウスは怒り心頭だった。

「美しさ勝負!? 我は吸血王にルンを倒せと命じたのですよ。戦いもせずに遊んでいるではないですか! ルンの魔力喰らいや物理操作に対抗できる、選りに選ったとっておきの切り札であったのに。」


 忍王サスケが鬱陶しそうに言う。

「いいではないか、ルン一人だけを通すことに成功したのだ。迎え撃つ準備をすることだな」


 エイダは目を皿のようにして映像を凝視している。

「美しさ勝負! ああ、直接見に行きたいのに!」


 サスケが眉根を寄せる。

「そんな場合ではないだろう、貴様も準備をせぬか。ルンは貴様を倒しに来るのだぞ」

 そこでサスケが気付いた。

「エイダ、眼鏡はどうした」

「勇者エリカの格好をするときに外しましたよ」


 サスケは怪訝な顔をする。

「眼鏡なしで見えているのか?」

「最近研究してないせいか、目の調子が良くって」


 サスケはますます眉根を寄せる。

「だから、わしの針も受け止められたのか?」

「さあ? たまたまじゃ」


 忍王は考え込む。

 彼の投げ針はたまたま受け止められるようなものではない。

 それに強い近視だったエイダの眼が自然に回復したりするものだろうか。

 彼には答の見当がついていた。それは最悪の結論だった。



◆新魔王城 三階 魔法研究施設


 吸血鬼の王キルギリアはほとんど全裸に近い姿。長い銀髪を薄衣のようにまとっている。

 煽情的に大きな双丘を突き出し、柔らかく揺らしてみせる。

「さあ人間よ、こちらに来るがいいのである」


 聖騎士指揮官ハインツは床に這いつくばって油汗を流している。

「おのれ悪魔め、このような誘惑になど屈するものか……!」


 だがハインツはキルギリアから目を離せない。

 身体はキルギリアへとにじり寄っていく。


 どこからともなく桃色の光が射してキルギリアの裸身を包み込むように照らす。

 その肌は匂い立つような美しさだ。

 キルギリアは踊るようにポーズを変える。今度は背中から脚にかけての脚線美を見せつける。

 なんとか目を離そうとするハインツだが、新たなポーズにまた囚われてしまう。。

「ふふふ、魔王ヴァールよ。お前は味方の男によって負けるのである」

 キルギリアは勝ち誇る。


 ハインツを挟んでキルギリアの反対側に位置する魔王ヴァールは、黒いローブを着た地味な姿だ。 

 今の歳は十一、十二ぐらいに見えた。いずれ絶世の美女になることを確信させる顔立ちだが、今はまだ幼くかわいらしい。


「ハインツ、今助けてやるのじゃ」

 ヴァールはローブを脱ぎ始めた。

 普段はエイダに手伝ってもらって着替えていたので、一人で脱ぐのは得意ではない。

「んしょ、んしょ」

 少しずつローブをずらしていき、頭が隠れる。周りが見えなくなって、さらにてこずる。

「うう、難しいのじゃ」

 そんなヴァールは誰かが自分を凝視して叫んでいるような気がした。

 六階のエイダが撮像具でこの現場を見つめて、自分が着替えを手伝えないことにもんどりうっているのだが、ヴァールにそれは分からない。


「どっちなのじゃ~!?」

 ローブに目をふさがれたヴァールは脱ぎながら右往左往。

 キルギリアは気が付くとそんなヴァールを見つめてしまっていた。

「か、かわいいのである…… ぬ! いかん!」

 我に帰ってハインツの誘惑に戻る。


 ようやくローブを脱ぎ終わったヴァールは黄色いワンピース姿だ。剣を背負っている。

「見よ! 余のとっておきじゃ!」

 黄色いワンピースはヴァールのいたずらっぽい雰囲気とよく似合っている。

 ヴァールはくるりと回ってみせた。ワンピースの裾が広がる。

 季節は冬で、この階は冷えきっている。薄着なワンピースが寒いのかヴァールは、

「くしゅん」

  可愛らしいくしゃみをした。


「なんたる……!」

 キルギリアが言葉を漏らす。お気に入りを着てうれしそうなヴァールの笑顔がキルギリアのハートを射抜いていた。


「おお、ヴァール殿!」

 ハインツもいつの間にかキルギリアから目を離してヴァールを見つめている。


「なんたる美少女であるか!」

 キルギリアは激しく動揺する。

「いや、しかし、セクシーさの欠片もないのである! 妾の方が上である!」

 桃色の霧が現れて、キルギリアとハインツを包む。


「なんだこの霧は! ヴァール殿が見えない!」

「ふふふ、妾だけを見ていればいいのである」

 またしてもハインツはキルギリアに囚われてしまった。

 キルギリアの瞳が妖しい光を放つ。


「ずるいのじゃ! そう来るなら余にも考えがあるのじゃ!」

 ヴァールは背中の剣を抜きにかかる。

 小さな彼女には長すぎてうまく抜けない。


「ぬううう!」

 細腕で剣を引き抜こうとじたばたするヴァールの姿が気になって、キルギリアは少し桃色の霧を薄める。


「あ、危ないのである! もっと気を付けるのである!」

 思わずキルギリアは叫んでしまう。

 ちなみに六階ではエイダとサスケが冷や汗を流している。


 ヴァールは剣を思いきり引き抜こうとしてバランスを崩し、前に転んだ。

 キルギリアは思わず駆け寄ろうとしかける。


 転んだことで剣はすっぽ抜けて床に落ち、甲高い音を立てた。

 ヴァールは起き上がって剣を拾う。輝かんばかりの笑顔で掲げる。

「余が鍛えし剣、ヘクスブリンガーじゃ! よくできておるであろ!」

 ヴァールの小さな身体に剣は長く重すぎて、剣先がぷるぷる震えている。


 キルギリアはそれどころではないといった様子で、

「怪我は、怪我はないのであるか!?」

「無事じゃが?」

 ヴァールの答にキルギリアは安堵のため息をつきかけ、また我に帰る。

「これはいったい、妾はどうしてしまったのであるか」


 ヴァールは剣を桃色の霧へと向けた。

「この剣は魔力も反魔力も吸い取るのじゃ」

 その言葉どおりに桃色の霧が薄まっていく。


 ヴァールが見えるようになったハインツは彼女を拝みだした。

「ああ、神々しい! 聖剣の勇者の御光臨を拝見できるとは、なんとありがたいことだ」


 キルギリアは美しい眉をひそめる。

「いかんのである。しかし目を奪えないのであれば他にも手はある!」


 キルギリアは両腕を開く。

 深く息を吸い込む。

 そして歌いだした。

 愛の言葉を耳元でささやくかのような歌声がハインツの耳から入り込む。

 情欲を燃えたぎらせる誘惑のメロディ。


「うおお!」

 ハインツは耳を押え、自分の声で歌声を打ち消そうとするも、歌声は全身を蕩かすかのようだ。


「さあ、来るがよい、わが胸に今、熱く抱かれよ」

 歌に乗ったキルギリアの言葉にハインツはふらふらと立ち上がる。


 ハインツは必死な表情だ。

「……かくなる……上は……」

 両耳を指で潰そうとする。


 そのときだった。

 愛らしい歌声が響き渡った。

 ヴァールが剣を置いて歌いだしていた。


 聖教団の聖歌だ。

 子どもの音域に合わせた高い音程で、澄んだ歌声が流れる。

 歌いなれておらず、歌詞もところどころ覚つかない。

 それでも懸命に歌う様がかわいらしかった。

 ハインツを助けようという気持ちがこもっていた。


 いつの間にかハインツも共に歌っていた。

 そしてキルギリアも。


 歌が終わってもハインツとキルギリアは余韻にひたって動かない。


「どうじゃハインツ、もう大丈夫かや?」

 ヴァールが心配そうに言って、ようやく時が動き出した。


 ハインツはヴァールに駆け寄って、その手を握る。

「なんというすばらしい歌、心が洗い流されました!」

 さらにその手をキルギリアが握る。

「尊い! 尊いのである!」


 ハインツはキルギリアの豹変にぎょっとしたが、ヴァールはにこやかだった。

「余の勝ちじゃな、キルギリア」


 やにわにキルギリアはヴァールを抱きしめる。

「勝ちや負けなどもうどうでもいいのである! 妾の心はそなたのものである!」

 

 柔らかく豊かな胸を顔に押し付けられてヴァールは困惑する。

「い、一族が仕えるという約束ではなかったかや」

「妹背よ、妾とそなたが永遠に連れ添えば自ずと一族はそなたのものであろう」


 ヴァールは目をぱちくりさせる。

「余にはもう伴侶がおって」

「魔王たる者、妹背は好きなだけ好きなように持てばいいのである」


 そこでキルギリアは脱ぎ捨てられた黒いローブに目をやって、

「そうであるな、妾はそなたの服になろうぞ」


 キルギリアは霧に変じるや、ヴァールを包み込む。そしてヴァールの上着に変化した。

 金糸と黒糸で編まれた豪奢な天鵞絨びろーどの服には赤い魔法陣が刺繍されている。

 肩は青く輝く水晶で鎧われ、背中には黒く長いマントがひるがえっている。マントに刺繍されているのは蝙蝠だ。

 頭には金色の冠が乗っている。冠からは何本もの角が伸びている。冠の中央正面には赤く輝く大きな宝石が煌めている。


「ヴァール殿、これを」

 ハインツが落ちていた剣を拾い上げてヴァールに渡す。

 マントが生き物のように動いて剣をつかみ、背中の鞘に刺した。


 ヴァールの前方に鏡が現れる。

「妹背よ、ご覧あれかし」

「なんというか、その、どこから見ても魔王じゃな」

「妾は妹背たる魔王を守り、共に過ごすのである」


 その頃、六階ではこの有様を見たエイダがのたうち回っていた。

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